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奈良・桜井の歴史と社会

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平安神宮 左近の桜、右近の橘

平安神宮に行ってきた。雨の中、左近の桜、右近の橘を拝見してきた。
初めて橘を見たのは廣瀬大社(ひろせたいしゃ)だった。金柑みたいなものかと思っていたが、明らかに違っていた。みかん型でまん丸ではない。

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これが橘。ただし3年ほど前の12月の写したものである
この橘が平安神宮と同じものである。
左近の桜、右近の橘は一対で、お雛さまの左近の桜、右近の橘と同じで、あくまでも、大極殿、もしくは紫宸殿の高御座(たかみくら)から見て左と右である。

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平安神宮拝殿、(向かって右側が)左近の桜で(向かって左側が)右近の橘
ちなみに先の橘の実の廣瀬神社も左近の桜、右近の橘である。

もともとは左近の梅、右近の橘とされたものが平安時代の初めころに梅が桜に変わるようである。嵯峨上皇がその変わり目で、そのエピソードなどが言われる。
しかし、万葉文化館の講座などを聞いていると、飛鳥や奈良時代、万葉集の時代は中国文化一辺倒で、桜ではなく梅。しかし、遣唐使なども送られなくなるころから梅が桜に変わっていったという論である。

そういえば、平城宮跡、大極殿の前には何も植わっていないようだが、ここにこそ植えてもらいたいものである。相当な大木にしないと似合わないだろうけどな。

廣瀬大社は河合町にあり式内社である。
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廣瀬大社
佐保川、初瀬川、飛鳥川、蘇我川、高田川など奈良盆地内を流れる河川のほとんどが合流する地点に祀られており、水の守り神である。
龍田の風神・広瀬の水神として並び称され、『日本書紀』には、大忌神を広瀬河曲に祀ったとの記述がある。

2月11日の御田植祭はとくに有名で、拝殿前で田植の所作を行い、それに対して参詣者と田人・牛に扮したひとが一斉に水に見立てた砂をかけあう。激しい「砂かけ祭」である。この祭りを毎年、念願にするが、まだ参れていない
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日露戦争の戦勝記念の大砲と砲弾が飾られている
廣瀬大社関係の画像は3年前の12月13日の写真である。まほろばソムリエ一級の試験を控え、一日かけて、あのあたりの史跡、神社・仏閣を回った。
by koza5555 | 2012-10-27 06:35 | 桜井・初瀬 | Comments(2)
Commented by 白雪 at 2012-10-27 10:04 x
おはようございます。
左近の桜、右近の橘よく見かけますね。従って全てがそうだと思っていましたら興福寺南円堂右近の橘はそのままですが(ちなみに家内が金柑と間違いましたが)左近は「藤」になっていますね。
やはり藤原氏の関係でしょうか?
広瀬神社の砂かけ祭り、逃げ惑うのに必死でしたよ。ユニークで楽しいお祭でした。
Commented by koza5555 at 2012-10-27 14:33
白雪さん。コメントありがとうございます。南円堂、そうでしたか。藤原氏の関係でしょうね。紋も談山神社などは登り藤だし。大宰府天満宮は今でも左近の梅、右近の橘とのことですし。
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