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奈良・桜井の歴史と社会

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奈良 長谷寺のだだおしと鬼の松明

今朝の産経新聞、奈良版の「大松明と鬼の火祭り」との僕の記事が掲載されている。
長谷寺のだだおし法要をテーマにしたもので、時期外れのようだが、「いまから予定しておいてください」という行事予告の意味もあるのである。

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本堂の回廊で激しくぶつけ合う鬼の松明

掲載された記事は以下のとおりである。

2月14日に奈良・長谷寺は、だだおし法要をおこなう。赤、緑、青の鬼が巨大な松明(たいまつ)を引き連れて堂内外を暴れ回り、やがて追い出されるという儀式で、奈良の地に春をよぶ一大火祭りである。

人々の罪・過(あやま)ちを仏前で懺悔(さんげ)し、身も心も清らかになるために「修二会」の法要を長谷寺はおこなう。その締めくくりとして十四日のだだおし法要である。
能化(のうけ)職(住職)にしたがい、多くの衆僧が登廊(のぼりろう)を上がり、参列者に見守られながら本堂に入る。本堂内陣の十一面観世音菩薩の前で、人々の罪科を懺悔する法要がおこなわれる。速いテンポのリズミカルな読経が詠まれ、ほら貝が吹かれ、激しく太鼓が叩かれる。乱声(らんじょう)乱打(らんだ)と言われるこの厳かで勇壮な儀式で参列者は一気に「だだおし」に引き込まれていくのである。


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産経新聞、12月21日朝刊。奈良版・奈良再発見

そのあと「だんだいん」と呼ばれる宝印を諸仏・諸菩薩、参列者の額や牛玉札に押し当て宝印授与をおこない、「悪魔退散」「無病息災」を祈る。
この「だんだいん」は長谷寺を開山した奈良時代の徳道上人から受け継がれてきたものと言われている。徳道上人は病により仮死状態になって閻魔王に会った。閻魔王は「ちかごろは地獄に来るものが夕立のように多い」と嘆き、「立ち返って浄土と地獄があることをよく教えるように」と頼んだという。そこで徳道上人は「頼まれたという印(しるし)をいただきたい」と告げると、閻魔王から「だんだいん」が手渡されたとの伝承である。

暴れはじめた赤鬼、緑鬼、青鬼は「だんだいん」を押した牛玉札によって、本堂から追い出される。鬼は松明を引き連れて本堂の周囲を周回するのである。
この松明が激しく燃え上がる。赤鬼が持つ松明は一番大きくて長さが4メートルあり、重さも120キロである。そして鬼は堂の周りを周回して、すれ違いざまに激しく松明をぶつけあう。松明は頑丈で、それでいてよく燃えなければならない。

この松明を作っている豊森新次さんにお話を聞いた。「ジンという松の樹の赤身のところを小割りして松明を作ります。ジンは松ヤニをしっかり含んでいるので激しく燃えます」とのことである。
花びらが開くような形の松明が迫力もあり、しっかり燃え上がるようである。出来上がりの形を考えながら、一本一本の割り木を鉈で削り形を整えていく。大松明だとこの割り木は40本必要となり、とても根気がいる仕事である。
豊森さんは、「良く燃えて頑丈なものをつくることが大切だが、なんといっても200年の樹齢の貴重な松を使っていることに感謝して松明づくりをしています」と力を込めた。

豊森さんは「だだおし」の日、松明を従えて堂を周回する鬼役のサポート役もおこなう。「主役は鬼と松明。ぼくらは黒子ですから目立たぬよう」と控目だが、松明の燃え具合も見ながら、鬼の動きを鋭くコント―ロールして法要をささえる。

だだおし法要は年が明けた2月14日の午後三時からおこなわれる。内陣から追い出された三匹の鬼が大松明を持って初瀬の山で暴れるのは夕刻になってからである。


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長谷寺ダダ押し法要を解説するための、僕のツアーグッズのパネルである

今日から一泊二日でゆかりツアーのガイドに出かける。近鉄奈良、午前8時半発で當麻や吉野を回ってくる。
では、長いアップでしたが、読んでいただいてありがとうございました。
by koza5555 | 2013-12-21 05:35 | 桜井・初瀬
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