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奈良・桜井の歴史と社会

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初瀬まつり 柳原太鼓台

10月19日は初瀬まつり、本宮である。
太鼓台を出す柳原町には冬から取材させていただいた。

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長谷寺仁王門前に太鼓台を押し上げる。初瀬の太鼓台は長谷寺仁王門前まで登り下るのがすごい

初瀬まつりは與喜天満宮の秋祭である。神輿と太鼓台が出る。
駆向 新町 柳原 下の森 上の森 寺垣外 宮本 与喜浦の初瀬八ケ郷の祭である。

神輿にて興喜天満宮を道真公が出座、これで祭は始まる。
はじめに長谷寺仁王門、金子宮司は「ごあいさつにきました」と紹介した。
その後、神輿は初瀬八ケ郷を巡行するのである。
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仁王門前から下る神輿。今年の当番は馳向区である


秋まつりの太鼓台を復活させた柳原町の太鼓台奉賛会の話を聞いた。

柳原(初瀬八ヶ郷の一つ)の太鼓台は、平成16年に復活された。実に50年間の中断である。
この復活の苦労を木口奉賛会長と前会長の村田さんからお話を聞いた。
江戸時代末期と言う太鼓台の歴史、その修理、太鼓台を運行する苦労などを、ていねいに語っていただいた。

柳原太鼓台は江戸時代末期に作られたものであるが、終戦後に太鼓台の巡行は中止となってしまった。
柳原区はこの太鼓台を、平成16年に復活したのである。

馳向区がさきがけて復活していた。新町も太鼓台を改修していた。
ちなみに川上と上の森区はそのころ、ひと回り小さい夜太鼓だけを出していた。
 
平成16年、当時の柳原区の武田功男区長が昼太鼓を出そうと決断した。
区の役員は三役を除くと毎年変わるので、活動がなかなか継続できなかっがが、係を決めて継続できるように計らった。

修理に一千万円かかったが、みんなで労力を出した。自分で塗って、幕も自分で作った。
柳原区の太鼓台は素晴らしい太鼓台で、大工は芝村、彫師は幕末の大阪本町通北御堂に居を構えた小松源蔵作と言われていた。

復活するとき、担い手、担ぎ手を大切にしようということを話し合った。
アルバイトは雇わない、ボランティアということでネットでも募集して、男女を問わず、そして国際的な担ぎ手集団を組織して巡行しているということだった。

「担ぎ手は66名。交代も必要で100名で担ぐ。毎回メンバーは変わるので、身長を聞いて、高さの調整を緻密に行う」と言われる。

直会、精進落としは井谷屋(旅館)でやるのである。・・

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柳原太鼓台、長谷寺門前で、「サセー サセー」と高く高くである


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馳向区の太鼓台、力強い


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新町太鼓台、桜の馬場にて


いったん途切れた太鼓台の運行を再開した長谷はすごい
by koza5555 | 2014-10-19 18:41 | 桜井・初瀬 | Comments(0)
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