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奈良・桜井の歴史と社会

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鏡女王忍阪墓 談山神社

談山神社、6月第二日曜日は鏡女王祭である。今年は6月11日となる。
午前11時から東殿にて祭祀を行う。
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鏡女王祭


前日(土曜日)には、桜井市忍阪の生根会により鏡女王忍阪墓前祭がおこなわれた。
鏡女王忍阪墓は、生根会(忍阪区老人会)によって草刈りなどの日常的な管理が行われていて、談山神社とともに祭祀を行うのである。
祭は一年に一度、東井(ひがい)会長をはじめ、役員のみなさんの気合は十分である。
談山神社からは宮司と黒住さんが参加。
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神社と忍阪のみなさんで、天智天皇の妃、藤原鎌足の正妻、万葉歌人でもある鏡女王の生涯をしのんだ。
鏡女王の歌碑は鏡女王墓をしばし降りた、舒明天皇陵に差し掛かった川の中に置かれている。
「秋山の 木の下隠(このしたがく)り 行く水の 我れこそ益さめ 御(み)思ひよりは」で、天智天皇との思いを歌う歌である。犬養孝先生の揮毫である。桜井市は歌碑王国で60基以上の万葉歌碑を数えるが、犬養先生の揮毫はこれと大福の三十八柱神社だけである(そうですよね)(^^)。多数の識者に書いてもらうという趣旨で歌碑建設を進めてきた努力の結果でもあるが。

鏡女王忍阪墓
被葬者は額田王の姉で天智天皇の妃、のちに中臣鎌足の正室。万葉歌人の鏡女王の押坂墓とされている。談山神社が管理しており、忍坂の生根会が清掃奉仕をしている。
平安時代前期に編纂された「延喜諸陵式」には舒明天皇の陵域の東南と書かれている。
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鏡王女(かがみのおおきみ、生年不詳 - 天武天皇12年7月5日(683年8月2日))は、飛鳥時代の歌人。藤原鎌足の正妻。『万葉集』では鏡王女、『日本書紀』では鏡姫王と記されている。『興福寺縁起』・『延喜式』では鏡女王。『興福寺縁起』では藤原不比等の生母(後世の創作とする説もある)。また後述するが「鏡王女」と「鏡姫王」を別人とする説もある。(ウィキ)

忍坂【おしさか】
奈良県桜井市の東部,外鎌(とかま)山西麓の古代以来の地名。恩坂,押坂とも書き,〈おさか〉ともいう。遺称地である桜井市忍阪は〈おっさか〉。地名〈忍坂〉は《日本書紀》神武天皇即位前紀や垂仁天皇39年10月条にみえ,後者の記事によるとこのとき大刀1千口を新たに作らせ,〈忍坂邑〉に収蔵したのち石上(いそのかみ)神宮(現奈良県天理市)に移している。(百科事典マイペディアの解説)

これをFBでも紹介したら石亀嶽さんから昭和40年代の忍阪墓の写真が送られてきた。
「門だけ・・植わっているのは松」とのことである。犬養孝が「松の木が19本」と書いたとおりである。村人によると、「松は50年までにはすべて枯れた。杉を植えた」である。
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昭和40年代(石亀嶽さん提供)
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現在の墓。杉林
by koza5555 | 2017-06-10 22:29 | 桜井・多武峰 | Comments(0)
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