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奈良・桜井の歴史と社会

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かぎろひを観る会 大宇陀の万葉公園

12月21日付の『毎日新聞』の奈良版、ディスカバー奈良に、大宇陀万葉公園の「かぎろひを観る会」を書いた。

例年、歳末に行われる「かぎろひを観る会」は、今年は年明けの1月3日に実施される。
「かぎろひ」とは、日の出前に東の空が赤紫色に染まる現象というのが大宇陀の観光協会の「公式見解」である。東の空が赤紫色に染まる、かぎろひである。振り返れば西の空に月が見える、これが旧暦の11月17日に見られる現象だろうという事である。今年は、この日が新年の正月月3日ということである。

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この写真は現地では、「かぎろひ」とは認定してもらえないものであるが、僕が撮った最近の写真だ。曙光をバックに高見山が浮かび上がるすばらしい絵となった。

阿騎の野に 宿る旅人 うちなびき 眠(い)も寝らめやも 古(いにしえ) 思ふに
(巻1―46)阿紀神社に歌碑

東の 野にかぎろひの 立つみえて かへり見すれば 月傾きぬ 
    (巻1―48)    かぎろひの丘

これらの一連の万葉歌は秋の気配を示していて、柿本人麻呂の歌が旧暦11月17日とということを示しているのではと僕は考える。

こんなことを考えながら、毎日新聞のディスカバー奈良で、「かぎろひを観る会」を紹介させていただいた。

1月3日。午前4時から7時まである。
たき火を囲んでの講演や演奏が行われる。今年は元天理大学の谷山正道先生が、「宇陀の歴史と薬草」
というテーマで語られる。

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大宇陀、阿紀野は600年代から日本書紀に記され、万葉集に詠われた歴史に名を留める名所である。
①推古天皇19年(611年)5月5日に、菟田野で薬猟が行われている。
また、壬申の乱(672年)、天武天皇(大海子皇子)の東国発ちでは、吉野から東国へ向かう時、この宇陀・阿騎野を越えたことが記されている。

「その日に菟田の吾城に到る。大伴連馬來田・黃書造(きふみのみやっこ)大伴、吉野宮(よしののみや)より追ひて至けり。この時に、屯田司の舍人土師連馬手、從駕(おほみともにつかえまつる)者の食を供る。
甘羅(かむらの)村を過ぎ、獵者(かりびと)二十余人有り。ことごとくに喚して、ともにつかえまつらしむ。

その後は柿本人麻呂人麻呂が随行して、歌を歌った持統天皇6年(692年)、草壁皇子の遺児である軽皇子(後の文武天皇)の狩である。

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②古代、宇陀の地は丹の生産地だった。弥生時代から古墳時代、藤原・奈良の時代を通して、宇陀の赤土には丹が含まれていることが知られ、産地として知られている
丹(水銀)は不老不死の薬だと思われたが、食べることができなかった。そこで、丹を草木から採れると考え、菟田のキノコを食べた人が長命を保ったと日本書紀には記されている。

この地に、中山正實画伯が描いた『阿騎野の朝』が橿原から、移されたことも貴重である。
この壁画は、大宇陀の公民館(万葉公園に隣接)に壁画として展示されている。

今シーズンは正月3日である。お正月休み中で、チャンスと考えて、ぜひともお出かけください。
そんな思いで紹介させていただいた。

写真はすべて僕が撮影したものである。

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これが当日の地図、駐車場である。

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by koza5555 | 2017-12-21 05:37 | 宇陀
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