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奈良・桜井の歴史と社会

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2017年 07月 01日 ( 2 )

古事記完全講義

竹田恒泰著、『古事記完全講義』。学研である。500ページはあるんだけど、面白い。三日がかりだった。

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今日は、「稗田阿礼と太安万侶の最強ペア」のことを紹介したい。

こちらは、すべて型破りの古事記解説であるが、稗田阿礼と太安万侶の紹介は極めて興味深い。

お手本にしたい四方八方を丸くおさめる歴史書の書き方

公式の歴史書だから、各地方からのクレームがつくことは予想される。

「確かに出雲も、南九州も、熱田も大和も、みんな「ふむふむ」と大方納得する歴史書になったんです。

稗田阿礼も太安万侶も天才ですから、言葉一つひとつにものすごい神経を尖らせているんです。状況設定も非常に細かい、ありとあらゆるところが、これまでに書かれた着たあらゆる文言と文章が、国譲りの正当性を担保するような書き方になっているんです。そこまでして初めて、国を譲った側、譲られた側、両方が納得できる歴史書になっているわけです。

 やっぱり日本人って和の精神なんですね。「俺たちの正義を押し付ける」じゃなしに、どうしたらみんなが納得できるか、ということを探求して、こういうものをつくり上げてきた。これは、本当に天才の成せる作業だと思います。(p311)

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太安万侶・・いないという論もあったのだが、お墓が出て墓誌が出て・・・・

天孫降臨が見事である。神から人へのエピソードをきわめてクリアに示されている。

天下ったニニギノミコトは木花佐久夜ひめと結びつく。親が大山祇という設定がすごい。追わば国ツ神の代表である。

さらに、「姉の石長ひめを帰してしまって、そこから寿命が与えられた」となっている。寿命ができるということは、神から人への移行で、これもとても自然の流れとなっている。

さらに、その子供のホデリの命、山幸彦である。こちらは綿津見神の娘と結婚する。綿津見神は海神である。国ツ神である。

こちらから、ウカヤフキアエズノミコが生まれ、その子たちが五瀬命やカムヤマトイワレビコである。東征が始まるということだ。


神から人となり、山の神、海の神の娘たちと結びつくという展開は見事で、天照大神の神勅を前提としつつも、実質的な地上の支配の体制を築き上げていくのである。

稗田阿礼、太安万侶の構想力、文筆がさえわたるところである。

古事記は二人の天才の手により完成した。長く埋もれることとなったが、本居宣長によってその全貌が解明されるのである。


古事記完全講義(竹田恒泰著)は古事記のすごさと面白さを際立たせる素晴らしい講義となっている。

この本、僕には認めにくいところも多々あるが、それを差し引いても読むべき価値がドーンと上回った。ぜひ、お勧めしたい。

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by koza5555 | 2017-07-01 22:15 | Comments(0)

阿部八幡神社で伐採…樫の木が5本くらい切られてしまう

阿部区の氏神は八幡神社。元々は山の中、そして谷首古墳の墳頂に鎮座する。

檜などの針葉樹、樫などの常緑樹が茂り、阿部文珠院の南側、鎮守の森としてひときわ目立つ大きな森として威容を誇ってきた。

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阿部の村から見ると東の山の奥にあったのであるが、この20年ですっかり様変わりである。僕が神社に奉仕することになってからの6年の間でも、宅地化、都市化の進行が激しくて大きな鎮守の森が・・問題となってきている。

6年前に10本くらい切った。南側が中心だった。本殿の周りの桜なども、佐藤宮司の「ふさわしくない」との指摘で処分した。

クレーンが入り、森林組合が入るという伐採、だけど売れるような木はなく阿部連合区の負担である。

その後、北側、東側が問題となった。落ち葉、枝落ち出が問題で、倒れたりの危険も木もできる。立ち枯れの木もある。

週明けから本格的な伐採となり・・・神様に伐採の報告、作業の安全祈願祭を斎行することとなった。

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わが社の宮司は神職一級の佐藤さんである。

祝詞を聞きながら考えた。

大山祇の神と大神に伐採を報告された。「やむを得ないんだ」という祝詞である。いわば国ツ神に報告された。

今回も10本ほどの伐採だが、ほとんどは樫の木である。

四季を通じて常に緑葉を保っている樫の木。次々と葉が出て、更新する樫の木は、尽きることのない生命の泉というニュアンスである。

古事記にヤマトタケルの辞世の歌がある。「倭は国のまほろば」であるが、さらに「命の 全(また)けむ人は たたみこも 平群の山のくま白梼(かし)が葉を 髺頭に刺せ その子」である。

さらに神武天皇は「辛酉の歳(神武天皇元年)の正月、52歳を迎えた磐余彦は橿原宮で践祚(即位)し、始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)と称した」とある。

畝傍山のふもとには樫の木が多かったのかな、なんて気楽に考えていてはいけない。

樫の木のように、常に、永遠の力・・・の場所、宮ということなんだろう。

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阿部八幡神社の臨時祭祀は拝殿での祭りを終えた後、境内の周囲を一周(周囲が一周できるようになってしまったのである)して、要所、要所で祈りの儀式。

「紙と大麻」を宮司が「さゆうさ」(左右左)でまき、5人ほどの役員がお米、酒、塩を 左右左である。

山の神、血の神に鎮まっていただき、足の曲がり、手の曲がりなきよう祈って、阿部八幡神社の伐採は7月3日からである。

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大きな木を切るのである。しかし、切り倒すというやり方ではなくクレーンで吊りながらの伐採。だから葺石とかハニワなどは掘り起こされないようだろうけど、あったら、拾っておこうかな(笑)、桜井市の埋文などには連絡は必要ないのだろうかなあ。




by koza5555 | 2017-07-01 14:36 | 桜井市と安倍 | Comments(0)