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奈良・桜井の歴史と社会

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カテゴリ:旅行( 14 )

アンコールワット

寒い日本の冬を避けて、アンコールワットに行ってきた。
「どこか行こう」と、あっちゃんから誘いがあった。トラピックスのコースをみてみるとアンコールワットを目玉とする「ベトナム・カンボジア」というツアーがあり、これで即決である。

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アンコールワット

「アンコールワットは古代寺院だろう」と漠然と思えたが、実は10世紀から13世紀の頃のもの、年代的には古代とはいえないかもしれない。平安時代の後期から鎌倉時代にかけての遺跡である。
また、遺跡の数も膨大で、それぞれの遺跡の性格もさまざまだった。
代表的なアンコールワットはヒンズー教の影響が強く、アンコールトムは大乗仏教の影響が強いというように。

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アンコールワットの壁画の一つ。ヒンズーの神と阿修羅の戦いが様々に描かれている

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アンコールトム。文字通り石仏、仏頭である。これが49柱もあるのである。それぞれの柱に4仏である

遺跡保存館も訪れた。遺跡から移されたヒンズーの神像、仏像、碑文石などが展示されている。保守のための最低限の移動とのことである

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阿修羅。ヒンズー教では神の最大の敵である

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ガルラ(ガルーダ)も置かれていた

ガルダは鷲をイメージした鳥でヒンズー教の三大神のヴィシュヌの乗り物とされる。ヴィシュヌは太陽神でもあることから、それを守り乗せるガルダは像としても図としてもさまざまに表されている。ガルーダインドネシアの語源である。像を眺めると・・・「興福寺の八部衆にある」。調べてみるとその名は迦楼羅(かるら)。「かるら」とは「ガルダ」からきた言葉なんだあ・・・
インド起源の仏教とヒンズー、日本まできちゃうと渾然一体・・


アンコールの王宮は15世紀頃に放棄され、メコン川沿いにプノンペンに移動していった。熱帯樹林帯である。遺跡となると一気に密林に埋もれていくことになる。

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巨樹を取り除かず、復元前の姿を示す、そんな遺跡もあった


「19世紀にフランス人が発見した」とされるが、ガイドの主張は少し違う。
「仏教徒が住み修行した。住民も遺跡を活用していた」とのことである。そんな証拠にたとえば江戸時代の初期に日本人が個々に仏像を持ち込んだという解説もあった。タイを目指したようであるが、この地に仏像を収めたようで、その顛末がこの柱に書かれているという。遺跡となって500年,そんな時期にも仏教徒が住み、活動していた。

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漢字で書かれた日本人の壁書を示すガイドのブンさん

遺跡の復原は途上である。どの遺跡にも使い道が判らない石材が大量に積み上げられている。日本の上智大学とかも復元に参加しているとの紹介があった。

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ベトナムとカンボジアのことである。若々しい国だった。ベトナムは20歳代が人口の4割を占めるという。カンボジアはさらに子供の数が多いだろう。
バイクの大波がすごい。そして両国とも庶民の食事はすべて外食とのことである。学校に行く前に開け放たれたテーブルと椅子だけの食堂で小学生、中学生が食事(コメの麺)をしているのが興味深かった。校舎が不足しているので学校は午前と午後の二部制である。


「感動のアンコールワットと憧れのベトナム二都物語7日間」(トラピックスの)というツアーだった。どの会社でも似たようなツアーを持っているようである。ベトナムやカンボジアもおもしろいものである。

by koza5555 | 2017-01-23 21:09 | 旅行 | Comments(0)

兵馬俑、長安、大雁塔、小雁塔

中国の西安に行ってきた。

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西安郊外の始皇帝の陵と兵馬俑。いずれも1970年代の発見である
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西安を訪ねる格安のツアーを偶然見つけた。
西安だけで四日間・・丸々二日間くらいだけど。
兵馬俑が見学できるとのこと。
レンガ、土で作られた塔、雁塔が拝見できること。
西安の大学には、あっちゃんの友だちで「高」さんという大学の先生がいる事などから、日程を合わせて行ってきた。

6月23日に神社検定、二級と三級を受験した。7月1日は、桜井のカルチャーセンターで講演があった。そんな日程を見定めて、7月2日の出発となった。

西安、長安のことである。
秦朝の始皇帝の時代、これは2200年前。1971年に発見された兵馬俑である。

さらに長安の時代、現在の市街地は唐の時代の市街地である。これが1300年前。大雁塔、小雁塔など。
数多くの仏像が発掘されており、二つの博物館(陝西歴史博物館、西安博物院)に展示されている。

明の時代(室町から江戸時代)の史跡が残されている。この時代から長安は西安と名を変える。600年前のことで、この時代の城壁と鐘楼、鼓楼が残されている。

西安は陝西(せんせい)省の首都、ちなみに陝西省の人口は900万、西安は人口が400万以上の大都市で、この都市に古代や中世の遺跡が生まれている形である。

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はじめに鐘楼、鼓楼を訪れる。明代の建物である。朝は金で知らせて、夕方は鼓で知らせた。これが鼓楼である


唐の遺跡、大雁塔と小雁塔を見学。
大雁塔はお寺の一角にそびえたつが、建立十年、二十年、中には数年という堂もあり、寺院としての整備、復活が急速にすすめられてきているのである。この再建に奈良の薬師寺が関係しているのである。

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大雁塔
外壁修理中である。緑色のネットがかけられているが、塔は黄土色。本来は黒色の煉瓦で積まれたが、1300年も経って、黄砂でこんな色になったという

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小雁塔。十三重塔であるが、上部二層は地震で崩れている


兵馬俑である。
西安市から北に一時間。山並みを背景に始皇帝陵が築かれ、その東に、東に向かって兵馬俑が築かれている。これは軍人だ。
2000体ほどが展示されているが、もともと6000体はあったとのことである。今も発掘・復元作業が行われている。

兵馬俑一号坑。息を呑んだ。1971年に農地の空洞から降りた農夫がいたということである。井戸沿いとのことである。

兵馬俑二号坑からは将軍の俑も。
埴輪そのものである。日本の埴輪は円筒基台から祭祀用として発展したものとされているが、人の身代わりに埋めたとの伝承が根深くある。
中国の兵馬俑のありさまが日本に伝えられたということは無かっただろうか。
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あっちゃんが奈良観光案内所で案内業務をしていたころ、中国人の友だちができた。当時は立教大学の留学生、その後西安に戻っていた。
西安の大学の准教授である。
連絡がついてナイトツアーを案内していただいた。
鼓楼の北側には大きな夜のマーケットが開かれる。カイ族によりカイ族の食事が出されるのが特徴である。
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歩道上の瓦当紋。マンホールだろうか、そしてこれは朱雀か
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by koza5555 | 2016-07-06 21:16 | 旅行 | Comments(0)

デルフィ、アテネ、そしてミケーネ

日程の合間を縫ってギリシャに行ってまいりました。

毎月の「大和路を行く」は一月がお休み、JTBの「美仏ツアー」もなく、大人の学校の「歴史ウォーク」もお休みにしていただきました。

ギリシャは「神話の国、8日間」というツアーである。
僕の日程、孫の日程、ギリシャだけ、お値打ち感など・・・での選択だった。

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実質6日間、ギリシャ堪能してきた。

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空港を出るとマラトン古戦場。まあ、マラソンのこととか、ブロンズも現代のもので・・


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翌日はメテオラ。メガロメテオロン修道院に入れた。世界遺産だが、14世紀のものである。

デルフィの遺跡。戦争や同盟、婚姻にあたり各地の王はデルフィのアポロン教会で神託を受けた。巫女から神託が伝えられた。「この地にはガス(火山性)がかんけつ噴出しており、巫女はたやすくトランス状態に入った」と解説された。
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アテネに戻り、エーゲ海一日クルーズがあり、日が変わりアクロポリスの丘、パルテノン神殿である。
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国立考古学博物館や新アクロポリス博物館を回るオプションツアーを選び、見学。
スピロスさんという素晴らしいガイドで、エジプト文明からのギリシャ文明の自立など、ギリシャ文明の世界史的な位置を展示物を示しながら解明してくれた。
スピロスさんは、いくつかの展示レプリカを示しながら、「本物はロンドン」と何度も何度も悔しそうに説明していた。


最後はミケーネ遺跡。紀元前1250年というミケーネ文明である。シュリーマンは、まず、ここで成功したとのことである。

14基ほどの横穴古墳がミケーネで発見されたとのことであるが、こちらは石組みが完璧に残っている。
副室もあった。
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ギリシャは素晴らしかった。
遺跡の歴史は古いが、現代との断絶はある。飛鳥の石造物や古墳を見ているような感じである。ローマやトルコの支配を長く受けた影響も大きい。
歴史がそのまま続いている、そしていまも生きている法隆寺とか春日大社、室生寺・長谷寺などとはそこが大きく違うわけで、飛鳥も良いけど奈良の良さはあらためてそこかなと感じる旅行だった。

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by koza5555 | 2015-01-17 11:53 | 旅行 | Comments(0)

台湾旅行

忙しいツアーや講演の合間を縫って、弾丸ツアーで台湾を観光してきた。

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忠烈祠の衛兵交代式

あっちゃんの英検一級の合格祝いとして、「とにかく海外旅行を」ということである。
ところが、これがなかなか行けないのである。
僕の日程、あっちゃんの日程、孫の日程を混ぜ合わせての公約数として、一月末の「台湾ツアー」が実現した。

夕方にホテルに到着する。まずは、「世界の10大レストラン」に選ばれたという小籠包(ショウロンポウ)の「ディンタイフォン(鼎泰豐)」である。
ホテルは松江南京、ディンタイフォンは東門。タクシーが便利とのことだが、地下鉄がたったの二駅、これを見逃す手はない。

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コインを買って、かざして入り、出るときに投入というシステムだった。
東門からの帰りが面喰らった。東門はターミナル駅で、着いた月台(ホーム)は地下三階、帰りはその反対側ホームかと乗りかけると、それが違う路線。あれあれ?と探してみるとホームが地下二階と地下三階に分かれていました。
乗り換えが便利?たんに工事の都合?
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ディンタイフォンの本店前。さすがの混みようである

ツアーのはじめは行天宮である。生駒聖天を思わすような境内の雰囲気であった。
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とても熱心なお祈りをされていた。境内全体が撮影禁止で、ご本尊は激しく赤と青で彩られた鐘馗(しょうき)様である。あとで確かめると鍾馗さんは、台湾では民間伝承に伝わる道教系の神とされている


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ここは蒋介石を記念する忠誠記念堂忠烈祠(もとは台湾護国神社だったそうである。ガイドは「忠烈祠は日本の靖国神社」と紹介していた。今は、宗教色は全く感じられなかった)
衛兵交代式を拝見した。衛兵の職務は人気が高いとのことであるが、台湾軍人の給与はとても安いとのことである。

故宮博物院に行き、キールンの九ふん(鉱山跡が観光地になっている)や台北市内の夜市(よいち)などを回った。

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夜市は強烈だった。日本の有名寺院の初もうでみたいであるが、こちらはこれが一年中である

朝8時から夜9時までの強行軍の観光だったが、台北市内の主要観光スポットを回りきった。

胡宮博物院も一度は見ないとわからないことがある。まずは四ヵ国語表示である。
そして、展示の中心的な目玉は翠玉の「白菜」、これはほんとうに見事なものである。

台湾は食事もおいしい。さすがに海の幸があふれており、食事はおいしかった。

さて、案内してもらうのも楽しいが、案内してる時もとても楽しい。
これをどう理解してもらうか、ここではどんな反応が出るだろうか、どうやって楽しんでもらうか。連れていただ
きながら、いろんな勉強もできた。

さあ、元気いっぱい、明日も頑張ろう
by koza5555 | 2014-01-28 23:02 | 旅行 | Comments(0)

伊勢神宮や夫婦岩

桜井市の民生・児童委員協議会(略称)の今年の一泊(24・25日)研修旅行は三重県だった。
研修の後は伊勢神宮、あご湾遊覧、二見が浦を回るという良く学び、良く遊ぶという一泊研修である。

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宇治橋鳥居。ガイドによると「この鳥居(橋の手前)は前の式年遷宮の棟柱で作られています」とのことである

研修は三重県津市の「三重県障害者総合福祉センター」と障がい者支援施設の「いなば園」である。

福祉センターは「高次脳機能障がい」者に対する診察、評価、リハビリ、就労支援などの総合的な対策を行っている。
外傷、脳血管障害(脳内出血など)により、記憶や行動の障がいが生まれる。それを高次脳機能障害というが、外見などからは分かりにくく、人間関係が壊れるなどの問題が生じているとのことである。
それに対する総合的な対応をする施設を見学して、具体的な相談の窓口の勉強ができた。
奈良県だと同等の活動は県総合リハビリテーションセンターが担っている。

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福祉センター玄関

同じ津市内のいなば園を訪問した。施設運営の責任者から、「いなば園は障害には知的、身体的、精神的障がいがあるが知的障がいに対応する施設」との説明を受け、園の日常生活、生活支援や諸活動についての解説をいただいた。
児童対応の施設で入所者が成人となっても行き先がないとか、待機者が増え続けているとの悩みなどもお聞きすることができた。

民生・児童委員は日常的に部会に分かれて、さまざまな勉強会は行っているが、今回もドーンと課題を突き付けられた研修となった。

あとは内宮の参拝。
ちょうど一緒に歩いた方が桜井市芝の区長で民生委員の生駒さん。
三輪山のふもとに檜原神社がある。大神神社摂社、元伊勢と言われる檜原神社の8月の社祭は桜井市の芝区と箸中区(いずれも織田校区)の氏子によって神饌が整えられている。
生駒さんはこの芝区の区長さんで、いわば檜原神社祭の氏子側の代表である。
「神宮、どうですか?」と聞くと、心得たもので「うちから行かれた方だ」・・・である。

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五十鈴川御手洗場

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あご湾遊覧船。エスぺランサ

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二見が浦。夫婦岩。僕はきっと40年ぶりだ


観光の比重が高と思われるでしょうが、経費は本人もち(実質)ということですので、お許しいただきたい。
by koza5555 | 2013-09-25 22:34 | 旅行 | Comments(2)

「風の盆」と五箇山で富山へ

「ぼんぼりに灯がともり、胡弓の音が流れるとき、風の盆の夜がふける」は高橋治である。
一度は拝見したいと思い、五箇山と八尾(やつお)に行ってきた。

旅行気分を味わうためには、「やはりツアーが良い」で乗用車ではなくクラブツーリズムのお世話になった。大阪から金沢までJRのサンダーバード、あとは貸切バスだった。

乗用車でも行けないことはないが、それは「日常生活の延長」で、なんとなく旅行気分にイマイチ不足だ。
それぞれ受け止め方は違うだろうが、ぼくらは駅に集まる、添乗員の指示に従って電車に乗る、旅は始まる…という具合が好きである。

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初めに五箇村である。菅沼地区を訪れた

バス駐車場からエレベータで三階分くらいを降りて、地下道をくぐり抜けると合掌造りの郷である。
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八尾(やつお・現在は富山市とのことである)は雨だった。
「風の盆」の演舞は曳山会館のホールで拝見する。
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各町内の公民館、集会所でも演舞、鑑賞できる施設が作られているが、町ながしとはそうとう違うと思える。

八尾、日本の道100選である。
「この八尾町道諏訪町本通り線は日本の特色ある優れた道路と認められ、「日本の道百選」として昭和61年に顕彰されたものです」とあった。
道路は石畳、間口二間の町屋が連なっている。文字通り、ぼんぼりに火がともり・・胡弓の音が流れるとき」だった。
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町流しはなかったが、町屋で胡弓を弾く方がいたりして、町をあげて祭りを楽しみ、観光客を歓迎していた。


豪雨で列車のダイヤが大幅に遅れるようなハプニングもあったが、旅行は楽しめた。
そして、あちこち旅行に行っても、ついつい奈良と比較してしまい、うらやましかったり、なじってみたり・・
そんなことで、大いに楽しんだが、勉強にもなった北国(ほっこく)の旅であった。
by koza5555 | 2013-09-05 23:58 | 旅行 | Comments(4)

巨大気温グラフ 138タワーパーク

「炎熱の日本列島」という新聞見出しを見た。

記録的な暑さである。
昨日、138ツインタワーで「巨大気温グラフ」をみたが。。。
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138ツインタワー(展望台は100m)の展望台から見た巨大気温の棒グラフである。
色の布で温度を示し、昨年は白、色のついているのは今年で晴は赤色、曇を黄色、雨を青色で示されている。

じっーと見てみると
昨年と比べると、昨年も暑かった。夏休みに入って21日、昨年が暑かったが15日。今年の方が暑いというのが6日。
「暑いのは今年だけではないんだな」・・・である。

父母の墓参で岐阜に帰った。
墓地は金華山の山系のふもとにある。
父母の墓石の正面に木曾三川公園の138(いちのみや)ツインタワーがみえる。

帰りには、ここを上がってみようかということになった。

138ツインアーチは木曽川の旧河川敷(江戸時代の御囲堤「おかこみつつみ」)の中に造られたパワーパークの中心に建てられている。タワーがあっての公園である。
タワーの高さは138メートル。展望台は100メートル。昨今、のっぽビルが立ち並んできた名古屋でも目立つ高さではないが、木曽川沿いに立つ展望台というのがウリである。
東海北陸自動車道はこの直近を通っている。

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タワーの名前や高さの138は一宮(いちのみや)市の読みとの語呂合わせである。20年ほど前に作られたが、語呂合わせで高さが決まったり、名称が決まるというような公共投資は「バブルの象徴」、そんなことも言われてその後に不安を抱かせた。

今度上がってみた。
夏休みの土曜日の午後としてはちょっと閑散としていたが、来訪者を楽しませる努力が端々に見受けられた。

タワーのライトアップが毎日違うということも初めて知った。
「明日の天気はどうかな」ということで、予報が晴れならオレンジ、曇りならグリーン、雨ならブルーというようなライトアップだそうである。

木曽川の南派川(本流と南派川の川の間に岐阜県の川島町がある)沿いの138タワー、眺めて楽しい、訪れてもみたい、のんびりできる東海地方の風景となっている。
by koza5555 | 2013-08-11 11:59 | 旅行 | Comments(0)

岐阜に見舞いに

岐阜の兄貴が正月から入院している。奈良からの見舞いで月に一回くらいしか行けない。

一月に訪ねたときは、「・・・・」  

声もなく帰った。

兄貴は子供の頃から、家の中でも、町の中でもしっかり者でとおっていた。
その兄貴が、聞いたことのない泣き言を少しだけ言った。

2月、3月と病状の回復は進んでいる。

兄貴は希望を持って闘病していた。
僕も健康を感謝して一層、努めねばと考えた一日だった。
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大きな病院だが、その隣は僕の母校の長森中学校。50年前は幼木だった桜は老いてなお盛んだった。

中学校の校歌をあっちゃんに歌って聞かせたが、あっちゃんは何の感慨もなさそうに車に戻って行ってしまった。
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by koza5555 | 2013-03-27 20:43 | 旅行 | Comments(0)

ハワイに行ってきた

8日(金)に学園前で「記紀万葉の宇陀路」というお話をさせていただいた後、その翌日はまっしぐらにハワイへ。一応、区切りに書かせていただきます。

パックされたツアーだが、オアフ、ワイキキだけではなくハワイ島やマウイ島も回るコースが気に入って選んだツアーである。

ハワイ到着後、ハワイ島(ビッグアイランドという)へ飛行機で。標高4200メートルのマウナケアである。頂上には望遠鏡が林立している。一番左側が国立天文台のスバルである。
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ビッグアイランド滞在中にハワイ大学ヒロキャンパス内のレストランで食事をすることとなった。このレストランの周囲がマウナケアの望遠鏡群をコントロールする天文学センターで、ここが7周年記念ということで展示があった。これを拝見することもできた。

ホテルの前は公共ビーチである。海に飛び込む子ども・・・
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活火山を見たり、ヒロのダウンタウンで「大捕物」を見たりした後、マウイに移って・・・クジラウォッチング。乗り物酔いなら何でもおまかせというあっちゃんだけど、僥倖にも海は完璧な凪ぎで存分に楽しめた。

クジラの尾が撮れた
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親子のクジラである
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マウイ周辺には4000頭くらいザトウクジラがいて、「必ず見える」ということだが、直近で観察できた。100メートル以内には近づかないということだが、停まっている船に近寄ってきたりする。

サンセットクルーズで夕陽も見た
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ま、あれこれあるが、こんなことだった。

添乗員は別として3名のガイドの説明を受けた。2名はバスの運転手でガイド兼任である。日本では見かけない。運転しながら半端じゃなく話す。そして下車してからも案内するのだ。
端々に参考になる話はあった。

たくさんのことを教えてもらった。現地の生活のあり方もたくさん聞いた。心から笑えるお話もたくさんあったが、つまらないダジャレや斜に構えた話しもたくさん聞いた。

「歴史を紹介しても、史跡や土地柄を紹介しても、ガイドの心を通しての話だということだなあ」と考えた。言い換えるならばガイドするということは常に「自分の人生を話している」ということだと感じた。
ガイドへの心構えが一つ決まったことも大きな収穫だった。

2年ぶりの国外旅行だった。孫守を毎日していてその隙間が縫える時期で、あっちゃんの英検の試験の区切りの時期で、僕も一つのころあいの時期かと選んだ日だったが、けっこうな綱渡りだった。そ
れでも存分に楽しい休日であった。


ところで今日、3月18日は、あっちゃんの誕生日である。ここでも「おめでとう」と申し上げたい。あっちゃんの50歳代はさらにあとわずかとなったが、今年も元気に仲良く生きていこう。
by koza5555 | 2013-03-18 06:18 | 旅行 | Comments(0)

矢場とんと大須観音の節分会

急用があり、岐阜に出かけた。

岐阜からは西に伊吹山、北には白山、北東には御岳、東に恵那山。こういう山を見て育った。
写真は伊吹山である。快晴だがもやっている。
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伊吹山

その帰りに名古屋で昼食。久しぶりの名古屋である。「あんかけスパ」と考えていたが、矢場町にさしかかって、「矢場とん」に変更である。元気なうちに食べておこうということだった。
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矢場とん
並んでみると30分待ち。店に沿って並ぶが壁に待ち時間が書かれている。矢場とん、昭和22年、あの戦後の食糧不足の時期の誕生である。これは僕の生れた時と同じ年で、僕が育ってきた、僕の歩んできた歳月と同じ時間を矢場とんも歩んだかと、少々、親近感を感じてきていた。
矢場とんはきっと大成功で、いまでは10店舗ほどあるようである。東京の銀座とか福岡にも出店しているとのことであった。

僕は味噌カツ丼で、あっちゃんはロース味噌豚カツの定食。ま、絵はふつうである。

食事のあと、大須観音に向かう。
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名古屋には四観音というのがある。名古屋城を中心に四方向、中川区の荒子観音、甚目寺の甚目寺観音、守山区龍泉寺の龍泉寺観音、南区の笠寺観音である。今年の恵方は南南東ということで笠寺観音である。

大須観音はこれとは別格である。
ここの豆まきは少し様子が異なり、七福神や役員などの豆まきに先立ち、一般の参列者もも豆まき&祈祷(料金4,000円、枡付き)ができた。いろいろな家族が豆をまかれた。
これはこれで、一つの知恵、さすがに「下町の大須観音」である。
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「節分宝船行列」というパレードも行われた。七福神がそろっての山車型の宝船である。
華やかなものである。

岐阜への急用とは、兄貴の病気見舞いだった。兄貴は子供の頃からのしっかり者であるが、今度の病気にも気丈に対しており、泣き言は言わなかった。
「福は内」、兄貴のことも十分お願いしてきた。
by koza5555 | 2013-02-03 23:10 | 旅行 | Comments(0)