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奈良・桜井の歴史と社会

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カテゴリ:万葉の旅( 22 )

万葉集で親しむ大和ごころ  

上野誠の「万葉集で親しむ大和ごころ」 角川ソフィア文庫 平成27年9月新刊である。

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「むずかしゅう言うのんはアホでもできる。やさしく言えるお人こそ、ようわかったおひとだっせ」という東大寺の元管長の新藤晋海さんの口癖どおりの本である。
上野誠さんは、あれこれの講演でこんなことはお話しされますから、これは上野誠さんの信念だろう。
「万葉集で親しむ大和ごころ」は、そんな本である。

やさしく、おもしろいけど、あちこちでキラリと刃がひかるという感じである。僕は楽しかった。みなさんにもお薦めである。

宴会芸のお話がおもしろい。
「神とはどのような存在であったか」を考えた折口信夫が着目したのは、祭りのことである。
神は「来たりて去る」のが祭の構造である。神を迎え、接待し、神を送ってから「宴」、宴会を開く。「こういう祭りと宴会が毎年繰り返されることにより、酒・料理・歌・舞などが洗練されてゆく。そして、一つの形式というものができあがってゆくのである。茶道・華道・香道のような日本の芸道のほとんどすべてが、神仏をもてなし、客をもてなすさまざまな工夫から発達した理由もここにある。だから、祭と宴は、日本の歌や芸能の母胎」(p182)。

宴の歌として
「ひさかたの 雨も降らぬか 蓮葉(はちすば)に 溜まれる水の 玉に似たるを見ゆ」(巻16-3837)から解説が始まる。
 雨よ降れ、蓮の葉っぱにたまった水滴が宝石のようにみえる。宴席で即興で歌われた、雨が降ってなかった、宴席には蓮の葉が皿ととして使われていた・・・

それに続いて、長忌寸意吉麿の歌八首(巻16)の紹介である。
宴会の場を歌で盛り上げた男、意吉麿の姿が描き出される。

蓮葉(はちすは)は かくこそあるもの 意吉麻呂(おきまろ)が家なるものは芋(うも)の葉にあらし(16-3826)

蓮と芋の葉は似ている。「うも」に「いも」を掛け、我が家の妻を肴にして戯れた歌・・

双六の頭(さえ)を詠める歌
一二(いちに)の目のみにあらず 五六三四(ごろくさむし)さへありけり双六(すぐろく)のさえ(16-3827)

八首の歌の始まりは
さしなべに 湯沸(ゆわ)かせ子ども 櫟津(いちひつ)の 檜橋(ひばし)より来(こ)む  狐に浴(あ)むさむ 

右の一首、宴席にて真夜中に狐の声が聞こえる。雑器、狐の声、川、橋等などに架けて歌を作れと勧められて作れる歌とあり、宴席の歌である。

ちなみにだが、この歌の歌碑が天理の和邇下神社の鳥居の北側に置かれている。
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歌の趣旨から見れば、この場所で歌われたとは思えないのであるが、櫟本を読んだ歌とも言える。
櫟本には河があり、港(津)があり、奈良盆地を東西に貫く水路があったことなども分る。

万葉集というものがどんなものか、また、これらの歌から当時の風俗なども活き活きと感じ取れて楽しい。

さて、上野先生の本からは外れるが、長忌寸意吉麿には三輪と狭野の渡しを歌った歌もある。
「苦しくも降り来る雨か 神の崎 狭野の渡りに家もあらなくに」(巻3-265)
和歌山県下の歌かとの論もあるが、この歌を本歌取りした藤原定家の「駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ」(新古今和歌集)とあり、南国の歌ではなく、
これは大和・桜井の歌との認識は平安時代に確立している。

桜井自慢もして、今日はおしまいであるが、上野誠の本はいずれもおもしろい。
by koza5555 | 2015-11-03 14:09 | 万葉の旅 | Comments(0)

今年の萬葉学会は天理大学で

10月11日に天理大学で開催された萬葉学会の全国大会で坂本信幸先生のお話を勉強してきた。
演題は「天理と万葉歌」である。

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天理大学、八号棟あたりから。とても落ち着いたキャンバスだった

講演を僕なりにまとめてみた。
①はじめに「天理市には柿本人麻呂の墓と妻の墓がある」である。
柿本人麻呂は、「万葉集にしたがって、石見で死亡したことは確実である。」とされ、それを認めながらも天理市に柿本人麻呂の墓があることも確かとと思える・・である。

「大和国石上といふ所に、かきのもと寺といふ所の前に人麿が墓有りといふを聞て」清輔集(1177年以前に成立)とか、

「人丸の墓は大和国にあり。泊瀬に参る道なり。・・・・彼の所には歌塚とぞいふなる」鴨長明「無名抄」(1211~6年)など、平安の時代から天理の柿本人麻呂の墓が論じられている。

「石見に死して」だが、天理に墓があることは間違いない、火葬して遺骨を埋めたとみたいとのことである。

妻も天理に葬られたことも間違いなしとされ、
「大鳥の 羽易(はがい)の山に わが恋(こ)ふる 妹は座(いま)すと 人の言へば」
(巻2-110・長歌の一部)と、「衾道(ふすまじ)を 引手の山に 妹を置きて 山道を行けば 生けりともなし」(巻2-212)を引かれての説明があった。

「羽易の山」は三輪から竜王山にかけての山裾のことであり、それを大濱厳比古氏の「新万葉考」に従って、「三輪山を頭部に、竜王・巻向山を両翼として、いっぱいに翼をひろげて天かけてくる鳳の姿を見たのである」と羽易の山を解説された。

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 「大鳥の羽易の山」。飛鳥からはどこからもこの姿が望める


②二つ目のテーマは「柿本人麻呂はどこで生まれ育ったか」である。「柿本人麻呂の実像は不明とされる」などと聞いて納得してきたが、これはおもしろそうである。

万葉歌には略体歌と比略体歌があることを初めて勉強した。

「春楊 葛山 發雲 立座 妹念」という歌がある。
「春柳 葛城山に 立つ雲の 立ちても居ても 妹をしぞ思ふ」(巻11-2453)であるが、漢字10文字で31音を表す優れものと聞いてきた。助詞、助動詞などを全部省略した形で、これを略体歌というのである。

もちろん、柿本人麻呂には非略体歌もたくさんある。

画然と別れるわけではないが、傾向として人麻呂の歌は、若い時は略体歌、円熟してからは非略体歌が多いとのことである。それが地域ごとに整理されているのである。

城上郡(しきのかみ)は圧倒的に非略体歌、近江と山背国、各地方の歌は略体歌だという。若いときは近江、山城で、円熟してからは盆地の南部に移ったとみることができるとのことである。

結論を急ぐが、人麻呂の出身地は近江、山背は通過地点ではないかというお話である。
諸国の歌に略体歌が多いのは、若い時の人麻呂は「諸国の歌、伝承などの採歌・採話係」を職務としていたのではとの指摘だった。

僕の勉強、感想は坂本先生のお話とは、ちょっと差があるかもしれないが、今年は素晴らしい勉強ができた。


萬葉学会は、萬葉集を研究する学会であるが、「萬葉集を愛好する人は来たれ」と門戸を広く開いている学会である。
年間会費は4000円。学会誌が年に4回送ってきて、行事の案内もいただけて、お得である。

さて、この日の講演はもう一本あって、「よみを問う、ことばを探る」と題して、奥村悦三奈良女子大名誉教授がお話しをされた。難しいお話だったが、記紀万葉を考える上で、とても大きなカルチャーショックを受けた。様子を見てこれもアップしたい。
by koza5555 | 2014-10-13 21:34 | 万葉の旅 | Comments(0)

坂本信幸先生に連れられて萬葉一日旅行

5月10日、萬葉学会主催の「萬葉一日旅行」に出かけてきた。
町内の行事が密集していた頃だったが、坂本信幸先生、上野誠先生が講師とあり、「これは見逃せない」。

天理駅前集合、石上市神社、在原神社、人麻呂歌塚・和爾下神社、東大寺山古墳を経て櫟本高塚公園で昼食、帯解黄金山古墳(舎人親王墓伝承地)や崇道天皇陵を拝見して奈良に至るというコースだった。

山の辺の道がテーマだったが、歩いてみたら、そこは僕には未知の道だった。
今度のコースはほとんど行ったことがあり、ブログにも書いたりしていたが、今回、解説を聞いてみれば僕の知らない物語だった。

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和邇下神社にて、長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)の「さすなべに湯わかせて子ども いちい津の 檜橋より来む(コン) 狐(きつ)にあむさせむ」を楽しく解説する坂本信幸先生


天理といえば石上神宮、石上神宮といえば布留川というような僕の図式だったが、今回はこれとは違って、もう一つ北の谷、「高瀬川と和邇」がテーマだった。

高瀬川は五ヶ谷に発して佐保川に合流してやがて大和川である。この川に沿って北の横大路という道があり、西名阪国道はこの道に並行しているのである。
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この写真は切り貼りです(すみません)


櫟本に立てられている石標。
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北の横大路と上街道(上ツ道)の十字路の石標。左たつた、右ならみちと刻まれている


この扇状地が縄文時代から生活空間として確立され、弥生時代の歴史(この谷から銅鐸が相当数出土している)もあり、古代の和邇氏の本貫地であるとみられている。

その歴史は中世・近世にもつながる。
在原業平とその父の阿保親王(平城天皇の皇子)を祀る業平寺が、この地にあったり、この地域の中心市街地が櫟本であったりするのも偶然ではないのである。

大和川、佐保川をさかのぼるとしっかりした扇状地があり、上ツ道、山辺道のチマタでもあるということで、盆地北東部を背景に巨大な力をもち、佐紀盾列古墳群にも関係した和邇氏の本拠地であるという見方だった。
いろんなことがつながった思いのする、良い勉強ができた。

上街道を歩いていて、由緒ありげな建物に出会った。大阪府警奈良警察櫟本分署跡・・・
奈良県が明治時代の初期、大阪府に組み込まれ(その後堺県、分離の運動があり奈良県に)ていたことは知っていたが、こんな遺産は知らなかった。
この分署で天理教教祖、中山みきが尋問されたとのことで、史跡として保存する運動があるようである。

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大阪附警察奈良櫟本分署跡

あとは、東大寺山古墳であろうか。
天理教城法-しきのり-大教会の敷地内にあり、4世紀後半頃に築造された前方後円墳で、全長140m。葺き石、埴輪を持つ。粘土槨に覆われた、9.4メートルの木棺があった。
盗掘を受けていたが、粘土槨の東西に、武器や武具が副葬されており、東側から金象がんで「中平」(184年)の号を持つ刀が出土したことで著名である。
「中平□年五月丙午の日、銘文を入れた刀を造った。よく鍛えられた刀であるから、天上では神の御意に叶い、下界では禍を避けることができる」とのことである。

解説は古墳の下で行われたが、僕らは古墳の上まで。

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この古墳を探しに3回ほど来たことがある。教会の敷地内とは思わず、シャープの駐車場や寮のあたりをさがした。古墳の上で友人の田原さん(右)、左が田波さんである

今日は、どうしてもの所用がありお昼にリタイアである。
上野先生のお話を他の意味にしていたが、聞くことができなかった。次の楽しみとなった。
by koza5555 | 2014-05-11 14:10 | 万葉の旅 | Comments(2)

萬葉一日旅行

萬葉学会(関西大学文学部内)は「万葉一日旅行」を開催する。

5月10日(土)であるが(すみません、こんなに直前のブログアップで)、天理駅前に9時30分集合、

石上市神社(石上町にあり、少彦名命を祀る)、在原神社、高良神社、人麻呂歌塚・和爾下神社、東大寺山古墳を見学して櫟本高塚公園でお弁当である。

午後は和爾坐赤阪比古神社、帯解黄金山古墳(舎人親王墓と伝えられる)、崇道天皇陵で解散である。

手持ちの写真を探して、とりあえず

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帯解黄金山古墳(舎人親王墓伝承地)。黄金塚陵墓参考地のこと?


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崇道天皇陵

天理から奈良にかけてのいかにもマニアックコースで、
そして・・講師が・・坂本信幸先生と上野誠先生なのである。

僕も、9日から12日にかけて、ムチャクチャに日程が混み合っているが、これは行かねばという気分である。

事前申し込み必要なし、雨天決行、弁当持参で保険はなしと宣言されている。
料金は無料、萬葉学会は、会の内外で広く参加を広く呼び掛けている。

ご一緒しませんか・・・である。
by koza5555 | 2014-05-07 22:29 | 万葉の旅 | Comments(2)

万葉集と橿原市・広陵町・三宅町

万葉集のツアーの下見に行ってきた。

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馬見丘陵公園のナガレヤマ古墳

コースは雲梯川俣神社、御厨子観音、常磐町春日神社、百済寺、馬見丘陵公園、伴堂杵築神社である。
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奈良交通の募集チラシ

まほろばソムリエの会と奈良交通で作り上げる、「歌って巡ろう」の平野南部の巻である。
12月1日(日)と15日(日)、木枯らしが吹くころの話である。
昨日、26日(木)に、このコースの下見・勉強会を行った。

大津皇子、曽我川に三宅町。楽しみ、見どころが満載のツアーである。
今回は馬見丘陵公園などの古墳も回る。今回は古墳関係の解説はMさんが担当する。Mさんは奈良まほろばソムリエの会のなかでも古墳の知識が深く、その案内に定評がある。草を踏み分け、ライトを持って横穴古墳にどんどん入っていく女性探検家(?)ともいうべき方で、今回は、自身の経験も合わせて、古墳論を語ってくれる。これは僕も楽しみしているのである。

さて、万葉集であるが、「父母(ちちはな)に 知らせぬ子ゆゑ 三宅道(みやけじ)の  夏野の草を なづみ来るかも」(巻13―3296)である。この歌は長歌がセットになっていて、これは親が歌い、子が応えるという楽しい歌である。

ツアーでは、この歌を三宅町で歌う。
この三宅町の万葉歌の解説と朗詠を三宅町ボランティアガイドの皆さんにお願いした。

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犬養孝揮毫の万葉歌碑前で三宅町ボランティアガイドの皆さんの解説を聞く。実はさらに楽しみがあり、ツアー当日は、三宅町ボランティアガイドの皆さんに「天平の舞」もおどっていただけることになった

そして、万葉歌碑から太子道を200メートルほど歩くと伴堂杵築神社である。
こちらの拝殿に掲げてある「おかげ踊り」の絵馬が拝見できる。奈良県指定民俗文化財に指定されており、神社の境内で多数の踊り子が輪になって踊っている絵で、村役とか踊り子の一人一人の所作などが詳細に書き込まれている。

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今日の写真はレプリカ。ツアーにおいでになり本物を見てください

三宅町はボランティアガイドの片岡会長さんや杵築神社の宮北総代(元区長)さんに案内をしていただく。


犬養先生の万葉の旅によれば、奈良盆地南部は「万葉の故地がこの地域に数カ所しかないのも、ここがいわば穀倉であり、宮廷人らにとっては、通路に過ぎなかったのにも因るところがあろう」とのことであるが、橿原市の御厨子神社、三宅町のボランティアガイドの皆さんなどに助けられて、今までにないような素晴らしいツアーになりそうである。


奈良交通の工夫で、昼食も楽しみ、ぜひおいでください。
by koza5555 | 2013-09-27 09:37 | 万葉の旅 | Comments(0)

歌って巡ろう平野南部(橿原・広陵・三宅)コース

歌って巡ろう平野南部(橿原・広陵・三宅)コースの日程が決まった。
このコースは僕が案内する。
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奈良交通ちらし

このコースは難物だった。
犬養孝の「万葉の旅」によれば、平野南部は「万葉の故地がこの地域に数カ所しかないのも、ここがいわば穀倉であり、宮廷人らにとっては、通路に過ぎなかったのにも因るところがあろう」とのことである。

「通路にすぎない」と書かれても、こちらはここを一日かけて案内するのである。
これをどう楽しくするかが、工夫のしどころである。

コースと日程を正式に決めた。すでにチラシとなって募集が始まるところだ。
日程は12月1日(日)、12月15日(日)で、コースはチラシのように雲梯川俣神社(橿原)から始まり、三宅町に至るコースである。

何度も回xてみると面白いテーマがみえてくる。

一つは人。盆地の南部には大津皇子と高市皇子がピシッと決まる場所と歴史がある。
一つは古墳。今回は馬見丘陵公園、ナガレヤマ古墳しか行けないが、この地域には多くの古墳があり、この語り部が見つかったことである。ソムリエのメンバーでは「古墳ならこの方」といわれるMさん(女性)にサブガイドになっていただいた。この解説は見逃せない。僕も大いに楽しみにしているところだ。
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ナガレヤマ古墳、東側


御厨子観音のご住職には解説をおねがいしている。三宅町のガイドの皆さんにも力を貸していただくという了解をいただいている。

準備を始めたころ(3月)にブログではいろいろ紹介しているが、チラシができたことでもあるので、紹介することにした。
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広陵、百済寺
by koza5555 | 2013-08-02 22:43 | 万葉の旅 | Comments(0)

吉隠・・そして廃校の吉隠小学校

今週の土曜日に奈良交通の9月の万葉ツアー(宇陀コース)の下見を行う。奈良交通に合わせて2人のサブ、2名のオブザーバーなどでけっこうな人数の下見となった。

コースは八木から榛原、西峠を経て阿騎野に入る。
初めが吉隠である。
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これが元の吉隠小学校である

今日は廃校となっている吉隠小学校をまず紹介する。
明治7年に創立、日進館といったとのことである。明治16年にこの地に移り、現在も残されている校舎は明治17年に新築、明治41年、昭和35年に改築したという記録が残されている。昭和40年に廃校、初瀬小学校に統合された(桜井市史より)。

記録の範囲では、この校舎の大本は明治17年に建てられたものとのことである。

さて、ツアーのことである。

八木を出て、宇陀のことや万葉集のことを語りながら初瀬に差し掛かる。
出雲から穂積皇子と但馬皇女の愛、その喜びと悲しみを語る。

初瀬谷には多くの歌碑があるが、今日は2つの歌碑である。
まず出雲に但馬皇女の歌碑がある。

「人言を繁み言痛み 己が世に いまだ渡らぬ 朝川渡る」 巻2―116
(人の噂がうるさく身に突き刺さるが・・・・生まれてからまだ渡ったことのない朝の川を渡る)但馬皇女、708年没。母はヒガミの大刀自で鎌足の孫ということなる。
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朝川渡る、これは事件だ。皇女が朝、川を渡って帰る、もしくは会いに行く。当時の婚姻の形態からはありえない話である。
   
生きている時には、この愛の歌の返し歌を但馬皇女は受け取れなかった。

誰に送られた歌か。それ穂積皇子である。
但馬皇女が亡くなってから・・
「降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養(いかい)の岡の寒からまくに」 (巻2-203)と歌った。
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これがその歌碑である

吉隠というところは今でも雪がきつい所で、雪よ降るなという歌である。
出雲から長谷寺をこえた吉隠にその歌碑があり、但馬皇女墓は吉隠、猪養にあったと言われる。。

万葉集も、歌碑もまわりをよく見まわして、セットで語る、セットで楽しむことが大事である。
by koza5555 | 2013-07-24 21:03 | 万葉の旅 | Comments(0)

熱いガイドに旅満喫

15日(土)は奈良交通の「大和路万葉の旅」である。
車坂、檜原神社(井寺池)、大神神社、仏教伝来の碑、まほろばキッチン、忍阪、聖林寺を案内した。
健脚ならばハイキングとして歩き続けても楽しいコースだが、これは要所、要所でバスが待っていてくれるというツアーである。

お客様は20名、ガイド・サポートが4名で今回は産経新聞の記者とまほろばソムリエの会の鉄田専務理事が同行するという「取材ツアー」でもある。

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これが、今日16日付の産経新聞である。「夫婦で奈良に転居」は誤りで、「結婚して僕が奈良に転入」である

井寺池のヤマトタケルの歌碑、大神神社の大美和の杜の笹百合園、忍阪の鏡王女墓、聖林寺の倉本住職の講話など、みなさんにすべてを喜んでいただいた。

午後になってからは激しい雨、奈良盆地では待ちに待った雨ではあるが、僕らにはタイミングが悪い。忍阪あたりからは大変な降りでぐしょ濡れとなったが、幸い全員が全行程に参加されて元気にツアーを終えることができた。

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また、忍阪では鏡王女の歌碑のあたりでお会いした地元の方が、お聞きすると忍阪の森本藤次区長で、詳細な「忍阪」のパンフレットを全員分持ってきてくれてたり、玉津島明神ではあいさつをしてくれたりでツアーは良い方向、良い方向で盛り上がった。


朝のことである。
お客様が全員そろう。バスが出る。僕にとってはここがまずは最大のヤマである。今回なら万葉集と桜井のかかわりを話しながら、万葉集のそのもの論とツアーの行程、目的もお話しする。
今回は雄略天皇のこと、磐之媛皇后のこと、舒明天皇のこと語って、万葉の時代と現代の桜井を一気に結びつけるお話である。

「さて」と始める段になり、テキストのすべてを忘れたなどと気が付いたらどうなりますか?
今回はこれだった。
もちろん、ここは力を入れて考え、調べ、練習したお話だから問題はなかったが、これは大失態だった。油断というより・・・何を考えていたのだろうか。
地元の活動だったから、あっちゃんに届けてもらい、途中からは対応できたことは幸いだったが深く戒めたい。


奈良まほろばソムリエとバスツアー 桜井の万葉歌碑巡る
2013.6.16 02:03
 ■熱いガイドに旅満喫

 奈良通で知られるNPO法人「奈良まほろばソムリエの会」のメンバーがガイドを務めるバスツアー「奈良まほろばソムリエと歌って巡ろう!大和路・万葉の旅」が15日、桜井市内の寺社や遺跡などをコースに開かれた。万葉集の和歌などが刻まれた碑を巡る日帰りの旅で、参加者たちは熱のこもったガイドの案内に耳を傾けながら“古代のロマン”を満喫した。

 同会は昨年9月から奈良交通とタイアップしてバスツアーを企画し、今回は万葉集ゆかりの地に建立された歌碑を巡るツアーを開催。ガイド役には、奈良のご当地検定「奈良まほろばソムリエ検定」合格者が務め、同会の雑賀(さいが)耕三郎さん(65)がメーンガイドを担当した。

 バスツアーには県内外から約20人が参加し、奈良市内を出発。道中の車内では雑賀さんが万葉集の序盤に登場する“ヒロイン”として磐之媛命(いわのひめのみこと)を紹介し「当時の女性が元気で、大事にされていたことが伝わってくる」と魅力を語った。

 三輪山の麓では山中を散策しながら、檜原(ひばら)神社周辺に残された万葉歌碑を散策した。井寺池ではノーベル賞作家、川端康成が古事記から抜粋した「大和は国のまほろば-」の歌碑を見学。雑賀さんは、この歌碑がノーベル文学賞受賞演説の原稿から筆跡を拾い集め、刻まれたエピソードなどを紹介した。

 ツアーはその後、多くの歌碑が残る大(おおみわ)神社や聖林寺なども巡回。9月には同会のガイドとともに天皇御陵(ごりょう)を巡るツアーも開かれる。

 参加した斑鳩町の主婦、鶴間良子さん(62)は「ガイドの話は県内に住んでいても初めて知ることばかり。これまで断片的だった歴史の知識がつながっていくのが楽しい」と話していた。

産経新聞ウエブ版より
by koza5555 | 2013-06-16 06:44 | 万葉の旅 | Comments(2)

大和路 万葉の旅は6月8日(土)と15日(土)

奈良まほろばソムリエの会と奈良交通で練り上げた、大和路万葉の旅、初瀬・桜井コースは6月8日(土)と15日(土)である。

このコースのテーマ、軸は二つである。
一つは桜井が万葉発祥の地ということ。
いま一つは、「女性が輝き、力を示した万葉の時代」ということである。

今度のツアーは檜原神社(井寺池)、大神神社、海石榴市、忍阪と万葉集の発祥の地である。
万葉集は4000首あまりの歌がおさめられているが、その第一番の歌は桜井の初瀬谷、泊瀬朝倉に宮を置いたという雄略天皇によるものである。
「籠もよ み籠もち ふくしもよ みぶくしもち」である。
この歌を軽快に解説しよう。
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泊瀬朝倉宮跡、発掘現場見学会

雄略天皇の歌は、伝承の歌とみられており、実質的な第一番は舒明天皇の
「大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山登りたち・・・」であろう。
この舒明天皇の陵が忍阪に鎮まっているのである。僕はこの陵の前で、この歌を力をこめて歌わせていただく。
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忍坂舒明天皇陵


万葉集には大きな女性の感性と力が込められている。僕に言わせれば、「女性が輝き、力を示した万葉集」ということである。

万葉集の発祥を論じたが、歌の古さという点では、仁徳天皇(16代,400年)の磐之媛皇后の歌も忘れてはいけない。天皇がほかの后を求めることに激しく抵抗し、深い愛情を示した歌が4首、収録されている。
巻2の冒頭にこの歌は配置されており、そして「君が往き け長くなりぬ山たづね 迎えかゆかん、待ちにかまたん」が忍阪にかかわりのある歌なのである。

この大和路・万葉の旅のツアー、桜井コースは犬養孝先生の「万葉の旅」を土台にして、現地を訪れて、「万葉集の発祥」と「女性が輝き、力を示した万葉の時代」を直接感ずるツアーにしようと準備をすすめている。

サプライズとして大神神社、ササ百合園が見ごろを迎えることである。
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こんな百合の花を見ながら、

「道の辺の草深百合の花咲(えみ)に 咲(え)まししからに 妻といふべしや」(巻7-1257)歌ってみよう。

8日まで、もう二週間しかありませんが、ご日程やりくりできませんか?お待ちしております。

申し込みは奈良交通まで、お願いいたします。
by koza5555 | 2013-05-23 23:32 | 万葉の旅 | Comments(0)

奈良交通とまほろばソムリエの万葉の旅

6月8日(土)と15日(土)は、奈良交通とまほろばソムリエの「大和路・万葉の旅 初瀬桜井コース」を案内する。
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出発はいずれも近鉄とJRの奈良駅である。今回は奈良からガイドする。
一番初めは巻向山に入る車谷で、奈良から40分、ここまでに皆さんと交流を深める。

僕は檜原神社、井寺池からお話を始める。井寺池、ここが大きなポイントであることは衆目の一致するところである。
万葉集ではないが、ここは倭武尊命(ヤマトタケルノミコト)が歌い(古事記)、川端康成が揮毫した「大和は国のまほろば たたなづく青かき 山ごもれる 大和し美(うるわ)し」の歌碑がある。
倭武尊の歌であり、川端康成の揮毫であり、歌碑の形といい話題は大き区、数多い。

一つだけ紹介すると・・・
歌は古事記である。犬養節で歌うには、あちこちで字が足りなく、そして大きく字余りのところもある。
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ところがこれが歌える。教えてくれた人がいた。誰?犬養孝である。
「作曲家の黛敏郎君(犬飼孝の教え子である)と一緒に前総理の佐藤栄作さんご夫妻をここに案内したことがあった。・・・・大和はくにのまほろば・・を合唱しましょうと申したところ、われわれだけで誰もいなかったからだろうか、みなみな天真爛漫、心ゆくまでうたいあげた」(犬養孝、万葉十二か月)とある。
やってみると、これが意外にうまくゆく。これは盛り上がるだろう。

そんな感じで、今日(18日の土曜日)、サブで参加してくれる大山さんと二人で練習ツアーを行ってきた。

大山さんはいろいろ勉強しているが、どうも犬養節が苦手だという。「どうしてもうまくいかない」というので、僕も音痴だが一緒に歌ってみた。

犬養節のポイントは第二句の出足の切れ味だと僕は思う。大山さんはそこが冗長だった。
大山さんは歌を解説、紹介して3首くらいを歌唱指導して皆さんとともに歌うことになる。

「紫は灰さすものぞ 海石榴市・・・」を朗唱する大山さん。練習の成果も出て、ここらあたりではもう自信タップリである。
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最後に仏教伝来の碑の前で朗詠する大山さん。今日のお客は僕一人だ。
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by koza5555 | 2013-05-18 23:20 | 万葉の旅 | Comments(2)