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奈良・桜井の歴史と社会

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古事記編纂 1300年の切手

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古事記編纂 1300年の切手

「古事記の1300年―日本の一番古い年代記」という特殊切手が、7月20日から発売されている。

この切手を郵便事業会社が荒井正吾奈良県知事に贈呈したという新聞報道(奈良新聞7月28日付)をみて、あわてて買ってきた。

「切手はどんな話題性があるものでも定価以上のものは買わない」が我が家の申し合わせ(?)であるが、これは80円切手10枚のシートが800円で問題はない。

何気に手に取ったが美しい。

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実質は4枚がセットになっている。

ニニギ命の妻、木花の佐久夜姫(コノハナノサクヤヒメ)。
天皇命等(すめらみことたち)の寿命が有限となる始めと古事記には書かれる。

ヤマトタケルも取り上げられている。
「火退(ほそけ)」である。小碓命(ヤマトタケル)が向火(むかひび)で火を撃退する図である。
以上の2枚は堂本印象によるものである。

あとの2枚は出雲の八重垣神社に収蔵される板絵から取られている。
一枚はスサノオ尊
あとの一枚は稲田姫命

全体の取り合わせも絶妙で、美しく、ほれぼれする。

2シート買ったのみであるが、大切な手紙に貼られて全国に旅立つことになる。
by koza5555 | 2012-07-31 00:05 | 奈良 | Comments(0)

桜井市夏季大学

今年の桜井夏季大学は51回目である。
40年も前に義父も参加したという桜井市夏季大学に、今年も受講の申し込みをする。

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会場は毎年、大神神社の大礼記念館である。

上田正昭先生や和田萃先生の講演をここで初めて僕は聞いた。

お話は、本と比べるとていねいな所もあるが、アウトライン的な話もあってその落差に少し驚いたりした記憶もある。
しかし、生で聞く話は迫力もあるし、説得力もある。何よりも楽しい。

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今年の講師は白石太一郎近つ飛鳥博物館館長と帝塚山大学考古学研究所の甲斐弓子研究員である。
演題はそれぞれ「桜井市周辺の初期大王墓をめぐって」と「国際繁栄の視点から見た古代初瀬川周辺 古事記の中の桜井」である。

「こんな話かな」という素人判断が、見事に打ち破られるような壮大の転回、展開の講演になることを期待して、楽しみに待ちたい。

8月26日(日)、大神神社の大礼記念館で一日かけて行われる。

申し込みの期日は8月16日、先着250名である。
昼食代を含めてで、2000円である。

申し込み先。
633-0063
桜井市川合260-2(桜井市教育会館内)電話は0744-42-7530
氏名、住所、性別、年齢、電話番号、「桜井市夏季大学参加希望」と書き込んで申し込む。
代金は当日である。
by koza5555 | 2012-07-30 05:43 | 桜井・山の辺 | Comments(0)

ロンドンのなでしこを八咫烏が応援

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サッカー協会のシンボルマークは三本足の八咫烏である。歴史は古く1931年(昭和6年)からである。

古事記には、神武天皇の東征の時、熊野から大和へ入るときに道案内したのが八咫烏(やたがらす)と記されている。
この八咫烏を祀る神社が宇陀市榛原高塚の八咫烏神社である。
この境内には、ワールドカップの日韓大会の時に、寄贈された独特の八咫烏の石像があり、神武以来の歴史を誇ると同時に、日本サッカーの守り神とういう現世に直結する御利益がある。


さて、ロンドンオリンピックでの日本のサッカーは男女とも大活躍である。
28日、女子サッカーは予選リーグでスウェーデンと対戦した。

あまりテレビを観ないが、「サッカー見よ、なでしこ見たい」とのあっちゃんの提案で、見ることとなった。

この観戦は力が入った。
サッカーは攻守の移り変わりが目まぐるしく、観戦も油断ができない。

結果的には引き分けであった。
勝ちたいという思いがしっかりと」現れていて、いい試合だったと思う。
引き分けとなり勝敗なしであるが、日本女子サッカーチームはシュートが積極的で、ここが好印象である。

あっちゃんはヘッディングに合わせて頭を振るわ、シュートに合わせて足をバタバタ振るわで、ほんま、選手になりきって元気に観戦した。

日本サッカーチームのさらなる飛躍を期待する。


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八咫烏神社から伊那佐山を見て
by koza5555 | 2012-07-29 00:08 | 宇陀 | Comments(2)

防人が歩いた路

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毎日の歩数を入れると、人形が日本地図の上をすすんでいくという仕掛けである。
日本一周歩こう会というバーチャルウォーキング「団体」である。

「北海道に入った」とか「津波被害地帯を歩いている」などと書いたことがあるが、とうとう箱根の山にさしかかり、地図の上でも奈良が見えてきた。
10月が来ると3年がかりという話で、我ながら根気がいいことであった。

一気に箱根を下れば、もう気持ちは奈良にまっしぐらというところであろうか。

今朝は万葉集を考えた。
防人である。
東国の防人は難波津までは歩いた。難波津で乗船、瀬戸内海を船で渡ったとある。

いまは駿河の国である。
水鳥の 立ちの急ぎに 父母に 物言(ものい)わず来(け)にて 今ぞ悔しき 
                    (巻20-4337)

詠人は不明だが、出した人は駿河の国の防人部領使守(さきもりぶりょうしかみ)と判っている。


もう少し先まで見てみると、奈良を越えて難波津を出港をするときの歌もある。

難波津を 漕ぎ出でて見れば 神さぶる 生駒高嶺に 雲そたなびく
                    (巻20-4380)防人

これらの歌はいずれも天平勝宝七年(755年)の歌である。
防人は奈良の都に立ち寄ったのだろうか。752年に開眼した東大寺大仏を見ることはあったのだろうか。

さ、そんなことも思いながら、あと600キロ、僕の歩数なら3カ月はかかる。
健康を考えながら、毎日着実に歩いて行こう。

日本一周歩こう会  けっこうおもしろい。
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by koza5555 | 2012-07-28 06:23 | 健康 | Comments(0)

施基(志貴)皇子と紀橡姫(きのとちひめ)

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紀橡姫(きのとちひめ)、吉隠陵(よなばりのみささぎ)は鳥見山登山道(浄水場の手前)から入る。

鳥見山への道をしばらく登ると三叉路があり標識が整備されている。
榛原駅から鳥見山への登山道(歩行)は、警察署からまっすぐ北に上がるが、これとは別のいわば、西側登山道というべき道である。

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山腹を巻くように進むと小さい谷を渡り、さらに小さな尾根を越えると紀橡姫(きのとちひめ)、吉隠陵(よなばりのみささぎ)である。

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ここは7年も前にあっちゃんと来た事がある。
ここに来たのは早かったが、鳥見山も判らず、志貴皇子も判らない頃のことである。
木イチゴが密植しているとのあっちゃんの情報にもとづいての登山であったが、植生が変わってほとんど見かけなかったことを覚えている。
だから、写真もない。碑も見ていない。

写真が欲しいが、とにかく山の中である。山の上である。
26日の猛暑、一人で上ってきた。

紀橡姫(きのとちひめ)は光仁天皇の母で、志貴皇子(しきのみこ)の妃である。
771年、死後であるが皇太后の尊号が贈られ、その墓を山陵と言え、規則通りに斎(食事)も供せよと勅が出ている(続日本紀)。

ここで、本居宣長である。
明和9年(1772年)、春、榛原のあぶらやを出発した本居宣長一行は西峠を越えて吉隠に至る。

本居宣長は、光仁天皇の母である紀橡姫(きのとちひめ)の吉隠陵のことを尋ねるが、反応はなく「くちおしい」と嘆いた。
現在の「光仁天皇御母、春日宮天皇妃 贈皇太后吉隠陵」のことである。明治時代に紀橡姫吉隠陵と治定された。


国道165号の角柄(つのがわら)から直登する道が正面の道であるが、これは荒れ果てていた。
倒木も何ヶ所もあり、道は笹で覆われたりしている。宮内庁も今は角柄などから登ることはなく、鳥見山コースを利用していると思われる。

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250段ほどの素晴らしい石の階段は角柄からの道である。

初瀬谷から宇陀に入るにあたって、吉隠のことやこの陵、いずれも忘れることはできない。



西峠、角柄(つのがわら)などという山里を過ぎて吉隠に至る。
ここは古き書どもにも見えたる所にしあれば。心とどめて見つつ行く。
猪養の岡。また御陵などの事。(万葉歌に吉隠のいかいの岡、光仁天皇の御母の陵。
かごかける男に問うが、知らず。里人に尋ねるも、すべて知らぬので悔しい。(菅笠日記意訳)
by koza5555 | 2012-07-27 06:33 | 桜井・初瀬 | Comments(0)

ふれあいいきいきサロン

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ふれあいいきいきサロン。健康体操、北国の春
「ふれあいいきいきサロン」を開催した。
町の75歳以上の高齢者全員に呼びかける集いである。
社会福祉協議会の仕事を町で分担している「地域福祉委員」がそのお誘いや運営を担当する。

一人一人の高齢者を訪ね、お話し、誘う活動である。
サロンの運営では、お菓子やお茶の準備、弁当の支度などで汗だくである。
弁当も煮物がタップリ入った「茶色」の弁当で、高齢者の嗜好に合うように工夫していただいている。
高齢者世帯の実態調査は僕がすすめて、資料を持つが、四人の福祉委員の方が、リアルタイムで地域の状況をつかんで見える。
頼もしい御婦人方である。

「ふれあいいきいきサロン」は、日常的に開いていることを趣旨としているが、それはなかなか難しい。僕の地域では、時期を決め、テーマを設定して開催している。

今回のふれあいサロンは、「健康教室を兼ねた懇談と昼食会、そしてカラオケ歌い放題」という企画である。

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健康診断。看護師との会話も楽しい
夏場らしく、食中毒のことを包括支援センターの協力で勉強した。
よく整理されたお話で、いろいろ思い当たる節もある訳で、70代、80代、90代の方が熱心に勉強する。

いつもの「北国の春」の健康体操をして、こころゆくまでの懇談である。
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北国の春、健康体操
カラオケも思う存分歌えて、みなさん、晴れ晴れとお帰りになった。
by koza5555 | 2012-07-26 06:26 | 民生・児童委員・町内会 | Comments(0)

宇陀で古事記

「宇陀で古事記」というバスツアーを案内することになった。
12月の予定だから、まだ先の先である。

コースは決定済みである。

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墨坂神社、8月の火祭り(2011年8月3日)
どのみちボランティアみたいなものであるので、12月まで、僕自身が徹底的に宇陀を楽しむことにしたい。

神社・仏閣を歴史として学び、本殿、拝殿の建築物、歌碑などを語ることはできると思う。
しかし、鳥居を仰ぎ、境内に立ち語る時、もう少し語ることがあるのではと思うのも自然である。
今この神社とつながっている人々をナマで語りたい。いま神社とともに生きる人々の祭祀を語りたい、そんな思いである。

だから伝承とか、伝説なども知りたい。
そのためには行事や祭祀に参加して、宇陀の各社の例大祭、お渡りなど丹念に見ることを今年の楽しみにしたい。
こうした行事を通して、その地での神社の悠久の歴史を感じ取れればすばらしい。


墨坂神社は11月2日(水)の宵宮祭、11月3日(木)秋季大祭のお渡りが大切である。
しかし、これは談山神社の落慶大祭と重なるなア・・・

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八咫烏神社の例祭は11月3日である。午後6時から宇陀で一番の御供まきというのが自慢である。
それもあるけど、この神社の宮司さまにきちんとご挨拶をして、お話ししたいことがたくさんありますし。

宇太水分神社(中社=菟田野区)の10月21日の 秋の例祭は必ず行きたい。
お渡りは惣社水分神社の出発が午前8時半。中社での祭祀が10時から15時ということである。

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阿紀神社の6月16日の蛍能は参加させていただいた。今年はあいにくの雨で、演能はホールで行われ、蛍は籠から出なかったが…

宇賀神社もある。
菟田野の宇賀志の宇賀神社は、神武天皇軍に殺された兄猾(えうかし)を祀る。
土地では、弟猾(おとうかし)の「裏切り」により殺された兄猾(えうかし)こそ、郷土を守った英雄として崇敬されているという。
戦前など、この考えはどうしていたんだろう。土地の方に聞きたいものである。
こんなことまで意識したのだから、この神社の秋の例大祭は必見だろう。

今年の秋は忙しいがむちゃくちゃ楽しそうである。
by koza5555 | 2012-07-25 06:29 | 奈良 | Comments(2)

高市皇子と長屋王。青木廃寺をめぐって

桜井市の橋本(桜井市の西南にあり橿原市に接している)に青木廃寺跡がある。
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青木廃寺へ向かう道

23日はこの青木廃寺跡に置かれている泥掛地蔵会である。
自分の痛むところ、治したいところに合わせて、このお地蔵さんに泥を塗りつけると、治るという信心である。

「子どもが集まっていた祭」として聞いたことがあり、先日訪れた時に、村の入り口で佇んでいる三人のおばあちゃんに、「24日の地蔵会の宵祭として23日、3時から祭りがある」と聞いていたのである。
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   泥掛け地蔵石柱。昭和のものである

この泥掛地蔵、実は青木廃寺跡に祀られている。

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   青木廃寺跡 

青木山の山懐にある。
「創建当時の瓦が出土している。この寺は奈良時代の悲劇の宰相だった長屋王が、父高市皇子の冥福を祈って建てたと大脇潔氏(奈良国立文化財研究所 飛鳥藤原宮跡発掘調査部、現近畿大学文芸学部教授)が考証した。
創建当初の瓦は、平城京内の長屋王邸跡で集中的に出土した瓦と同笵である」(桜井市教育委員会)。

こんな山の中に?とは思うが、吉備池廃寺跡からみると500m程度しか離れていない。
6世紀から9世紀にかけて、ここら辺りはけっこうな賑わい?だったのか。

さて、泥掛地蔵だが・・・
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困ったことに、シーンとしている。
誰もいない。

降りてきて確かめると2時からだったという事であった。
でも、3時に誰もいないのは変だと思うが…
無理をしてはいけないと考え帰宅したが、キツネにつままれたような気持ちである。

お地蔵さんに「元気にまた来なさい」と言われたと考え、来年の楽しみにすることにした。
お地蔵さんの胸のあたりに、「ここが心臓ですか?」と言いながら、少し泥を付けさせていただいたが…
by koza5555 | 2012-07-24 06:09 | 桜井市と安倍 | Comments(0)

ヤフージオシティーズとエキサイトブログ

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僕の好きな三輪山の朝陽

ヤフーのブログを失ってしまった。
再開にあたり考えた。

ヤフージオシティーズのブログには、制約が多い。

一回のアップは2000字まで。
写真は一枚だけ。何枚も載せたようなブログを書いたが、写真ソフトで合成していた。
画像のサイズの指定があり、横幅で250ピクセル。
カウンターはページビューだけで中身を確かめる術がない。
ブログのアップはテキスト投稿が基本で、htmlの投稿にすると書式が全部壊れてしまうという問題がある。したがって本文内に一つのリンクを張っても、文章の体裁を整えるための大きな労力がいる。

「初心者向けですよ、複雑なことはできませんよ」というヤフージオシティーズと5年間付き合ってきたことになる。

昨秋に検討して、試験版を作ったエキサイトブログは、ジオシティーズの問題が全部対応されている。
乗り換えることにした。
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談山神社の蹴鞠祭

エキサイトブログを10日余り書いて、わかったことがある。
アクセス分析が読める。

パソコンの訪問者数とアクセス数が示される。
何人が見た、何ページがめくられたかということである。
驚いたことはスマホと携帯での閲覧の比重が高いということであった。

パソコンだけで書き、パソコンだけで読んできた。
N先生には携帯で読んでいただいていることは知っていたが、みなさんも携帯で見ているんだ。

入院先で、自分でも携帯で見てみた。観にくい。
まずは字数である。
やはり500字くらいだろう。
写真も3枚くらいまで
知った顔でなんでもかんでも書きこまなくても、ポイントが書かれれば、楽しんでもらえる。
新聞ならサラッと読める一記事で12段50行ぐらいだろうか。

そんな反省をしながらも、またドンドン長くなるのだが・・・
by koza5555 | 2012-07-23 06:13 | パソコン・インターネット | Comments(2)

介護保険、高齢者医療

ヤフーの方でアップしたものであったが、高齢者部会の講習会の記事が今はない。
必要がありリクエストがあったので、再アップさせていただく。

民生委員は地域からの推薦によって選任されるが、法にもとづき、住民の立場になって相談し、必要な援助を行い、社会福祉の増進に努めることが任務とされている。

日常的には校区ごとの民生児童委員協議会に属し、活動の交流を行いながら責任地域での役割を果たしている。

それとは別に各民生委員は部会に属し、ここで学習、研鑽に努め、スキルアップ、当事者能力の向上を図っている。

いくつかの部会があるが、僕の所属は「高齢者福祉部会」である。
昨日、この研修会が開かれた。

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テーマは「高齢者をめぐるさまざまな課題(正式な題はなし)」、講師は桜井市社会福祉協議会の樋口さんである。


桜井市の人口動態などの説明がある。これはどこでも報道されていることで、ことさら触れることはない。

次に介護保険についてのおさらいがあった。
介護保険、ご存じだと思うが、今日は僕もここでおさらいしておこう。

この制度も、もう12年になる。
訪問看護、通所サービス、入所施設のサービスを統一的に行う。
費用は本人が負担する保険と国・県・市町村も負担するという制度である。

まず役所の高齢福祉課に家族などが相談に行く、申請を行うことである。そこから始まる。
訪問調査があり、医師の意見書、一次判定(コンピューターで自動的に)、二次判定(審査)が行われる。

要支援とか要介護などの判定により、介護サービスの金額が決まる仕組みである。
要支援の1なら5万円ほど、最高の要介護5なら36万円ほどが保険で支払われる。
そのうち一割は本人負担である。
その範囲でケアマネージャーがサービスを組み立ててくれる。

最後に樋口さんが触れていたこと。
「介護認定のことや介護で困った時は、地域包括支援センターに『何か方法はないか』と相談することが、一番」と強調していた。
そして、全国どこの地域にも対応する「地域包括センター」は置かれている。


樋口さんの話は、きわめて端的、直接的で、かつ現場的である。
いくつかは誤解が生じそうな言い回しで、高齢者医療や介護施策の問題を直球で解き明かす。
気になるところもあったが、高齢者福祉、地域福祉に思いがこもったお話しだった。
それらを総合的に勘案して・・・まずは楽しく、勉強できた。


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by koza5555 | 2012-07-22 06:33 | 民生・児童委員・町内会 | Comments(0)