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奈良・桜井の歴史と社会

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天理参考館と武人埴輪

先日見学した天理参考館の常設展示展の入り口に、盛装男子像埴輪と武人埴輪が飾られている。お聞きすると参考館には国宝は無く、この二点が重要文化財とのことで、いずれも群馬県から出土したものである。古墳時代後期のものという。
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盛装男子像埴輪。絵葉書から
「騎兵と歩兵の中世史」(吉川弘文館)という本がある。
太平記などの中世の騎兵、歩兵の武器、戦闘方法を詳述した本であるが、古代や律令時代の馬、馬具なども述べられている。
埴輪時代の武具については、天理参考館の武人埴輪(これは画像がない)を分析していて、「歩兵で刀を持ち、弓を持っていた」としている。

日本の馬利用は、4世紀末に馬、馬具がそろった形で北九州に持ち込まれたとしている。
雄略天皇の時代(即位前年十月条)に騎射の初見があるとし、さらに一言主とともに狩りをするが、そこにも騎射が書かれると解説している。
さらに天武天皇のころからは、685年(672年壬申の乱)に「文・武官も馬に乗ることを習え」とか、持統天皇時代にも同じような記述が出てくる。

律令の時代には、騎兵・歩兵に関わる記述は数限りなく出てくる。
正倉院にも鉾が32点もあること、歩兵が使ったものではなく、明らかに騎兵用もあるとして、騎兵にも騎射騎兵と槍(鉾)騎兵がいたことなどを分析する。

正倉院展では鉾、槍のたぐいも あなどるなかれである。
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この本も面白いが、天理参考館も面白いものである。
ちなみに入場料、企画展とあわせて400円、絵葉書も格安で一枚30円だった。
by koza5555 | 2012-10-31 00:01 | 桜井・山の辺 | Comments(0)

蹴鞠(けまり)と談山神社

ちょっと今、心が蹴鞠に傾いている。
いろいろ相談が合って談山神社に上がった。
室原慶和さんが「天理参考館のけまり展、みてきた?」といわれて、さっそく拝見してきた。

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天理参考館。天理大学付近に入ったのはたったの2回しかない
「日本で初めて蹴鞠という記述が見られるのは『日本書紀』です。大化の改新を前にして、蹴鞠のプレー中に沓を落とした中大兄皇子に中臣鎌足がその沓を拾って捧げた、有名な二人の出会いの場面」と紹介があり、

蹴鞠は中国から伝来したが、数百年の歩みのなかで日本の独自のスタイルを形成した。
東アジアには例を見ない足を使った運動に発達していると紹介している。(展示会パンフレット)

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昨年の秋の談山神社けまり祭
蹴鞠は、多くの回数を蹴り続けることを競う。
相手に蹴りやすい鞠を返すこと、足さばきや姿勢などに細かい定めがあること、
装束やプレーする鞠場などの決まりもある。

蹴鞠は平安時代後期から鎌倉期にかけての京都の公家社会で作り上げられたとの紹介もあり、天理参考館はけまり関連の装束、まり、道具類を収蔵しているとのことである。

二つある。
一つは思いのほか、ボールゲームとして蹴鞠を捕えていたことである。
「サッカーとの共通性と違い」のような展示があったりして、談山神社で蹴鞠を見ていた感じとは少し感じが違った。
徹底した訓練により「足魂」(あしだましい)ができれば、どれだけでも蹴れて、ファインプレ―(明足)ができるとあった。

もう一つの収穫は鞠の仕組みがよくわかったことである。
展示物も白鞠、漆鞠、金鞠など種類も多く、製作手順、道具の展示が豊富だった。

会期は12月3日(月)まで。天理参考館会場で、入館料400円、駐車場はふんだんにある。

なお、談山神社の今年の秋のけまり祭りは11月3日(土・祝)、午前11時から行われる。

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天理参考館で拾ったモミジ(楓)
by koza5555 | 2012-10-30 00:00 | 桜井・多武峰 | Comments(0)

アラジンのブルーフレームとミニチュアダックスフント

寒くなってきた。暖房器具どうされていますか。
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わが家は石油ストーブ、ブルーフレームである
最近は寒さもすこし和らいだが、寒い日もあった。
わが家は勉強も読書もリビング、パソコンも同じでノーパソを2台置いて、テーブルの向かい合わせで、すべてを済ませる。
その部屋は北向きで、広々している。
冬はとても寒い。それでもエアコンは極力つけず、アラジンのストーブだけで頑張ろうと思う。

アラジンのブルーフレーム、80年もの間、ほとんど形を変えていないイギリスの伝統ストーブだ。存在感がある、レトロな風貌、美しい青色の炎、なかなかいいものである。
手入れは少々厄介だ。布芯への煤の付き方で、赤い火が立ちあがってくる。こまめに芯切りをしながら、丁寧に付き合っている。

アラジンは暖房だけでなく、やかんをのせたり、お鍋をのせたりの活躍をする。孫が来る時は、無条件に下ろしているが・・・

ストーブの横のミニチュアダックスフントは久遠という。娘が買ってきて、少しかまって、置いて行った犬である。僕よりも先住者だったが、きちんとしつけた。

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これは4年も前の写真である。孫は小学生になったが、久遠はいつまでも単にかわいい犬である。
by koza5555 | 2012-10-29 00:13 | 健康 | Comments(4)

グループホームを訪問

毎月、最終の土曜日は校区の民生・児童委員協議会の定例会議である。
今月はさしたる緊急の議題は無かった。桜井市の会長会議の報告を受け、当面の学習会や行事の参加分担を行う。他に掲示するポスターの依頼などを受けた。

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 「児童虐待は社会全体で解決すべき問題です。」である
会議後、全員で校区内にあるグループホーム、「Y」を訪問した。

グループホームの入所基準は「要支援2以上の被認定者であり、かつ認知症の状態であること」であろうか。
グループホームと特別養護老人ホームの差は、常に介護が必要かどうかあたりにある。グループホームは入居者が職員と家事などを共同で行うことが特徴で、体力的には元気のある方もいらっしゃる。

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スライドなどを見せていただき、入居者の一年の生活の説明を受けた。
体力があり、希望する方が近所の氏神様の掃除に毎月参加されるというお話も聞いた。地域活動にも積極的に参加されていることがうかがわれた。

同時に「介護保険は行事をしなさい、地域との関係を深めなさいと言い大切だとは思うが、認知症の高齢者はそういう非日常が受け入れられず、不安定になったりする」というジレンマも語られていた。

この施設は介護保険の対象であり、介護サービスは介護保険でほとんどカバーできるが、それとは別に部屋代(個室である)、食事代、光熱費などで月に15万円程度は必要である。

入居者と同じ食事をいただいた。
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冷しゃぶサラダ、ポテトサラダ、冬瓜のお澄まし、柿のモズク和え(酢の物)、ご飯である。
美味しかった。
by koza5555 | 2012-10-28 00:03 | 民生・児童委員・町内会 | Comments(0)

平安神宮 左近の桜、右近の橘

平安神宮に行ってきた。雨の中、左近の桜、右近の橘を拝見してきた。
初めて橘を見たのは廣瀬大社(ひろせたいしゃ)だった。金柑みたいなものかと思っていたが、明らかに違っていた。みかん型でまん丸ではない。

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これが橘。ただし3年ほど前の12月の写したものである
この橘が平安神宮と同じものである。
左近の桜、右近の橘は一対で、お雛さまの左近の桜、右近の橘と同じで、あくまでも、大極殿、もしくは紫宸殿の高御座(たかみくら)から見て左と右である。

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平安神宮拝殿、(向かって右側が)左近の桜で(向かって左側が)右近の橘
ちなみに先の橘の実の廣瀬神社も左近の桜、右近の橘である。

もともとは左近の梅、右近の橘とされたものが平安時代の初めころに梅が桜に変わるようである。嵯峨上皇がその変わり目で、そのエピソードなどが言われる。
しかし、万葉文化館の講座などを聞いていると、飛鳥や奈良時代、万葉集の時代は中国文化一辺倒で、桜ではなく梅。しかし、遣唐使なども送られなくなるころから梅が桜に変わっていったという論である。

そういえば、平城宮跡、大極殿の前には何も植わっていないようだが、ここにこそ植えてもらいたいものである。相当な大木にしないと似合わないだろうけどな。

廣瀬大社は河合町にあり式内社である。
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廣瀬大社
佐保川、初瀬川、飛鳥川、蘇我川、高田川など奈良盆地内を流れる河川のほとんどが合流する地点に祀られており、水の守り神である。
龍田の風神・広瀬の水神として並び称され、『日本書紀』には、大忌神を広瀬河曲に祀ったとの記述がある。

2月11日の御田植祭はとくに有名で、拝殿前で田植の所作を行い、それに対して参詣者と田人・牛に扮したひとが一斉に水に見立てた砂をかけあう。激しい「砂かけ祭」である。この祭りを毎年、念願にするが、まだ参れていない
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日露戦争の戦勝記念の大砲と砲弾が飾られている
廣瀬大社関係の画像は3年前の12月13日の写真である。まほろばソムリエ一級の試験を控え、一日かけて、あのあたりの史跡、神社・仏閣を回った。
by koza5555 | 2012-10-27 06:35 | 桜井・初瀬 | Comments(2)

あっちゃんの英検チャレンジ

14日(日)に行われた英検の試験結果が昨日、ウェブで発表された。あっちゃんは一級10回目の挑戦だったが、見事83点で合格だった。感涙である。対話方式の2次試験はあるが、昨日はとりあえずの祝杯である。
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おばあちゃんが倒れて、しばらくしてあっちゃんは仕事を辞めた。
そして、ほどなく英検の受験を始めた。5年ほど前である。付近の英会話スクールにも通い始め、始めは三級と準二級を受ける。天理大学が会場だった。

あっちゃんの大学の勉強は国文である。専門的に英語を勉強したことはなく留学の経験もない、ま「得意科目」という程度だったとのことである。
楽しみつつもそれなりの努力を重ね、準一級までは順調に合格することができた。「55歳までに英検一級」というタイトルのブログで受験勉強の日々を書き連ねてもいた。

しかし、一級が難関だった。何か、それまではウォーキングで平地を歩いてきたのに、突然ロッククライミングに変わったような困難さである。
3年、呻吟した。試験は一年に一回だから3年9回、落ち続けてきた。

この3年間、書いていたヤフーブログの頃から、折々、あっちゃんの英検受験は触れてきたが、ここで「合格」と書くことができた。ありがとうございました。
by koza5555 | 2012-10-27 06:30 | 健康 | Comments(5)

高家(たいえ) 桜井市

先日、「楽・元気」で桜井を紹介した時、「珍しいというより、メジャーな行事を紹介したい。ここしかない、そういうものを紹介したいんだが、メジャーなものはやはり素晴らしい、歴史と広がりがある」として、桜井の中でも著名な大神神社、長谷寺、談山神社などの祭祀、行事を紹介した。

しかし、僕の地元の安倍校区には素晴らしい風景と文化がしずまっている。なんといっても磐余(いわれ)の地である。今日はこの地を語ってみたい。
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下高家から。稲穂、さきに耳成山

午後、高家(たいえ)を歩いてきた。キツイ坂を上がったところである。
高家が一番すごいと思うのは、空家が出てもすぐ売れるという事である。
ミュシュラン星を継続させた田舎茶屋千恵もそんな形で高家に入った店である。

さて高家と言えば、まずは勧請綱である。今年はすでに切り落とされている。お悔やみがあるとその日に切り落とすことになっている。この綱、下高家の14軒で正月の第二日曜日に一日がかりで作る。江包、大西のお綱もすごいが、高家の勧請綱も引き継がれてきた地域の大切な行事である。
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勧請綱を完成させて参加者全員で般若心経を唱える

一日拝見しても飽きない、こんな行事こそツアーを組みたいものである。さらに上る。
今日はまだハサがけであるが、間もなくこんな稲ニオ(地元ではススキとよぶ)が組まれる。
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これは昨年の画像である

さらに上がる。高家の六地蔵である。六道輪廻(天道、人間道、餓鬼道など迷える心が6種の生まれ変わりを繰り返すとする)と言われるが、その六道を6つの地蔵が救うという考えに基づき立てられている。
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地蔵は集められて10体であるが、これは六地蔵である。僕は10地蔵ではないかと言い、地元の人に笑われた。あくまでも六道である

そして、高家の一番上まで行くと、桜井風土記を書かれた栢木喜一先生宅前に出る。今は同じ名前の息子(僕よりは年配)さんが当主である。ここに歌碑がある。

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ぬばたまの 夜霧は立ちぬ 衣手の 高屋の上にたなびくまでに           
         舎人皇子 (巻9-1706)で、書は熊谷守一さんである。
矢田丘陵の松尾寺は舎人親王の開基で、この歌は松尾寺だとの意見もあるが、桜井市民としては、この歌は譲れない。
by koza5555 | 2012-10-26 00:20 | 桜井市と安倍 | Comments(6)

日本書紀の山辺道 鶴井忠義

元奈良新聞文化記者の靏井忠義(つるいただよし)さんが書いた。
「山の辺の道沿いの地域に絞りこんで、日本書紀の舞台を訪ねた。
そこは、三輪であり、磯城であり、纏向であり、布留である。・・・大和の中のヤマトである」と「はじめ」に書かれる。
ちょっと問題意識があって、あれこれ考えていた問題もあったので、ムサボリ読んだ。

この地域には数多くの古墳があるが箸墓、行燈山、渋谷向山、西殿塚、桜井茶臼山、メスリ山と6大古墳が含まれている。

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箸墓古墳、遠望は三輪山
堺の仁徳天皇陵の造営は2千人が8時間働いたとして、15年かかるという。
ヤマトの古墳はそれよりは小さいが、3~4世紀に「巨大な富と権力を持つ集団が一定期間存在したという、動かしがたい事実」があると指摘する。
こうした権力が突然、成立したとみることは無理があり、ヤマトの特別な位置、力をもっと評価すべきであろう。


和邇坂(わにさか)(天理市、名阪国道が針に向け上りはじめるところ)についての納得できる説明があった。
書紀の崇神天皇のところで、北陸派遣軍に命じられた大彦命が和邇坂で世の不穏なことを少女に教えられ、復命して対策をとり、タケハニヤスヒコとアタヒメの反乱とたかったことが記されている。
靏井さんは、「なぜ和邇坂」なのだという疑問を持つ。靏井さんは「和邇坂は北陸に行くための分岐点だったことを示している」と解釈する。
僕等も北陸なら奈良坂経由と普通考えたが、当時の交通網は現在の名阪国道に沿っていたと考えるとのことである。そういわれると「いまでもそうだ。桜井から北陸へは、名阪、壬生野インター、甲賀、ブレーメンの岡、八日市、名神、北陸道という道が速い。古代と現代の道は一緒だと妙に感激している。

纆向都市論の論争の経過、野見宿禰と土師(はじ)、大和神社の変遷、石上神宮のタマフリなど教示を受けたことが多い。

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楽しい読書だった。図書館の本である
靏井 忠義さん。
「唐古・鍵遺跡、纒向遺跡、飛鳥京跡、平城宮跡、藤ノ木古墳などの発掘調査を取材・報道。取締役編集局長を経て、現在、青垣出版代表取締役、倭の国書房代表。奈良の古代文化研究会主宰」と奥付にある。
by koza5555 | 2012-10-25 00:02 | 読書 | Comments(0)

La Tour(ラ・トゥール)と大エルミタージュ美術館展

京都に行ってきた
「英検の試験が終わったら行きたいところ」と、あっちゃんのリクエストが出ている。
その一番がLa Tour(ラ・トゥール)、京都大学時計台記念館内のフランス料理店である。

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「素材の味を活かし、フレンチのエスプリを利かせたお料理と、まごころのこもった質の高いサービスをご提供しております」とある。

大学内であるが、全く異質の落ち着いた空間が演出されている。
完全予約制で、ランチメニューはA が1,575円、Bが2,415円。
いずれも、前菜取合せ、スープ、魚料理又は肉料理、デザート取合せ、フランスパン、コーヒーである。

スープの材料は5種野菜とのことで、「当ててみませんか」とウェイトレスから声がかかった。
色から見てカボチャ、九条ネギなどと推量したが、見事な大はずれで「ジャガイモ、玉ねぎ、トマト、ニンジン、セロリ」とのことである。
スープは絶品、それからソースはそれぞれに特徴があり、料理が美味しくいただける。

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京都大学、時計台。レストランは1階左側ウィングである
ラ・トゥールは京都に本店があるまどい(円居)が展開しているチェーン店である。
2~3年前に新聞で、大学構内のフランス料理店と報道されて知ったが、「やっと念願がかなった」とあっちゃんはご満悦である。

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入場券をいただいていた、大エルミタージュ美術館展に寄ってきた。
18世紀のエカテリーナ2世(女帝)が離宮エルミタージュ宮殿やボリショイ劇場の建設を熱心に推し進め、その収蔵品が、現在のエルミタージュ美術館の土台になったとのことである。
今回の展示は16世紀ルネサンス、17世紀、18世紀、19世紀と年代別に周蔵品が展示されている。あっちゃんは古いものから熱心に観察するが、絵心の無い僕はサラサラと見て、なじみ知ったセザンヌとかモネとかマティスなどを熱心に見たのみである。

大エルミタージュ美術館展は、10月10日(水)~12月6日(木)である。
by koza5555 | 2012-10-24 00:29 | | Comments(0)

「楽・元気」プラザ、お話ししました

時間も経つので、「楽・元気」プラザのセミナーをまとめておきたい。
19日(金)、近鉄学園前駅のパラディⅡ、6階の「楽・元気」プラザでお話ししてきた。
テーマは「天理・桜井を歩いて回る四季折々」「美しさの中に古代と中世を見る」である。
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桜井と天理の一部を、二つの筋道で論じた。
一つは季節感を持つ行事を選択して、「折々」という感じが出るように努めた。
あと一つは、史跡や神社・仏閣をエピソードや「豆知識」で語り、ありきたりのパンフレットを越えることを目指した。「歩いて回る」という値打ちはこんな形で浮かび上がると考えた。

「桜井はいいとこやなあ、奈良っていいなあ」と楽しんで聞いていただき、行楽のヒントや勉強の励みになればというねらいが、僕の講演だった。

取り上げた場所、テーマを羅列すると。
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そうめん干し、これからがシーズンである。
そうめん。
はじめの伝説、桜井の自慢、お正月の餅、夏越の大祓、繞道祭(にょうどうさい)、天理市の関係で大和神社のチャンチャン祭りと崇神天皇陵。
初瀬の道は出雲人形、長谷寺はダダ押しとご詠歌。
談山神社は嘉吉祭とけまり。
安倍文殊院は文殊さまと明治の神仏判然令。

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安倍文殊院の四脚門
7月頃、「学園前で奈良盆地の話、やりませんか」と奈良まほろばソムリエ友の会の鉃田憲男事務局長からメールが届いた。「桜井や天理の四季折々みたいな話なら、いつでもやれます。ただしレジュメ式ですよ」と返信しておいた。

すぐに「90分くらいで準備して」と具体化されたが、「今奈良jpでライブ配信することになる」とも聞いた。「ライブ?僕の顔を90分写すの?それはないわ」と思い、講演の進行をパワーポイントに切り替えることにした。

話をつなげる画像は持っている。しかし、パワポは初めだ。50歳代くらいからはあまり講師の依頼がなくなり、パワポのマスターをしなかった。あわてて数枚の試作版を作って、プロジェクターの操作をしてみた。要領は分かった。作製もワードのチラシづくりに比べるとよほど簡単だ。

原稿は練り上げた。8月の末にはまほろばソムリエの方に声をかけて、練習会に付き合っていただいた。感想は「おもしろいけど、話が難しい」。これはいい兆候で、「箸にも棒にもかからない」ではなかった。
この時の練習会で、「頭を上げて話そう」というのもあり、そのためには「万葉集やご詠歌、古典にかかわる簡単な引用などは暗誦できてなあかんなあ」と気持ちを固めた。

桜井市役所の観光課のみなさんの協力もいただいた。見ていただいて感想を聞き、事実関係の訂正、読み方の誤りなどの指摘もいただいた。専門外の事ですからね。どこに地雷が埋まっているか、それが判らない・・・。

でもね、一時間半の講師、こんなに準備したのは生涯、初めてだ。
仕事の頃、いろんな学習会を忙しさの中で、「やっつけ」でやったことを今さらながら反省している。

セミナー当日は、楽しく話せた。
原稿を飛ばしてしまい、短絡的な論を述べたりした所があるなどの反省はあるが、それは仕方がない。
参加者の感想の全体はまだ判らない。でも、講演に参加した方の中からface bookの友達のリクエストがあったり、会える方にさりげなく感想を聞いたりしたがおよそ好評ではある。「講師の笑顔がいい」とか「ネクタイがすてき」とも褒められて、そんなことを素直に喜んでいる。

さて、今後のことだが、今度の「桜井の話」ならいつでもできるが、「宇陀から桜井へ、神武天皇の軌跡を現代の目でたどる」とか「壬申の乱、大海子皇子東国発ちと大和のたたかい」みたいな講演なら、どこかでやってみたいテーマである。

0さま、お花まで飾っていただきありがとうございます。今もわが家の居間を明るくしています。
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セミナーの録画は 「今奈良」 で、アップされる予定である。アップされたら、またお知らせします。
by koza5555 | 2012-10-23 00:02 | 桜井・山の辺 | Comments(6)