ブログトップ

奈良・桜井の歴史と社会

koza5555.exblog.jp

<   2013年 02月 ( 21 )   > この月の画像一覧

JTBツアーのガイド

4月から9月にかけてJTBのツアーガイドを行う。
今日、JTBの担当者とお会いして判ったことがいくつかある。
a0237937_2241391.jpg

このツアーは「京都・びわ湖・奈良 個人型フリープラン」というパンフレットで紹介されている。

このツアーはJTBを通して京都や奈良のホテルに宿泊予約した人だけが参加できるツアーである。料金2000円、そのうち1500円は食事代ということで、バス代が500円である。
「どうしてこの値段?」と思うよね。このツアーは宿泊客へのJTBのサービス(持ち出し)とのことである。
「奈良ホテルやホテルサンルートに泊まって、桜井や宇陀の美仏を拝観しよう」ということである。
そうと聞けば話は早い。奈良の宿泊客は遷都祭が行われた一昨年と比べて昨年は大幅な減少、今年も飛躍が望めない状況という。
奈良の観光客(宿泊客)を増やすために、地元の四ケ寺の魅力を活用しようということだ。
桜井・宇陀の情報の発信をしている僕にとって、これは願ってもないチャンスだろう。
JTBにとってもこうした地元情報を発信する団体とコラボしてとりくむツアーは、全国でも珍しく、成功させるように注目されているとのことである。

「奈良には歴史とお寺しかないの」という声があり、「新しい観光の目玉を作らねば」と言い募る方がいるが、僕の意見は少し違う。「奈良の神社仏閣、奈良の歴史をもっと丁寧に、もっと楽しく語る、その道に研鑽しているのか」と問い直したいのだ。
無い物ねだりをしたり、奈良のいいところを壊していくような観光開発では奈良の魅力、奈良の観光は広がらないと考える。

こんなことも含めて、JTBの企画に、もう一つ力を入れてみたいと思う。

さて、「2000円の美仏ツアー、私も参加したい」という声をあちこちから聞いたが・・・奈良のホテルにね、泊まることが条件なんだ。
パンフレットはJTBの営業所ならどこででも手に入るとのことである。
a0237937_22422293.jpg

このツアー、コースは近鉄とJRの奈良駅発で長谷寺、室生寺、聖林寺、安倍文殊院とまわる。室生寺の橋本屋の精進料理もついて2000円の激安ツアー(拝観料は各自もち)である。

ツアーの予約状況は、4月28日(日)が17名、5月5日(日)が9名(定員は40名まで)とのことで、このパタンのツアーではとても出足が早いとのことである。

3月20日には、ガイドを担当するまほろばソムリエのみなさんの研修会である。僕にとっては、これがガイドの「通し練習」ということなる。
このツアーが決まった昨年末から何度も回ってきた長谷寺、室生寺、そして地元の聖林寺や安倍文殊院の魅力を力いっぱい語る。
by koza5555 | 2013-02-27 23:38 | 奈良 | Comments(0)

宇陀から山上ケ岳をながめた

所用で榛原に出かけた。女寄(みより)峠から帰ろうと思い、ちょっと最近気になっている安田に登ってみた。

笠間の新陽明門院陵の下手から笠間の岳に登ったことがある。尾根道をだらだらと降りてくると蓑丸長者屋敷跡に出た。そのまま山を下ると安田だった。
それ以来の安田である。今回は車である。

高見山を期待して登ったが・・・
a0237937_22355322.jpg

これは山上ケ岳であり、稲村ケ岳である。

ちなみに笠間の岳に登ったのは4年前である。桜井からこの山は目立つが、登り始め(笠間)が高いからさほどの道ではなかった。
その時の写真である。
a0237937_22363257.jpg

さて、昨日はFBであっちゃんの英検や息子の国家試験のことを書いた。

一枚目が二人をそれぞれ送り出した桜井駅。
a0237937_2238657.jpg


「.あっちゃんは今日、英検一級二次試験、2回目だ。息子も今日が国家試験、それぞれを朝の桜井駅に送った。僕はハラハラしながらただ待つのみだ。」

二枚目は居酒屋でのご苦労さん会である。
a0237937_22384343.jpg

今日は英検二次試験。結果はともあれ、夕食は居酒屋。チゲ鍋をつついてのご苦労さん会である。あっちゃんはいまは反省はしていない。「結果を見てから考えよう」である。
.

たくさんの方から、素晴らしい励ましのお言葉をいただいた。改めてお礼申し上げます。
by koza5555 | 2013-02-25 23:33 | 奈良 | Comments(0)

宇陀市大宇陀の大願寺

10月の事だが、榛原から大宇陀にバスで入って、歩いて回るというツアーの計画を立てた。

阿紀神社、西口関門、松山の町並み、もちろんかぎろひの丘での万葉集の朗詠つきである。
一日コースだから食事ということなるが、弁当は持参しなくて今阪屋旅館さんでの昼食となる。

このツアーは「将来のツアーガイドを養成するためのツアー」である。
だから、「史跡をみて、食事場所も楽しんで、買い物もできるというツアーコース作りの勉強会」になるように工夫してみた。

さて、コースは最後に大願寺を訪ねることとなる。バスの時間を見ながら慌ただしくということにならないよう注意しよう。
a0237937_1954644.jpg

大願寺、真言宗の御室派(仁和寺)で、大宇陀区拾生にある。道の駅大宇陀のすぐ上である。

ご本尊の十一面観音菩薩は、1885年(明治18年)に本堂焼失のとき、お身体が焼け残ったことから「焼けずの観音」として知られている。三尺三寸のお姿である。

宇陀松山城主織田信武建立の毘沙門堂や、境内には仏足石、おちゃめ庚申(漫画風の石造庚申像。江戸末期の1843年の作)として知られる、庚申像がある。
a0237937_1973088.jpg


薬草などを調理した薬草料理(予約必要)でもよく知られている。

境内に立つとものすごい大樹がある。つがの樹と思い込んでいたが、このたびお寺さんのお聞きすると樅木(もみのき)との事であった。

樹齢は不明だが、人里でこれだけの巨樹は珍しいとのことである。
a0237937_1982339.jpg

いま一つ見てほしい。
狛犬ですか?実は虎なんです。
a0237937_1985391.jpg

織田家四代目の織田信武が毘沙門堂を建立したことを始めにして、大願寺は毘沙門天を祀っている(お堂は明治時代に再建されたもの)。
聖徳太子が物部守屋とのたたいかいで毘沙門天に助けられたのが寅年、寅日、寅刻だったので、「虎」が毘沙門天の使いとしてあつかわれる。

信貴山の毘沙門天は寅に縁のある神として信仰され、大きな張り子の虎が置かれるが、この狛犬型の寅は同じ意味である。

境内には、野依の人、山尾一楼の「あ騎野路や 古き帝(みかど)の 狩の場(にわ)」の句碑が立つ。
by koza5555 | 2013-02-23 19:10 | 宇陀 | Comments(0)

「記紀万葉の宇陀路」の講演パワポを作った

3月8日(金)「記紀万葉の宇陀路」という講演を行う。

近鉄学園前駅北出口すぐの「パラディ南館」6階の近鉄「楽・元気プラザ」が会場で、午後2時から3時半までで90分の時間をいただいている。

「『古事記』『日本書紀』に記された宇陀の古代史を、今に引き寄せて考えます。柿本人麻呂の足跡を万葉歌でたどり、宇太水分神社や墨坂神社の勇壮かつ優雅な秋祭を紹介いたします」というテーマである。

たっぷりの写真を用意して、パワーポイントでお話をすすめる。
資料を極力減らしたいということもあるので、レジュメをやめてパワポを刷れば「それがレジュメ」という形でパワポも作った。

入り口は雪の高見山である。そのまえに、実は2分の動画がある。このことはちょっと置いておいて…
a0237937_2237066.jpg

入り口は雪の高見山である。

大海子皇子の東国発ちをやる。
カムヤマトイワレビコの東征論をやりたい。
柿本人麻呂は「宇陀の記紀万葉」だったら当然とりあげるべきだろう。

出口は・・そう、桜の仏隆寺である。
a0237937_22375919.jpg

雪から入って桜で終える。
春を求める流れで話を作り上げたい。
by koza5555 | 2013-02-21 23:35 | 宇陀 | Comments(6)

長谷寺、瀧蔵三社お綱祭り

旧暦正月11日(今年は2月20日)は、長谷寺、瀧蔵三社お綱祭りである。

399段の登廊(のぼりろう)を上がりきると鐘楼である。左手は十一面観世音菩薩、本堂で右側は納経堂である。そして正面は何か。これが滝蔵三社である。
江戸時代の名所図絵にも、ここは三社と描かれており古くからのものである。
この滝蔵三社の年に一度のお祭りが、瀧蔵三社お綱祭りである。

午後1時頃から上・中・下之郷がそれぞれお綱、御供を持ち集まる。
a0237937_2259408.jpg


綱がかけられる。下之郷の綱だけは株と穂の向きが違う。三社全体の「穂が中へ」という考え方とのことである。過去の写真も見ながら掛ける。
a0237937_2305190.jpg


6名の僧侶が登壇して2時前から祭りが始まる。
導師の作法がある。僧侶により般若心経が詠まれる。
その後押印がある。まずは三社に対する押印がある。
a0237937_2334036.jpg

長谷寺の輪違い紋が鮮やかな印である。だんだいんだろうか?

中之郷(今年は吉隠)、上之郷、下之郷(今年は柳原)の各頭屋の頭人(とうにん)に押印があり、三郷の参列者全員に押印される。
最後は三社に対して僧侶、各郷の参加者が全員で二礼二拍子一礼である。
a0237937_2342820.jpg

神仏混淆の極致である。拝殿の先には瀧蔵三社

瀧蔵権現は徳道上人が長谷寺を創始した時と同じ、727年から祀られたとされている。瀧蔵権現は地主神の座を948年に与喜天満宮(菅原道真)に譲ったとされているが、その後も長谷寺内に鎮座し続けたということである。
現在の社殿は本殿と一緒に1650年、徳川家光公による再建で、いかに重要視されてきたかが理解できるというものである。
この瀧蔵権現、綱かけ祭りを拝観していると、長谷寺の地主神を追われたはずの瀧蔵権現はほんとうは引き続いて、あるいはウラの地主神だった、そういうことが感じさせられるようなお祭りである。
a0237937_2354353.jpg

行事が終わってほっとした顔の中之郷の頭屋の長男の少年

下之郷だけは、この場でトウヤワタシを行う。
今年は柳原から出雲へのトウヤワタシである。
カワラケにお酒を注ぎ、豆、豆腐、ごぼうと毎年同じものが出されて、お酒を酌み交わす。
左が渡す柳原、右が受ける出雲の各頭屋と年行司である。
a0237937_2362661.jpg

下之郷(出雲)に伝わる中谷楢太郎さんが記述した「頭講概説」なる貴重な郷土資料を、今日は出雲の門脇さんから頂いた。ありがとうございました。
by koza5555 | 2013-02-21 00:57 | 桜井・初瀬 | Comments(0)

「奈良まほろばソムリエと歌って巡ろう」のバスツアー

奈良交通で「奈良まほろばソムリエと歌って巡ろう」というバスツアーが始まる。
4月から始まり、その記念の第一回目は露木さんがガイドを行う。
僕が案内するのは第2回目の「こもよみこもちふくしもよ」の初瀬・桜井コースである。
a0237937_214393.jpg


万葉学者の故犬養孝さんは「万葉は故地で詠め」と強調された。その心で書かれた「万葉の旅」の三部作で万葉集を知ったという方は多い。
この「万葉の旅(上)大和」に沿って、万葉故地を訪ねるツアーを行う。
奈良交通とまほろばソムリエの会のコラボである。

これを2年かけて回ろうというロングランである。順調に行けば12コースを設定し、1コース2回の24回のツアーである。2月からNPO法人化した「奈良まほろばソムリエの会」としても、こういう真剣勝負でこそ勉強の力が試されれ、表現力、ガイド力のアップが望めるというものである。

さて、この「旅」によれば桜井は4回、関係する。
先ず初瀬・桜井がある。犬養さんの「旅」は磯城郡と十市郡は分かれていることから安倍、磐余はh初瀬・桜井とは別になる。山の辺の道も別コースで、多武峰は飛鳥に入っている。そして吉隠は宇陀である。

そんなことから、僕の体力でさえ桜井のすべてに関係することは無理だが、とりあえず6月の初瀬・桜井と9月の宇陀(吉隠はこちらに入っている)コースに手を挙げた。

それにしても6月の初瀬・桜井のツアーは楽しそうである。
檜原神社と井寺池、大神神社と海石榴市、脇本、忍坂、聖林寺を回る。

チラシができたが、下見は3月22日とまだ先である。
4月28日(日)、5月5日(日)のJTB美仏ツアー(長谷寺・室生寺、聖林寺、安倍文殊院)、6月8日(土)、6月15日(土)の万葉集・初瀬桜井ツアーと調べることが数々で楽しみは尽きない。

いっぱい読んで、いっぱい見て、いっぱい聞いて、そこでびっくりしたこと、感動したことをキチンと話せば、喜びが分かち合えれると信じている。そういうツアーを成功させたい。

6月上旬なら、三輪山を背景にしたこんな麦畑が見えそうである。
a0237937_2185188.jpg

by koza5555 | 2013-02-20 00:02 | 桜井・山の辺 | Comments(0)

谷首古墳の天井石は露出

安倍村の氏神さんは八幡神社である。17日は祈年祭をおこなった。

安倍八幡神社は谷首古墳に鎮座している。
17日は、少し早い目に着いたので、谷首古墳に入ってみた。
a0237937_6244249.jpg


天井石が巨石である。
艸墓古墳や文殊院西古墳と比べれば前の時代のものであることは一目でわかる。
この天井石の上端は八幡神社の宮垣のなかに露出している。見事に黒光りした花崗岩である。これが谷首古墳の天井石の上辺であった。
a0237937_625452.jpg


八幡神社の年間の祭祀は正月が元旦祭、2月が祈年祭、3月に例祭。
4月~8月までは、農繁期で祭祀はなく、9月が例祭。10月が宵宮祭、11月が新嘗祭である。

宮司は佐藤さんとおっしゃって近在の大字の各社を回っておられる。それ以外にも榛原の笠間とか出雲の十二柱神社にもいかれる様子である。佐藤さんは丹生川上神社の中社(東吉野村)で長くお勤めされ、その後、「桜井に降りた」とのことである。

神社の祭祀は修祓、一拝、献撰、祝詞、玉串奉納、撤饌でどんな大社とも基本は変わらない。お米、お神酒、水、鯛、餅、野菜一式、海藻、果物、お菓子の普通神饌である。

今日は快晴、祈年祭にふさわしい明るい陽射しである。
a0237937_6282930.jpg


谷首古墳入り口には掲示もある。方墳だが、丘尾切断した痕跡がある。
全長14.8m、玄室長6m、羨道長8mで奥壁は巨石二段積み、玄室天井も巨大な二石で作られている。六世紀末~七世紀初めとみられる。安倍氏の奥津城で、文殊西古墳、艸墓古墳と一体で回ると建造時期が実感できる。

入り口は
a0237937_6303324.jpg


掲示は
a0237937_6313976.jpg

by koza5555 | 2013-02-19 07:23 | 桜井市と安倍 | Comments(0)

室生寺の五重塔の五智如来、そして龍穴祭りのこと

16日(土)に室生寺を訪れた。雪が舞うかと思えば、すっと青空が広がるという不安定な気候である。
a0237937_22122933.jpg
雪が舞う弥勒堂

松田敏行さんは、室生寺の五重塔を指して「室生の森に降りた天女の可憐さである」という。松田さんは平成10年の台風で大被害を受けた五重塔の修復の指揮をとられた方である。
「五重塔の初重には大日如来を中心にした五智如来(ごちにょらい)が安置されていて、それが信仰の対象であるが、塔そのものも信仰の対象とみられている」と書かれている。

その通りであるが、五智如来やはり拝見したい。しかし五智如来は非公開である。
ところがこの五智如来、17日まで公開されていることを教えていただき、さっそく伺うことにしたのだ。
a0237937_22135750.jpg
扉を開けた五重塔の初重。写経を載せた台以外に見えるものは柱だけ。心柱と4本の柱が立ち、人の動ける余地はない

五智如来は本堂内陣、如意輪観音菩薩像の前に並んでお座りである。密教でいう5つの知恵を5体の如来にあてはめたものという。
五重塔の初重にお座りで大日如来(中心)、阿しゅく如来(東方)、宝生如来(南方)、阿弥陀如来(西方)、不空成就如来(北方)とそれぞれ柱ごとにお座りになっているとのことである。

ガイドに参加するソムリエの関係者にも拝見していただきたいと考え、執事の佐伯さんに「次の公開はいつですか」と聞くと、「一年に一度の公開だが、来年はおこなわれないことも」とのことであった。
a0237937_22155321.jpg
五重塔

後は気になっていた、この綱である。
a0237937_22165934.jpg

この綱は龍穴神社の綱かけ神事で掛けられると聞いた。
この綱かけの時期と竜穴祭りの日時が近いとのことである。
このことも聞きたかった重大課題である。

龍穴神社のお祭りのことである。
10月の第二日曜日の頃、龍穴神社のお祭りが行われる。
太鼓橋のたもとに集まった龍穴神社の氏子から室生寺への立ち入り許可を求める使いが出る。7度半の使いで住職が出て対応する。龍穴神社の頭屋は龍王の代理、室生寺の住職は弘法大師の代理で、杯を交わすとのことである。鎧坂を上り金堂の右手にある天神社にて綱かけ神事をおこない、その後龍穴神社に戻って神楽や獅子舞が行われるとのことである。
こうしてみると、龍穴祭りと綱かけ神事は一体のものだった。

室生寺も考えるとどこまでも奥が深い。
by koza5555 | 2013-02-17 23:10 | 宇陀 | Comments(0)

長谷寺 だだおし

2月14日、長谷寺のだだおし法要がおこなわれた。赤、青、緑の鬼が巨大な松明(たいまつ)を引き連れて堂内外を暴れ回り、やがて追い出されるという法要で、奈良の地に春をよぶ一大火祭りである。
a0237937_1642178.jpg
最後に出てくる赤鬼である

「大和古寺では、年の初めに人々の罪・過ちを仏前で懺悔し、身も心も清らかになって新年を迎えるための法要を行っていますが、長谷寺では一月一日から七日間の法要『修正会』、二月八日から七日間の法要『修二会』を行います。そして、 修二会の締めくくりとして二月十四日に行われるのが『だだおし』の儀式です。」(長谷寺HP)
a0237937_16431145.jpg
登廊(のぼりろう)に向けてすすむ衆僧

はじめに管長にしたがい一山の衆僧が本堂に上がる。山伏姿の堂衆に守られ、登廊(のぼりろう)をあがる僧を迎えて参列者の期待が一段と高まる。
本堂内陣の十一面観世音菩薩の前で、人々の罪科をざんげする法要がおこなわれる。テンポの速いリズミカルな読経(どきょう)で、そのうえほら貝が吹かれ、激しく太鼓が叩かれるという勇壮で厳かなものである。参列者の心は法要に一気に引き込まれていく。

そのあと、閻魔王から預かった「だんだいん」で諸仏諸菩薩をはじめ、参列者の額に押し当てて、「悪魔退散」「無病息災」の加持祈祷が行われる。
a0237937_16444138.jpg
燃え上がる松明

だだおしの松明は激しく燃え上がる。松明は大中小があり、赤鬼は大、青鬼は中、緑鬼は小である。
赤鬼が持つ大松明は、4メートルの長さ、120キロの重さである。
鬼は堂の周りを周回するが、すれ違いざまに松明を激しくぶつけあう。
良く燃えて、それでかつ頑丈という松明を従えてこそ、鬼も勇壮である。
a0237937_16453078.jpg
完成まじかい だだおしの松明

この松明をつくる方のお話を聞いた。
「立ち枯れの松の中心部、赤みのところをジンと言いますが、そこを小割りして松明を作る。松ヤニをしっかり含んでいるので激しく燃えるのです。良く燃えて、頑丈で、そこが難しいです」と豊森さんは話す。「松明は花びらのように開いたのが形もきれいで良く燃える。大松明だと40本からの割り木を組み立てるが、出来上がりの形を考えながら一本一本削っていきます」とのことだった。
by koza5555 | 2013-02-15 17:08 | 桜井・初瀬 | Comments(0)

三住の稚児石 宇太水分神社

宇太水分神社のお祭りを考えた。
古い(鎌倉時代)の絵図に上下の水分神社の領域を「三住児石」と「尾崎一杉」を結ぶ境界線で南北に二分するとされているとのことである(宇陀の祭りと伝承)。
この石は現在も「ちご石」と呼ばれて、現存しているとのことである。

a0237937_22582933.jpg
三住のちご石。この石を見てきた

大門貞夫さんの「伊那佐の里」にもこの石のことが紹介されていた。

いくつかのポイントがある。
一つはこの石が上下の水分神社の境界線と言われていること。
一つは宇陀郡の上県と下県の境界であり、宇陀郡の象徴ともいうべき石で、古くから有名であること。

一つはこの石の足跡は宇太水分神社の童体神によるものだと伝承されていることなどである。したがってこのあたりに不浄は近づけないようにしているともいう。

a0237937_2302595.jpg
ちご石。足跡

この石と足跡にはいわれがあり、上下の水分神社でお祭り奉仕の稚児を選んだとき、一番かしこい子が上下の間で抽選となった。この子は仲間外れにされたと怒って地団太を踏んで、石に足をめり込ませて跡を付けたとのことである。

この石は川岸にあるとの記述もあり、見付けるのに少し苦労したが、伊那佐文化センター前の石田橋から左斜め方向を見ると山際に鳥居が見える。そこである。
a0237937_2313335.jpg

by koza5555 | 2013-02-13 23:30 | 宇陀 | Comments(0)