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奈良・桜井の歴史と社会

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電動アシスト自転車で明日香をめぐる

11月2日(土)の「ゆかりツアー」(留学生観光サポートツアー)は明日香を巡る。
いろいろと迷った末ではあるが、「明日香村なら自転車だろう」で、電動アシスト自転車で軽やかに回ることとなった。

そうなると自転車で回る下見が必要となる。
やっと本日、日程があいたので、さっそく自転車で回ってみた。

飛鳥寺の西方で発掘現場を発見した。「犬も歩けば棒に当たる?」思わぬ幸運の方だけど。

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掘っている方をよく見ると・・・明日香村、教育委員会の長谷川透さんではないか。

2月2日に「飛鳥寺西方遺跡の現場見学会」というのが行われている。その場所のさらに西、甘樫丘に近い場所である。いわゆる入鹿の首塚という五輪の塔の西方に当たる。

長谷川さんに、「ちょっと笑顔を」と頼んだが、軽くスルーされてしまった。仕事中だものね。
「土曜日は休みですか」と聞くと、「土曜日はやりません。シートをかけます」とのことである。
残念だが、仕方がない。

「そうか、発掘現場もあるな」とテーマを新たに発見、チョイ南に進むと、樫考研の「飛鳥京跡苑池」の発掘現場に遭遇した。
ずうずうしく、いろいろとお聞きする。「土曜日はやりませんが、シートはかけません」とのことである。
「ゆかりツアー」では飛鳥板蓋宮を案内するのだ。そのまま、飛鳥川に向かうとパネルはあるし、現場も見れるし・・・

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板蓋宮と飛鳥京跡苑池、こんな組み合わせだが、吉野導水あたりにパネルがあり、安易だがパネルにすることにする。これで「やったー」という感じではなかろうか。

ゆかりツアー、2日の日程は決めた…「ほぼ」だけど。
飛鳥駅、飛鳥歴史公園館、そのまま北に上がり、鬼のまな板、雪隠。
亀石に出て、川原寺跡、橘寺前、石舞台。
食事を済ませて、板蓋宮跡、万葉文化館である。万葉文化館は展示、体験で楽しみな企画がいっぱいで長時間、居座る算段である。
そして最後は飛鳥寺。
「電動アシスト自転車なら、もっと行けるだろう」の声もあるだろうが、これくらいがちょうどいいのである。

中大兄皇子と鎌足
蘇我馬子、蝦夷、入鹿の三代
舒明天皇と皇極天皇・斉明天皇

こんな古代の著名人を紹介しながら、現地を見ながら、飛鳥と大和の歴史を豊かに楽しく語るつもりである。

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桜井から自宅の電動アシスト自転車で明日香に出かけた。心配はしていたが、やはり途中で電池がアウト。
重い自転車を押したりしながら帰った。山田から阿部はずっーと下り坂だけど・・
by koza5555 | 2013-10-29 22:24 | 奈良 | Comments(0)

再発見 大阪の至宝

28日、「再発見 大阪の至宝」展の開会式、内覧会を拝見した。
お誘いがあった。こんな機会はそんなにない。いさんで天王寺の大阪市立美術館に出かけてきた。

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とりあえずは開会式テープカットである

「コレクターたちが愛したたからもの」である。

僕なりの感想は二つである。
展示内容には圧倒された。ジャンルは幅広く複雑である。漢の時代の仙人像があるかと思えば、佐伯祐三もあるという具合である。一つ一つを味わうという感じで楽しんだ。

いま一つは展示会の目的の鮮明さである。大阪の美術館は「美術品を散逸させたくない」というコレクターの思いの受け皿になってきたことを明瞭に主張している。
ニューヨーク型(買い集めて)の美術館もあれば、コレクターの思いを引き継いでいく、そんな形の美術館の使命もあってもいいのではという大阪型・・そんな言い方もできるような展示である。

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大阪市立美術館。背景はあべのハルカス

展示物がどの所有者を経てコレクターの手に渡ったか、コレクターがどんな思いで大阪市に寄贈したのかを鮮明にする展示に力が注がれている。
市立美術館の敷地は旧黒田藩の蔵屋敷とのことであるが、「美術館に使用する」との約束で寄贈されたことなども聞くと、「公立のミュージアム」を維持していくことの大都市の役割と責任も大きい、そんなことも改めて考えさせる展示となっている。

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大阪市立美術館、黒田門

展示物は素晴らしい。
後漢時代(一世紀)青銅鍍金銀 仙人ちょっとは見入った。

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こんな像である。四角の柱を抱いている姿か

石造如来坐像頭部は山田寺仏頭を、金銅菩薩立像は法隆寺の百済観音を思わせるような顔形である。

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石造如来坐像のお顔である

賤ヶ岳合戦図屏風とか、秀吉が羽織ったという富士御神火陣羽織とか、楽しいものも一杯だった。


あまたの豪商たちが「事・物」の集積を担ってきました。近現代になると経済界の人々が多様な“数奇”の道に足を踏み入れ、大きな美術コレクションが形成されてきました。大阪市立美術館HP大阪の至宝

このことを存分に理解することができる、ボリュームたっぷりの展示だった。
by koza5555 | 2013-10-28 23:40 | 大阪とか京都とか | Comments(0)

大宇陀の田原の菅原神社の秋祭

10月の第四日曜日、今年は27日(日)であるが、大宇陀の田原、菅原神社の秋祭が行われた。

田原の火祭りと称されるように、この秋祭はなんといっても大松明、それも境内に向けて50段ほどの急階段を一気に駆け上がるところがものすごい。

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階段を駆け上がる

田原には二つの垣内がある。上之組は21軒、下之組は17軒とお聞きした。それぞれ当屋が決められ祭の準備がすすられる。

今年は上は大井家、下は片岡家である。
宇陀の片岡家、奈良まほろば検定を受験しようという方は、みんなが一度は聞く名である
この試験の公式テキストには、「県内の文化財に指定されている民家・・・宇陀の片岡家住宅は寛文9年(1669年)建築で、非常に古い民家」と紹介されている。
国指定の重要文化財に指定されており、敷地内の樹齢800年というケヤキも素晴らしい。

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片岡家下之組

松明は丸太を一本、乾燥した割竹を10本ほど束ねて作る。長さは7メートルほどになる。この大松明は祭の主役だが、祭を見続けた片岡家の86歳のおじいちゃんは「意味をいつも聞かれるが、これは単に境内を明るくする松明」といい、「形は子どもの頃と同じだ」と言われる。

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松明が完成。午後7時に火がともされる

松明は15名ほどで担ぎ上げられ、「ええと カイト」(良い内 垣内)と垣内(かいと)を練り歩いく。家々で空に向かって放り投げて、言祝ぎの松明の胴上げである。

鳥居の前につき、ひとしきり練った後に、松明は急こう配の階段を一気に駆け上がる。

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松明は瑞垣の前に二本並べて立てられる

今年は下之組の当屋が片岡家(1669年建築の国の重要文化財)ということで、カメラマンはひときわ多かったが、それにしても勇壮な秋祭だった。
by koza5555 | 2013-10-27 23:31 | 宇陀 | Comments(0)

第65回正倉院展

10月26日(土)から11月11日までは奈良国立博物館で正倉院展が開かれる。
奈良の友人からお招きをいただき、この第65回正倉院展、内覧会を拝見することができた。

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衆目の一致する目玉は漆金薄絵盤、蓮弁である。

鹿草木屏風は勉強になった。

先日、留学生を案内して春日大社と鹿の角きりを案内したばかりである。
行事からみて、「鹿を軸に春日大社を語る」という組立で、武甕槌命(たけみかづちのみこと)が白い鹿に乗ってやってきたとの伝承を「鹿島立神影図(かしまだちしんえいず)」で解説した。

景色と画で解説できるのだから、「我ながら良いガイド」と、ほくそ笑んでいた。でも、正倉院の絵はその絵の原画といってよいほどの趣があり、それが中央アジアの深い影響を受けていると知って・・・?・・・やはり歴史の真実はすごいし、エピソードには後付けがあると知るのである。

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鹿草木夾纈屏風(しか くさききょうけちのびょうぶ)。絵葉書から

高松塚、キトラ古墳に描かれる南方を守護する朱雀が、刺繍という形で色鮮やかに残されている。
ちかく飛鳥をガイドする僕には「鳳凰の刺繍の残片」がとても面白かった。

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鳳凰の刺繍の残片

伊勢神宮の遷宮のための建築装飾の仕様の文書が展示されていて、これには驚いた。「大神宮飾金物注文ほか」という文書である。

石山寺造営(762年)に関わって、その事務方が雑多な反故紙を貼りついで、その裏に「食物用帳」を作ったという。その裏がなかなかのもので「伊勢神宮の遷宮のための建築装飾の仕様」などが書かれていたのである。皇大神宮(内宮)の正殿、美豆垣御門(みずがきごもん)などの建物の僧職に使われる飾金物の種類と寸法が記されている。

すごいと思った。この書面、伊勢神宮の遷宮建築資料は、裏紙として使われたことにより、今に伝わったということである。この遷宮は747年のこととされる(異説は766年の遷宮)。

何か、ガイドの知恵みたいな感想ばかりで申し訳ない。みなさんの目で正倉院展、確かめていただきたい。

内覧会である。けっこうな人ではあったが、こんな感じで通常の正倉院展とは違う景色だった。
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by koza5555 | 2013-10-26 10:02 | 奈良 | Comments(0)

こんどの留学生サポートツアーは明日香と桜井

11月2日・3日に留学生サポートツアーで明日香村・多武峰を歩くことになった。
このツアーは基本、公共交通機関の利用だから、飛鳥駅へは近鉄電車で入ることになる。
順々に石舞台まで入り、飛鳥板蓋宮(いたぶきのみや)、万葉文化館、飛鳥寺などを回るのである。

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今日の石舞台である

自転車で回るか、徒歩で回るかか悩ましいところである。
自転車で素早く回り、タップリ話を聞いてもらったり(笑)、体験時間をゆったり取るという考え方はある。今度のシリーズでは様々な交通機関を利用するが、貸自転車利用はここだけだろうし・・
自転車に乗れない方がいたら?とか、雨が降ったら?とか、悩みは尽きない。


明日香の下見で今日は回ったが・・・自転車ではなく、徒歩でもなく・・・車だった。

なによりもなかなか明日香に足が向かない。
朝、家を出たが、まずは藤原宮跡に寄る。今度のツアーでは関係がないところであるが、「黄色のコスモスが最後の満開」と聞いた。少し遅かったのか、ちょっと白っぽいが、一面黄色である。

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黄色のコスモス。場所は宮跡の最東部、天香久山寄りである

さて、これで次は明日香村かと思うと、さにあらずで・・今井町に寄ってしまう。
ここは今回の明日香・桜井のツアーでは最後に寄ることになっているから、無駄ではないが。

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今井町。はないらか

ツアーは八木西口から徒歩で入り、15分くらいのビデオ、15分くらいの学芸員の説明を受けて、重要文化財の町屋を訪ねることにする。

明治36年(1903)高市郡教育博物館として建設され、昭和4年より今井町役場にも使用されていました。当時、奈良県の社会教育施設としては、奈良市所在の重要文化財「旧帝国博物館」に次ぐものでした。
現在は、今井町の歴史を詳しく、分かりやすく解説する資料を一堂に集めた資料館として、展示コーナー、映像シアター、図書閲覧室などがあり、今井町の歴史をさまざまな角度から知ることができます。

橿原探訪ナビ 今井町より


町家見学はまずは代表的な今西家と決めて、今日はさっそく見学させていただいた。

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今井家

今西家では家人から説明をしていただいた。

慶安3年(1650)の今西家である。当主の川井権兵衛は1566年(永禄9)、十市に従って今井に入った。町の西端にあるため、3代目から今西姓となり、代々今西町の惣年寄の筆頭を勤めた家とのことである。
家の内部はすごかった。広い土間があり六間の座敷がある。
土間では取り調べもおこなわれたという。
男牢、女牢があり、収監部屋も作られ、その部屋にはのぞき窓も残されてる。

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土間から南を見る

今井はおもしろそうだ。
今回の最後の最後の日程だが、ここまでは留学生、どうしても連れていきたいものだ。
by koza5555 | 2013-10-24 23:50 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

習字を初めて2年。今日は伊藤左千夫である

僕にとって火曜日は習字の日である。一週間に一日だけ、午前中は家で書いて、午後、先生のところで添削を受ける。
今日は「おりたちて  けさの寒さを おどろきぬ つゆしとしとと かきの落ち葉深く」で、伊藤左千夫である。あの政夫と民子の「野菊の墓」の左千夫である。
かな文字の練習で歌を書くようになり、歌の勉強はだいぶしたことなるが、文字は前途遼遠である。

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一昨年の8月に習字を始めた。
とにかく僕は悪筆・乱筆である。
仕事をしていたころ、みなさんに「あなたの字は読めない」と何度も言われたし、自分のノートが自分でも往々にして読めなかったのである。

年相応の字が書きたくて、念願の習字をこの年になって始めた。
練習は週に一日だけ。遅々として書の進歩はなく、この道はなかなか厳しい。

最近も習字の先生から激励を受けた。それは「初心忘れることなかれ」であり、さらに昨年の年賀状には「習字以外(習字教室でも万葉故地などの見学の案内をしている)のことで力になって下さい」だった。

進歩のない僕を心配しての習字の先生の心配りだったが、石の上にも3年で、あと一年はがんばってみようと心に決めている。
by koza5555 | 2013-10-22 21:25 | 健康 | Comments(0)

強雨の中を松山探訪

20日(日)は奈良まほろばソムリエ検定、体験学習プログラムで「榛原と大宇陀・阿騎野」を歩いた。一時は土砂降りというような・・終日の強雨だった。

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阿紀神社で解説する。ここは激しい雨で、みなさんには庇の下に入っていただいたが、熱心に前に出てくる方もいっぱいである

榛原駅から路線バスで大宇陀に入る。柿本人麻呂公園-阿紀神社-かぎろひの丘-大宇陀地域事務所―西口関門―松山の町並み―大願寺と歩き、路線バスで榛原に戻り、墨坂神社を拝観・見学するというコースである。

何度も訪れたところばかりであるが、今日は「まほろばソムリエ試験の体験学習」である。
少し、ツアーのねらい目を変えた。

①まほろばソムリエ試験には公式テキストがある。今回のツアーは「テキストに出てくるところをしらみつぶしに回って、解説して、見ていただこう」が狙い目。
テキストには「宇陀」という項目があるが、それ以外にも「国指定の天然記念物」、「花の名所」、「建築」、「集落と町並み」など、各所で宇陀が触れられている。それを丹念に拾って、回るのである。
各種資料には公式テキストの関係ページをすべて明示した。

②それから「体験学習」と言っても、一つのツア―である。
ツアーはシナリオが大事で、まず「阿紀神社やかぎろひの丘」は記紀万葉で、
「西口関門から森野旧薬園」までは中世の宇陀を見るのである。
ツアー全体を物語にしたのだが、そうなっているのか、そして、これを楽しんでいただけただろうか。

③宇陀の地勢と気候を森野旧薬園やカザグルマの自生地(国の天然記念物)で考えてみた。
カザグルマ自生地はすこし距離があり、ウォーキングではいけなかったが、自生地の地主の辻本さん(木下さん)が大宇陀地域事務所まで来て、解説をしてくれた。
「お話をしてください」と木下さんにお願いをしてきたが、この努力が実った。参加者にはほんまのサプライズだったと思う。
参加者から管理や保護の質問があったが、実に適切なお答えがあり、みなさんには満足していただいたと思う。

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大宇陀でカザグルマを説明する木下さん

④このツアーは「ソムリエの会」が企画・運営を担当し、ガイドもソムリエの会のメンバーだけで取り組んだ唯一のものであった。
サブガイドやサポーター、全部で5名のチームである。
この皆さんにワンポイント解説に参加していただいた。それぞれが明瞭に解説をされ、僕自身も勉強しなおすことができた。


そんな具合でしたが、いかがでしたか。
数ある体験学習プログラムの中で、このコースを選択してくれた参加者の皆さんに心からの感謝を申し上げます。
あの強雨の中を一緒に歩いた皆さんが、来年の一月には一級に合格され、さらにソムリエに合格されることを、応援し、援助したいと思います。

みなさん。
勉強になりましたか?そして、このツアーは楽しめましたでしょうか。
by koza5555 | 2013-10-20 22:30 | 宇陀 | Comments(0)

室生大野の海神社 いさめ踊り

10月の第三日曜日は室生大野の海(かい)神社の秋祭である。
宵宮(第三土曜日)の今日19日は、「いさめ踊り」とかわいい巫女による「浦安の舞」が見どころである。

大野には「いさめ」行事が伝わる。それは唄、太鼓、踊りの三つが組み合わさったものであるが、踊りは90年前に行われて以来絶えてなく、今では太鼓が「いさめ踊り」と呼ばれているとのことである。

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御幣を持った心棒打ちと息を合わせてバチを打ち込む

室生大野の海神社。ご祭神は豊玉姫命で、山と海の五穀豊穣を祈願するために、この名が付いたという。海神(わたつみのかみ)の娘である。
本殿は桧皮葺きで、昭和26年に県の文化財に指定されている。宇陀水分神社と吉野水分神社の間の中間的な段階にあるもので、発展過程を示す実例とされている。

場所は・・大野寺の上、宇陀市室生地域事務所の裏山に位置している。

この神社の秋祭、宵宮でいさめ踊りが踊られる。時間は午後5時からである。
始めは小学生によるいさめ踊りが行われる。小学生が40名も参加していて、にぎやかだし、しっかり練習が積まれている。

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唄と心棒打ちの合図に合わせて、太鼓を叩く小学生。後景は海神社のご本殿である

小学生の後はいさめ保存会である。

「起源や由緒は定かではないが、徳川前期頃から伝承されており、もとは雨乞いの時や豊作を祝う踊りであったといわれている。現在は海神社例祭でいさめ太鼓とともに行われている」(室生丸かじりマップ詳細版、大野地区版・・旧室生村町役場発行。在庫はほとんどなし)

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もう一枚、いさめ踊りの太鼓打ち

いさめ保存会の方に「大野区古伝、いさめ踊り」のパンフレットをいただいた。昭和52年発行である。
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このパンフには庭入り、いさめ踊り、お寺踊りなど、10曲が収録されている。
歌詞のすべては紹介できないが、近江、越後や信濃が出てきたりして、伊勢本街道沿いの村らしい裕福さが感じられる歌詞である。


最後に、神事の後はかわいい巫女集団による浦安の舞。
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by koza5555 | 2013-10-19 22:23 | 宇陀 | Comments(0)

高畑、鹿の角きり、春日大社を留学生とともに

留学生を案内して、一日かけて高畑界隈を歩き、さらに鹿の角きり、春日大社のウォーキングである。

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「一番、良かった」は鹿の角きり

今度のツアーは破石(わりいし)町から始まった。
ツアーの最初は、破石と教育大学のフェンスの新薬師寺金堂跡の掲示から始めた。いかにもマニアックだがコースの都合でやむをえない。

写真美術館に入館する。入江泰吉の作品を中心に、展示と保存がされている。
「ウエット・イリエ」の展示は終わっているが、現在の「写真集でたどる入江泰吉の軌跡」も霧や雨・雪などが見事の写しこまれた奈良が表現されている。

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館内で解説

新薬師寺は十二神将を中心に割り切った解説。干支を解説、それぞれの干支に献灯する。経費と考えてろうそくのための小銭を用意したが、「お祈りは私のお金で」とそれぞれが財布を開く。「アッ、これは万国共通なんだ」と納得。良い経験だった。
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近鉄奈良駅前のクラブツーリズムのホールに展示されているレプリカ

不空院の特別拝観、志賀直哉邸の見学などを経て、鹿の角きりを見学した。

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鹿の角きり、鹿苑で記念撮影

春日大社は鹿と燈籠で解説する。
武甕槌命(たけみかづちのみこと)が白い鹿に乗ってやってきたとの伝承を「鹿島立神影図(かしまだちしんえいず)」で解説した。

鹿の角切りとホルンで鹿を集める「鹿寄せ」は奈良の鹿イベントである。

燈籠についてはまず、宝物殿まえのロビー(無料区域)に展示されている御間型灯籠(おあいがたとうろう)と春日大社で一番古い燈籠である柚木(ゆのき)石燈籠を見学する。

仏教美術センター(奈良国立博物館)は水曜日と金曜日が入館できるが、所蔵されている図書の内容と入館の手続き方法を丁寧に説明する。
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菩提院に寄り、「石子詰の三作」を語り、最後は植桜楓(しょくおうふう)之碑である。


10月から来年の2月にかけて、ゆかりツアーというガイドを引き受けた。
県下の留学生が参加する。一回ごとの定員は6名で、人数は少ないがこのツアーのガイドはおもしろい。

参加者は留学生、外国の方である。そして若い。「奈良のいいところを伝えられるかな」で、工夫のし甲斐がある。

奈良県下、一泊二日を6回、つごう12日かけて回るのだ。奈良市から十津川の玉置神社までである。いわば隅々までである。

電車・バス・ウォーキングなど公共交通機関で回るというところもすごい。これも僕にとっては新しい経験で、とても刺激的である。

このツアー、そんな具合で勉強することばかりである。あちこちにご協力をお願いに行きますが、よろしくお願いします。
ツアーを案内しながら、しばらくは活動の枠を広げて奈良の魅力をブログやfbで紹介していく予定である。
by koza5555 | 2013-10-17 22:36 | 奈良 | Comments(0)

室生龍穴神社の秋祭。室生かぐら保存会

14日は室生の秋祭。6日に室生寺境内の天神社前、13日に龍穴神社の神杉にかんじょう綱(龍綱)をかけて、祭りの準備は整う。

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室生寺に入る室生龍穴神社のお渡り

早朝から室生に向かった。西出の大所(だいどころ)さん宅を訪ね、西出の垣内(かいと)が調整する神饌の「すこ(頭甲)」拝見させていただこうとの目論である。
通り道の順で、これも当屋に当たっている荷之出の集会所前を通りかかると、人だかりが。
お聞きすると、「間もなく神楽を行う。今は菅間出にいる」とのことである。菅間出は枝垂れ桜で有名な西光寺である。すぐ上の集落であるので、そのまましばらく待つと、車に分乗して「室生かぐら研究会」が降りてきて、獅子舞が始まった。

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獅子舞、一番初めは、集会所のカマドの前

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集会所前で激しく踊る。赤い髪はメス獅子とのこと

二曲終わると、地元のOBが飛び入りで踊る。
二人目に出てきた方がすごい。腰を落とした踊りで・・聞くと78歳。・・それが3月まで室生寺の奥ノ院におられた中村一誠さんだった。

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一汗かいて、獅子をはずした中村一誠さん。78歳とは思えない身のこなしだった

午後一時に龍穴神社のお渡りは、太鼓橋の上に集合した。
まずは七度半の使い。
橋本屋の奥本さんがその使者である。

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普段は閉じられている正門が開けられ、表書院に向かって、「一度の使い~」。「二度の使い~」で七度の使いまで、七往復である。
七度半の使いで網代管長が出座、赤門に向かう。

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お渡りが入山する。鎧坂を登り金堂前に集合。天神社と龍綱に向かって神楽が奉納される。

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これは金堂の舞台から撮った画である

室生寺を出て、龍穴神社に向かう。
まずは神杉(今年は臨時に桜)のかけられた龍綱を経て、正面から神社に入る。


四頭の獅子がいっせいに舞い、二頭が舞い、一頭が舞う。さらにに頭が舞う・・・で一時間に及ぶような迫真の獅子舞である。

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伸びきった獅子、クライマックスである


龍穴神社には中村さん、大所さん、そして現在勤務しているたくさんの職員の皆さんが祭の役員、参加者、見物する人で参加されていた。
室生寺と室生の村は不離不即である。

室生に二つの奥ノ院、それは奥ノ院と龍穴神社だと、改めて実感することができた。

最後まで書いて、「すこ(頭甲)」の文章があるのに、写真がないことに気付いた。
これである。

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by koza5555 | 2013-10-14 22:08 | 宇陀 | Comments(2)