ブログトップ

奈良・桜井の歴史と社会

koza5555.exblog.jp

<   2013年 12月 ( 15 )   > この月の画像一覧

多武峰、冬野、龍在峠、鹿路

多武峰をテーマに90分のお話をする。
何を話すか・・

談山神社、聖林寺、音羽山観音寺であり、多武峰の村々のお話であるが・・・

パワーポイントであるから、写真を並べながら原稿を考えると、話がつながらないことが判った。

そこで正月早々、二つの計画を立てた。

端的に書くと
①談山神社の西口から冬野、龍在峠、鹿路(ろくろ)というウォーキングをすることとした。

本居宣長の菅笠日記に「西に向かうと又惣門あり。この道を左に折れて、山路をのぼりゆくと茶屋あり。やまとの国中見えわたる所也。
なほ同じやうなる山路を。ゆきゆきて。又たむけにいたる。こゝよりぞよしのゝ山々。雲ゐはるかにみやられて。あけくれ心にかゝりし花の雲。かつがつみつけたる。いとうれし」あり、吉野の花も見えるとのことである。

このコースの写真がどうしてもほしい。6日(月)に歩くことにした。同行者を募りたい。
5キロくらいのコースである。
10時ころに弁当持参で談山神社、社務所出発である。
雨、雪の時は中止である。

a0237937_22465043.jpg
西門の写真が見当たらない。西門のずっと手前の摩尼輪塔(まにりんとう)で許していただきたい

②鹿路(ろくろ)の勧請綱をみる必要がある。多武峰で言えば、勧請綱は鹿路と針道(はりみち)と下高家(しもたいえ)である。
いずれも一月だが、鹿路は第一日曜日、針道と高家は第二日曜日である。講演に間に合うのは鹿路のみ。

鹿路は5日(日)、午前9時から天一神社で勧請綱を綯うと聞いた。
ここに伺う。「鹿路の綱は暴れ者」とも聞いた。
お話の準備のために必要だが、祭祀と行事そのものも、とても楽しみである。

a0237937_2252374.jpg
鹿路の天一神社。素晴らしい巨大杉が8本。そのうちの一本は宮垣に坐す神宿る杉である
by koza5555 | 2013-12-30 22:54 | 桜井・多武峰 | Comments(0)

奈良まほろばソムリエ試験・・・対策

「奈良まほろばソムリエ」試験の実施は1月12日である。毎年成人式の前日に行われ、「奈良に精通している人材の養成」のために、奈良商工会議所が行っている。
一年に一度の試験で、今年が8回目である。

僕は2回目で二級、4回目で一級、5回目にソムリエに合格した。3回目の一級は不合格で、今から思いおこせば、あれで「闘争心」に火をついたかなとも思うのである。

一級を受けるためには二級に合格していること、指定された体験学習に参加していることが条件であるが、10月には、僕もその体験学習の講師を務めさせていただいた。
試験直前、みなさんの合格を期待して、年末・年始最大の努力をお願いしたい・・のである。

そこで、今日は大和伝統野菜のことである。
食材偽装が大問題となった平成25年である。食材問題はツアーでもよく質問が出るが、この大和野菜、なによりも出題率が高いのである。

a0237937_19565844.jpg
大和伝統野菜は、奈良県農業水産振興課が指定している18種類である。
伝統野菜以外にもこだわり野菜を五種類、指定しており合わせて23種を大和野菜としている


大和伝統野菜、18種類を地域ごとに整理すると・・・

下北春まな(下北山村)
花みょうが(五條・吉野郡)
大和まな(宇陀市など)

宇陀金ごぼう(宇陀市)
大和きくな(曽爾村など)

片平あかね(山添村)

大和いも(御所、桜井市。じょうよ饅頭などの原料として使われるという)
祝だいこん(明日香村など)

ひもとうがらし(郡山市、天理など)
結崎ねぶか(川西町)

紫とうがらし(奈良市、天理市)
千筋(せんすじ)みずな(奈良、天理市、榛原町)
軟白ずいき(奈良市)
小しょうが(奈良市)
黄金まくわ(天理市)
大和三尺きゅうり(大和郡山市、桜井市)
大和丸なす(大和郡山市など)
筒井れんこん(大和郡山市)

「大和伝統野菜は戦前から奈良県内で生産が確認されているもので、地域の歴史、文化を引き継いだ独特な栽培方法により『味・香り・形態・来歴』などに特徴を持つもの」とされている。


ところで祝(いわい)だいこんを今年も岐阜から大量にいただいた。

a0237937_208357.jpg
段ボールひと箱の祝い大根
これは県外産だから基準外だが、とりあえずは皆さんにお分けして喜ばれている。
岐阜の産地では「こんな細い大根、どうやって食べるの?」と言いながら、指定通りの栽培方法、サイズで出荷するとのことである。「輪切りにするんだよ」と説明すると、大いに納得していた。

「祝い大根」・・岐阜産ではとも思うが・・奈良の農家、頑張れと言いたい。
「祝だいこん、雑煮、煮物に使われる。奈良市、宇陀市、明日香村が産地である。
奈良県は大和伝統野菜に指定しており、「四十日大根から選抜された、直径3cmぐらいの細い大根。根は曲がりやすく、手や鍬等で丁寧に土寄せをする。大和の雑煮は、円満を意味した輪切りの祝だいこんと、人参、里いもと角を削ぎ落とした豆腐を白みそ仕立てにするところが多い」と県HPに紹介されている。
by koza5555 | 2013-12-27 20:10 | 奈良 | Comments(0)

「大人の学校」で多武峰のお話しします

1月14日(火)午前10時から奈良市で「多武峰」のテーマでお話しをする。
談山神社、聖林寺、音羽山観音寺のことや多武峰の村々のお話をしたい。

大人の学校の企画で、新大宮の北口、毎日新聞社奈良支局の三階の会議室である。参加費は必要であるが(800円)、どなたも参加できるという企画である。

a0237937_7215953.jpg
こんな春が迎えれるような明るい話をしようと思っている

「多武峰、談山神社は行ったとことがありません」という方にも、よくよくご存知の方にも、楽しく聞いていただけるお話をしたい。

桜井市はこのほど「大和さくらい100選」を発表している。
多武峰からも、御破裂山や音羽山、聖林寺からの眺望とか、鹿路の天一神社の神杉などが選ばれており、高家の綱かけなども選定されている。

こんなさくらい100選も紹介しながら、風景や歴史を語り、これを守ってきた方、いまも守っている方を紹介したいのである。


たとえば、談山神社の責任役員に藤本光宏さんという方がいる。百市(ももいち)の方である。
音羽山観音寺の一キロに及ぶ参詣道はご存じだと思う。
あの道を作った方が、この藤本さんである。
「父親の眼病治癒のお礼に観音寺へ奉仕したいと思いました。観音寺への道は踏み分け道のような道でした。寺を維持するためには道の整備がどうしても必要だと考えて」と、長年にわたり私費で、この道を造られたのである。

このほど観音寺の入り口に「報恩感謝の道」という碑が建てられた。

a0237937_72753100.jpg
後藤密栄(ごとうみつえい)ご住職と並んで立つ藤本光宏さんである

この講座、参加された方に、「鎌足さんもいいなあ」、「多武峰はおもしろそうだなあ」、「談山神社、聖林寺、音羽山観音寺、行ってみたいなあ」と受け止めていただけるように、もう少し準備をすすめたい。


「ならまほろばソムリエによる歴史講座」。連絡先は溝口博己さん、090-8986-8844。E-mailはhiromi-03.30@kym.biglobe.ne.jpである。

記紀万葉と現代をつなぐ「入門編」で、今回も3回のセットとなっており、
1月14日(火)10:00~12:00 ( 多武峰の道 談山神社と聖林寺・音羽山観音寺)
2月11日(祝)10:00~12:00 ( 室生 祈りと安らぎの郷)
3月11日(火)9:00~15:00 (阿騎野と大宇陀・松山の町なみを歩く)

場所は毎日新聞社奈良支局3階会議室(新大宮駅徒歩2分)である。
by koza5555 | 2013-12-26 07:35 | 桜井・多武峰 | Comments(0)

奈良 長谷寺のだだおしと鬼の松明

今朝の産経新聞、奈良版の「大松明と鬼の火祭り」との僕の記事が掲載されている。
長谷寺のだだおし法要をテーマにしたもので、時期外れのようだが、「いまから予定しておいてください」という行事予告の意味もあるのである。

a0237937_21425134.jpg
本堂の回廊で激しくぶつけ合う鬼の松明

掲載された記事は以下のとおりである。

2月14日に奈良・長谷寺は、だだおし法要をおこなう。赤、緑、青の鬼が巨大な松明(たいまつ)を引き連れて堂内外を暴れ回り、やがて追い出されるという儀式で、奈良の地に春をよぶ一大火祭りである。

人々の罪・過(あやま)ちを仏前で懺悔(さんげ)し、身も心も清らかになるために「修二会」の法要を長谷寺はおこなう。その締めくくりとして十四日のだだおし法要である。
能化(のうけ)職(住職)にしたがい、多くの衆僧が登廊(のぼりろう)を上がり、参列者に見守られながら本堂に入る。本堂内陣の十一面観世音菩薩の前で、人々の罪科を懺悔する法要がおこなわれる。速いテンポのリズミカルな読経が詠まれ、ほら貝が吹かれ、激しく太鼓が叩かれる。乱声(らんじょう)乱打(らんだ)と言われるこの厳かで勇壮な儀式で参列者は一気に「だだおし」に引き込まれていくのである。


a0237937_5133913.jpg
産経新聞、12月21日朝刊。奈良版・奈良再発見

そのあと「だんだいん」と呼ばれる宝印を諸仏・諸菩薩、参列者の額や牛玉札に押し当て宝印授与をおこない、「悪魔退散」「無病息災」を祈る。
この「だんだいん」は長谷寺を開山した奈良時代の徳道上人から受け継がれてきたものと言われている。徳道上人は病により仮死状態になって閻魔王に会った。閻魔王は「ちかごろは地獄に来るものが夕立のように多い」と嘆き、「立ち返って浄土と地獄があることをよく教えるように」と頼んだという。そこで徳道上人は「頼まれたという印(しるし)をいただきたい」と告げると、閻魔王から「だんだいん」が手渡されたとの伝承である。

暴れはじめた赤鬼、緑鬼、青鬼は「だんだいん」を押した牛玉札によって、本堂から追い出される。鬼は松明を引き連れて本堂の周囲を周回するのである。
この松明が激しく燃え上がる。赤鬼が持つ松明は一番大きくて長さが4メートルあり、重さも120キロである。そして鬼は堂の周りを周回して、すれ違いざまに激しく松明をぶつけあう。松明は頑丈で、それでいてよく燃えなければならない。

この松明を作っている豊森新次さんにお話を聞いた。「ジンという松の樹の赤身のところを小割りして松明を作ります。ジンは松ヤニをしっかり含んでいるので激しく燃えます」とのことである。
花びらが開くような形の松明が迫力もあり、しっかり燃え上がるようである。出来上がりの形を考えながら、一本一本の割り木を鉈で削り形を整えていく。大松明だとこの割り木は40本必要となり、とても根気がいる仕事である。
豊森さんは、「良く燃えて頑丈なものをつくることが大切だが、なんといっても200年の樹齢の貴重な松を使っていることに感謝して松明づくりをしています」と力を込めた。

豊森さんは「だだおし」の日、松明を従えて堂を周回する鬼役のサポート役もおこなう。「主役は鬼と松明。ぼくらは黒子ですから目立たぬよう」と控目だが、松明の燃え具合も見ながら、鬼の動きを鋭くコント―ロールして法要をささえる。

だだおし法要は年が明けた2月14日の午後三時からおこなわれる。内陣から追い出された三匹の鬼が大松明を持って初瀬の山で暴れるのは夕刻になってからである。


a0237937_2146296.jpg
長谷寺ダダ押し法要を解説するための、僕のツアーグッズのパネルである

今日から一泊二日でゆかりツアーのガイドに出かける。近鉄奈良、午前8時半発で當麻や吉野を回ってくる。
では、長いアップでしたが、読んでいただいてありがとうございました。
by koza5555 | 2013-12-21 05:35 | 桜井・初瀬 | Comments(2)

鹿路と高家、針道・・・かんじょうかけ

鹿路(ろくろ)と高家(たいえ)、針道(はりみち)、いずれも多武峰の山村である。
高家の万葉歌とか、御破裂山の鳴動を観察する見張り台があったという針道とか・・
いずれも由緒の深い村々であるが、今日はかんじょう綱、かんじょうかけのことである。

年が明けるとかんじょう綱である。

まずは鹿路。天一神社の境内で行われる。
1月5日(日)午前9時からである。
新たに選定された桜井百選で、「木の精霊 神杉」とされている。

a0237937_1223243.jpg
8本ほどの巨大杉が境内を埋め尽くす

a0237937_1232228.jpg
瑞垣で守られたスギ・・これが神杉でご神体か?

高家は1月12日。今年の当屋は谷口さんで、午後一時から始まる。

a0237937_1245648.jpg
綱を作り上げてからの神事に感動した。シャッターチャンスは一瞬だ

針道も1月12日。村の集会所で行う。10時に集合であるが、これは村の一番の寄り合い、全村民(6軒だが)が集まる新年会で、綱を綯うのは一時ころからである。
男綱と女綱をそれぞれ綯って、合わせることが特徴である。
a0237937_126414.jpg


針道に限らず、鹿路も高家(下)も、このかんじょう綱、年のはじめの最高のお祭りである。
いずれも見学、撮影大歓迎で、寒さ対策を万全にしてのおいでをお待ちしている。
by koza5555 | 2013-12-20 12:07 | 桜井・多武峰 | Comments(0)

「多武峰の道」を新大宮でお話しします

1月14日(火)午前10時から、奈良市の新大宮で「多武峰の道 談山神社と聖林寺・音羽山観音寺」というお話をさせていただく。

a0237937_1039362.jpg
談山神社。十三重塔

多武峰の歴史と四季の画像を見ていただき、それを存分に語り、その魅力を伝える。

秋口に「大人の学校」の溝口さんから、「面白い話を3回くらいできませんか」という依頼があった。
会場は新大宮の「毎日新聞社奈良支局3階会議室」である。
「奈良まほろばソムリエによる歴史講座」ということで、「記紀万葉と現代をつなぐ入門編」という切り口である。

3回の講座(申し込みは一回だけでもできる)で、
◎まず、1月14日(火)は10時から正午までで、「 多武峰の道 談山神社と聖林寺・音羽山観音寺」。
◎次は、2月11日(祝)に10時から正午までで、「室生、祈りと安らぎの郷」。
◎3回目は3月11日(火)に9時、現地集合で、「阿騎野と大宇陀・松山の町なみを歩く」となっている。

一回あたり、800円の会費が必要であるが、一般の参加も募集している。
僕も気合を入れてお話しします。ぜひおいでください。

募集要項
場  所:毎日新聞社奈良支局3階会議室(新大宮駅徒歩2分)        
講  師:雑賀 耕三郎氏
NPO法人奈良まほろばソムリエの会 会員
     談山神社氏子総代 民生児童委員(桜井市)
     学園前の近鉄「楽・元気」などで講演

主催者:企画責任者 「大人の学校」 溝口博己
     E-mail  hiromi-03.30@kym.biglobe.ne.jp

by koza5555 | 2013-12-19 11:13 | 桜井・多武峰 | Comments(0)

奈良県立橿原考古学研究所博物館

奈良県で「発掘の現地見学会」があれば、「橿考研?」(橿原考古学研究所のこと)というぐらいである。
もちろん、国の奈良文化財研究所(奈文研)があり、平城京と飛鳥にも展示施設がある。
桜井市の埋蔵文化財センターのような市町村ごとに発掘・調査をして展示されていることも周知のとおりである。

それはそれとして奈良県を網羅して、奈良県の歴史を系統的にたどれる展示施設は、橿原考古学研究所である。

a0237937_6312850.jpg
橿原考古学研究所博物館

週末は、ゆかりツアーでここを案内する。
奈良の人々と土地の歴史を時代に沿って展示がされている。

1、石器時代
川合町から出たという象牙がある。
2万5千年前の石器、サヌカイト(安山岩の黒色の硬いガラス質の石)が展示されている。

2、縄文時代
定住、狩猟・採取生活が始まる。広い範囲での交流があることがわかる。

3、弥生時代
稲作が入ってくる。鍵、唐子遺跡から出土した壺に彫られた絵柄から、当時の生活、風習を垣間見ることができる。銅鐸が作られるが、音楽から見るものに変わっていく。

4、古墳時代。ヤマト王権の成立
桜井のメスリ山古墳、4世紀のものだが巨大な埴輪に特徴がある。
王が亡くなるとたくさんの人をいっしょに生き埋めにしたが、その代りとして埴輪を作ったという伝承がある(日本書紀、垂仁天皇)。しかし、埴輪の原型をこの場で見ると、埴輪は「葬祭の飾り」で、その後に人の形とか家の形とか、馬とかができてきたことが判る。
a0237937_6341173.jpg
 纒向遺跡から出たという柱があるが、切込みがあることに驚く

5、倭の五王の時代の展示もある。海を越えての交流が埴輪の形とかに。
中国の歴史書(宋書)に記述のある倭国の五人の王、讃、珍、済、興、武をいう。
ヤマト王権の、どの王を指すかは諸説あり決まっていないが、興は安康天皇。武は雄略天皇はほぼ定説である。
413年から478年の間に少なくとも9回の朝貢をしている。

6、藤の木古墳
法隆寺の西の藤の木古墳。奇跡的に盗掘を免れていた。
伽耶(から)の国が新羅に攻め滅ばされて、新羅との交流が始まった証拠の金銅性の馬具、刀などが納められていた。

7、最後に飛鳥京、藤原京、平城京の展示である。

藤ノ木古墳出土品は国宝で、さすがに見応えがある。
博物館、玄関に入るとまず目に付くのは藤ノ木古墳、出土の金銅製の飾りのついた靴。

a0237937_639736.jpg

反対側に目を移すと、来館者の一覧表が掲示されていた。11月までの入館者が32,928名、昨年が51,157名というから、その落ち込みの大きさに驚くが・・5万五千名というのが目標とのことである。

a0237937_6395596.jpg
展示物は豊富でおもしろいのに、「入館者の少ないのは?リピーターは少ないのかな?」とも思うが、これは聞けなかった。

65才以上は無料だし。ほとんど、写真撮影は可だし(撮影がダメなものはキチンと表示されている)。一度、年内にも訪れてください。
by koza5555 | 2013-12-18 06:47 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

宮滝は滝にあらず

今週のゆかりツアーは「金峯山寺から万葉の宮滝」というテーマである。
まずは宮滝。

a0237937_7533414.jpg
冬枯れの宮滝である

秋里籬島(あきさとりとう)の大和名所図会(寛政3年(1791年)刊)には

宮滝は滝にあらず。両方に大岩あり。その間を吉野川ながるるなり。両岩は大いなる岩なり。岩の高さは五間(10メートル)ばかり。屏風を立てたるごとし。両岸の間、川の広さ三間(6メートル)ばかり。せばき所に橋あり。大河ここに出でて、せばきゆえ河水はなはだ深し。その景絶妙なり。里人岩飛びとて、岸の上より水底に飛び入りて、川下におよぎ出でて人に見せ銭とるなり。飛ぶときは、両手を身にそえ、両足をあわせて飛び入り、水中に一丈(3メートル)ばかり入りて、両手をはれば浮かみ出づるという

a0237937_758463.jpg
こんな画である

宮滝、上野誠先生が大活躍だった。
歌碑などで3碑を見かけた。

まずは宮滝、芝橋に入っていくという川岸にある

a0237937_8184019.jpg

吉野の宮に幸しし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌

見れど飽かぬ 吉野の河の 常滑(とこなめ)の 絶ゆることなく またかえり見む (巻1ー37)

柿本人麻呂人麻呂の傑作、いわゆる吉野賛歌の第一作品の賛歌である。
「絶ゆることなく またかへり見む」とは、風土を讃える最高の褒め言葉であり、それは吉野へのかぎりない思慕を表す言葉であった。
その吉野川への思慕は「常滑」すなわち岩盤のみごとさをもって表現されている。今、私たちは、かの万葉の川の前に立つ。  上野誠(平成24年11月)


宮滝資料館の前にも歌碑が建てられている。これは少し前、平成20年の建碑である。

a0237937_821136.jpg
宮滝資料館
かはづ鳴く よしのの川の 瀧の上の あしびの花そ 端に置くなゆめ 巻11―1868

蛙の鳴く吉野の川の滝のほとりのこれは馬酔木のはなですぞ
(ソンジョソコラの馬酔木ではない)。隅に置く出ないぞ。けっして、けっして
上野誠(平成20年10月26日)


象山(さきやま)のすそを流れる象川、そして吉野川に流れ込む「夢の和田」も遠望してきた。

a0237937_8323887.jpg
左手前、小さな白い滝が「夢の和田」

象川をさかのぼると桜木神社に。
さらに上の喜佐谷集落の氏神様というが、天武天皇のいわれも残されている。
「近江軍の追及を桜の木の隠れて逃れた」という伝承の真偽は不明だが、宮滝を天武天皇(大海人皇子)の逃避先とみると、桜木神社あたりまで一体の地域と見ることができる。

a0237937_834159.jpg

壬申の乱をめぐる日本書記の一節が碑にされていた

a0237937_8293936.jpg
象川を渡る屋形橋があり、境内のスクッと立つ一本杉が見事である

a0237937_830026.jpg
力をいただいた
by koza5555 | 2013-12-17 08:52 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

吉野、西行庵まで上ってみた

年も押し詰まった21日(土)と22日(日)は「ゆかりツアー」で當麻と吉野である。
もう10日先である。「調べつくしてから下見」という方法もあるが、僕は少し違うのである。

歩いてみる、拝観して見学して、触ってみる、写真も撮ってみる・・・あまり調べつくしてしまうと、なにか心の底の驚き、感動が内容な気もするのである。
ツアーのイメージを作る上では、なかなか良い方法と思ってはいるが、欠点は・・・見落としたものが出てきて、訪れる回数が二回目・三回目ということになりかねないことであろうか。

吉野のロープウェイに乗ると、奥の方の山が真白である。下見のコースとは関係なく金峯神社や西行庵まで行くことになってしまった。
a0237937_23574113.jpg
訪れる人もなく雪に静まる西行庵

吉野山を近鉄電車で訪れる。迎えてくれるのは、まず吉野ロープウェイである。
近鉄吉野線が吉野駅までを開業した翌年、1929年(昭和4年)に千本口 と 吉野山間を開通させた。ゴンドラや鋼索は更新されているが、支柱は初めに造られたものをそのまま使用しているとのことである。

運行間隔は15分間隔、乗っている時間は3分である。
客室は階段状である。ロープウェイの建設時には、ゴンドラを吊る装置が未熟だったためのの名残だそうである。こんなことは乗らなければ・・わからない。
a0237937_23583848.jpg


黒門がある。
ケーブル吉野山駅から徒歩数分のところの黒塗りの高麗門で、金峯山寺の総門である。現存する門は、1985年(昭和60年)に修理されたとのことである。
ここでは門の構造を解説してみよう。

a0237937_23591318.jpg


続いて銅鳥居(重文)である。「かねのとりい」、聖地への入口、俗界と聖地の境界を象徴する建造物である。
吉野から大峯山(山上ヶ岳)までの修行道には発心門、修行門、等覚門、妙覚門という、悟りへの4つの門が設定されているが、そのうちの「発心門」がこの鳥居である。

a0237937_23595130.jpg
東大寺大仏を鋳造した際の余りの銅で造ったという伝承があるが、現存するものは室町時代の再興である。

日本語、英語、中国語、ハングルの4ヵ国語で説明されていた。

それから、仁王門(国宝)、本堂(蔵王堂)というようにいろいろと書きたいが、
そんなことを考えていたら、奥まで上がるマイクロバスがやってきた。

思わず飛び乗ってしまった。
金峯神社前に停まる。
雪で滑る道を登り、義経塔を拝観する。

展望台から北の山を望む。
竜門が音羽山が、細峠が見える。そして額井岳も遠望できる。
慣れ親しんだ山々だが、南か見るのは初めてで、これはうれしかった。

a0237937_01667.jpg


さらに、西行庵まで上ってみた。
後から地図を確かめると「つゆとくとく」の苔清水がある。それは確かに見たのだが、水道水の垂れ流しみたいな施設になっており、ついつい写真を撮りそこなった。

a0237937_013777.jpg
素晴らしい、雪だった

ここまではなかなか行けない。こういう写真はさらに撮れない。すばらしい経験だった。
by koza5555 | 2013-12-13 00:10 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(2)

桜井市も救急医療情報キットの配布に

12月1日から民生委員・児童委員の委嘱を重ねて受けた。
任期は三年であるが、今はちょっと忙しい。

桜井市でも65歳以上の一人暮らしの人、障がいのある人などの安全・安心を確保するために「緊急医療情報キット」の配布が始まっている。
他市と比べれば、「今頃か?」という声もあろうが、それはそれとして意味があるのである。

a0237937_21193036.jpg


「医療情報キット」はかかりつけ医や持病などの医療情報、緊急連絡先などの情報を専用の容器に入れて、冷蔵庫に保管し緊急時に備えるものである。
緊急搬送が必要となったとき場合は、駆けつけた救急隊員がその内容をつかんで、敏速な措置を行うことができ、家族などにもいち早く連絡することができる。

「キットの申請の取りまとめは民生委員で」ということである。
10月からの取り組みであるが、わが校区は12月1日の新体制からでということにしたため、僕もいま、訪問して話し合っている。

申請用紙が書けないという方もいる。字をかけない人はいないが、もう面倒だと言う。
代筆の方法が指定されているので、家族に頼んだり、僕が書いたりである。
僕のあれこれの事情はあるけど、それは置いといて、「丁寧に説明して、丁寧に事情を聴きながら」すすめている。

このキットは筒の中に情報が書かれていることがまず一番に大事であるが、さらにキット利用者の承諾を得て、
「桜井市救急医療情報キット利用者名簿に登録されること」
「災害時の要擁護者名簿に掲載されること」などの措置が取られ、要支援者の情報が市や地域で共有することができるようになり、そのメリットは大きい。
by koza5555 | 2013-12-10 21:21 | 民生・児童委員・町内会 | Comments(0)