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奈良・桜井の歴史と社会

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インフルエンザA型

前回のブログを書いた直後から、力が入らないというか、何とも言えない体調不良となり、N先生の診察を受けた。
「いやあ,忙しすぎるんだよ。はい、はっきりブルーの線が出ました。A型ですよ」と告げられ、「五日間は禁則ですよ」の宣告である。
「参ったなあ。先生にワクチン打ってもらったの」とぼやいてても、事態が変わるわけでもないし・・

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ブルーノ線、あまりはっきり見えないが先生には明瞭だそうである

5日間、静かにしてました。
民生委員の定例会議、下見(3月の初瀬研修)をお断りしをたが、幸い、ツアーや講演が切れていた一週間だったので、そういう迷惑はかけることなく乗り切れて、それは不幸中の幸いだった。

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なんとか、インフルエンザは乗り切れて、お世話になったリエンザも最後の一枚を吸い切ったが、さきほどから激しいクシャミを連発。ここで新たな風邪は困るので、今日はこれでお休みです。

「どうしたの?」と心配をかけましたが、そんな具合でした。
今後ともよろしくお願いします。
by koza5555 | 2014-02-23 22:19 | 健康 | Comments(0)

長谷寺と初瀬で研修会

奈良まほろばソムリエの会で初の「合宿研修」を実施することになった。
現地を訪れ、さまざまな講師の力を借り、討論を行って、ガイド(および講演会講師)としての知識とスキルを向上させようという取り組みである。

この研修・…長谷寺と初瀬谷が「現地」ということとなった。

長谷寺では長谷寺の学芸員や僧侶による講話と案内を受ける。
そして僕も初瀬谷の案内を行うことになった。

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今日の長谷寺にはまだまだ雪が

研修会では、二日目は初瀬の町と初瀬谷を一日かけて歩く。
江戸時代から有名な女夫(めおと)饅頭をやまとびとの店でいただく。
野見宿禰いわれの出雲十二柱神社を参拝する。
出雲人形の水野さんの工房が見学できる。
椿咲く玉列神社の参拝をしてから・・

「苦しくも降り来る雨か 神の崎 狭野の渡りに家もあらなくに」(巻3265―長忌寸奥麿ながのいみきおきまろ)の佐野の追分、佐野の渡を見学して朝倉(近鉄)駅まで歩くのである。

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佐野町と言う町名が残されている

与喜天満宮の秋祭の太鼓台を復活させた柳原町の太鼓台奉賛会を研修会に招きたいと考え、相談をすすめたが日程が合わない。
「あなたが話せるようにすべてのことを教えます」とのありがたいお言葉で、さっそく取材に行ってきたのである。

柳原(初瀬八ヶ郷の一つ)の太鼓台は、平成16年に復活された。実に50年間の中断である。
この復活の苦労を木口奉賛会長と前会長の村田さんからお話を聞いた。
江戸時代末期と言う太鼓台の歴史、その修理、太鼓台を運行する苦労などを、ていねいに語っていただいた。

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左から村田さん、木口さん、初瀬門前町再興フォーラムの坂本理事

ちょこちょこと聞くのが恥ずかしくなるような柳原の皆さんの努力である。

さらに泊瀬門前町再興フォーラムが奮闘している。3月18日からは、長谷寺駅から桜の馬場(さくらんば)までの間に幟を立てるという

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 「観音さまご縁日」の幟である。その下絵を手にして、坂本さんもご機嫌である

柳原町の太鼓台の活動を詳しく紹介できなかったが、これから祭りの取材などを通して、順々に紹介してゆきたい。
初瀬にはすばらしい方々がいて、その努力とすばらしい素材が満ち溢れている。3月のまほろばソムリエの会の研修会、盛り上げるよおーー。
by koza5555 | 2014-02-16 22:35 | 桜井・初瀬 | Comments(0)

石舞台古墳・雪の耳成山

14日の奈良は朝から猛烈な雪。関東地方には比べようもないだろうけど、桜井の阿部アあたりで15センチとか、高家に登ると20センチとか・・大雪である。

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高家からみた雪の中の耳成山。15日の写真だが、14日に撮ったら山も野も真っ白で区別がなかったかも

15日はNHK梅田カルチャーセンターの「大和路を歩く」を案内する予定だった。
西ノ京に集合、唐招提寺、平城宮跡、市庭古墳、海龍王寺、法華寺と歩く。
僕が決めたこのウォークのテーマは「遣唐使船」であった。

14日の朝から、雪の具合を見ながら迷った。方針は「天候に関わらず決行」である。
午後になって大雪警報が出た。
さらに、平城宮跡の見学のガイドを頼んでいた奈良文化財研究所の「平城宮ガイドセンター(?)」から電話が入った。「15日のガイドの出勤は雪のため、取りやめました。したがってガイドの協力はできません」とのことである。

このウォークは秋篠川畔とか平城宮跡とか、除雪がされない所を歩く。
安全に心がけても、車がスリップしてくる危険もある。
日程を調整、3月1日に日延べすることとなった。
そんなことから、今日は時間ができた。

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もろもろあって、昨日からタイヤチェーンが巻いてある。
宇陀とかだとスタッドレスタイヤだろうが、桜井あたりはみなさん、ノーマルタイヤである。

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雪の石舞台古墳を撮った。岡寺を過ぎると圧雪があり、タイヤチェーンは威力を発揮した

帰路、高家に登った。

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六地蔵である

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いつも見る。高家のススキ。今日はことさらよい。


タイヤチェーンは取り外した。もう山には登りません(笑)
by koza5555 | 2014-02-15 16:07 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

あすかロータリークラブで卓話

あすかロータリークラブの会員の吉田さんからお話があった。
「例会で卓話の当番である。万葉集でも話して」とのことである。
吉田さんは、昨年の12月まで民生・児童委員でいっしょに苦労された方である。
ロータリークラブの会員とは一言も聞いたことがなかったけど。

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会場は橿原ロイヤルホテル

食事・例会のあとに会員が卓話をするとのことで、事情によっては誰かを連れてくるというシステムのようである。責任重大である、これは。
「万葉集を話せ」であるので、演題は「万葉集といまをむすぶ」と定めた。

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初めから・・・
倭は國のまほろば 畳(たた)なづく青垣 山隠もれる 倭しうるはし
倭健命(ヤマトタケルノミコト)を朗々と歌い上げるという作戦である。

続いて、万葉集の初まりというお話をする。
まずは雄略天皇。ワカタケル大王は国を広げたと埼玉の稲荷山、熊本の江田船山のワカタケル鉄剣で語り、九州から関東まで、実質的に支配したスーパー天皇だったと強調する。

「こもよみこもち」の巻一の1も求婚の歌ではなく、
「そらみつ やまとの国は おしなべて 吾こそおれ 
しきなべて 吾こそおれ 我こそは 告らめ 家をも名をも」と言い切るところは、国を広げる、いわばたたかいの歌と紹介するのである。ここらあたりの飛躍は、まあ、許されよ。

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続いて巻2の巻頭を飾る、磐之媛(イワノヒメ)皇后を語りつつ、衣通姫(そとおりひめ)を語る。


三人目は、万葉集の実質の一番目の歌い手としての舒明天皇である。
雄略天皇の巻一の1が「国を広げ、国を大きくしていく歌」とすれば、国を治めるため、暮らしを豊かにするための予祝の営みが施政者に求められた、これが舒明天皇の国見の歌だと紹介する。
万葉の時代もいまの時代もそれは同じことである。

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雪の中を撮ってきた平野南部

大和には 群山あれど とりよろふ 
天の香具山登りたち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ
美し国ぞ 蜻蛉島 大和の国は(万葉集巻1-2)舒明天皇 

とここで詠って、ピシリと終える。大きな拍手をいただいた。

実は、これらの話の間に相聞もたっぷりやったのである。
参加者は全員が男性、相聞はちょっとそこが難しい。愛の歌、恋の歌は男女のお客がいないと盛り上がらない。
熱心に良く聞いていただけたが、笑いが取れなかった。 よーし、またがんばろう。
by koza5555 | 2014-02-13 18:22 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

多武峰から飛鳥に下る。万葉展望台

奈良盆地を見下ろす写真がほしかった。
秋のウォーキングコースを考えたかった。

この二点で11日、多武峰から飛鳥に下りてみた。写真を撮るのが第一目標だから万葉展望台でUターン。

午前は奈良市の新大宮で講演だった。「やすらぎと祈りの郷 室生」である。昨日は快調に講演を終えて、多武峰に登った。

談山神社の西門を越える。西口という村である。先日も区長さんとお話したが、今は二軒だけである。
ここから凍った雪があった。

歩くのみである。登山靴を履いてきた。
念誦窟(ねづき)を越える。

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北山に下るみちと飛鳥に降りる分岐点である。

しばらくいくとベンチ。石仏三体、高家に降りる道があることが分った。

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尾根道を下る。雪はしっかり残っているが、モトクロスのバイクが2台、登っている

万葉展望台に上った。

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万葉展望台は470メートル。畝傍山は眼下である。一日おきに日程があり、合間の日は太陽がなくて、ここまで追い詰められました。何とかなるかなという写真が撮れた

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大阪がみえる。阿倍野ハルカスである


増賀上人の墓地である念誦崛(ねずき)に寄った。
妙楽寺や多武峰の墓地の一角に念誦崛は建っている。この墓地の一番上、中心に増賀上人の念誦崛がある。奥深い山の墓地である。

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雪の中の石仏群

今年の11月のツアーは多武峰から飛鳥までというコースを入れてみたい。

今日の写真で作ったパワポの締めである。
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by koza5555 | 2014-02-12 20:58 | 桜井・多武峰 | Comments(2)

JTBの美仏ツアー

奈良まほろばソムリエが案内する「大和の美仏に出会う旅」を案内している。
長谷寺・室生寺・聖林寺・安倍文殊院、昼食は室生の橋本屋である。

昨年の4月から始めて、本年いっぱいは催行が決まっており、50回以上のロングランになった。

パンフレットを作っている。

和辻哲郎は「菩薩は衆生(しゅじょう)をその困難から救う絶大な力と慈悲を持っている。彼に救われるためには、ただ彼に念じればいい。彼は時には仏身に現じ、時には人身に現じて衆生を度脱(どだつ=与願)し、衆生に無畏(むい=施無畏)をほどこす。かくのごとき菩薩はいかなる形貌を供えていなくてはならないか。それは超人的な威厳と人間らしい優しさや美しさを持っていなくてはならぬ」と言い切りきました。 
今日はそのお姿を拝観し、菩薩の心を訪ねる旅を楽しんでいただきましょう。

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このツアーのすべてをここに書き込んだ

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室生寺。太鼓橋

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五重塔を仏と同じように、みなさんが手を合わる。ここは相棒の小野さんにガイドを頼んだ


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安倍文殊院まで行くと、夕暮れである


昨日のツアーは徹底的に万葉集で頑張った。反応はもう一つであったが、バスの下り際に「犬養節はどちらで覚えられましたか?」と言う質問があり、「CDの独学です」と言うと、「まほろばを旅してるって思えて、今日は良かったです」と言っていただいた。

日程は連続している。明日は新大宮で「祈りと安らぎの郷 室生」の講演で90分である。13日がロータリーの講演、15日がNHKの「大和路を歩く」で、風邪対策、のど対策もよく考えてがんばるつもりだ。
by koza5555 | 2014-02-10 19:10 | 奈良 | Comments(0)

NHK文化センター梅田教室

2月15日に、NHK文化センター梅田教室の「大和路をゆく」の案内をする。
「西ノ京から平城京跡、法華寺」というコースで、唐招提寺から平城宮跡、市庭古墳(平城天皇陵)、海龍王寺、法華寺を訪ねる。
西ノ京出発、法華寺で終わるということだけ、決まっていたので、僕なりのいくつかのポイントを考えた。
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このコースならば、テーマはまず「遣唐使、遣唐使船」であろう

4月からNHK文化センター梅田教室の「大和路を行く」の案内をすることになった。
現在、講師をされているMさんから、まほろばソムリエの会に「引き継いで」との依頼があったという。その担当の白羽の矢が僕に当たった。
NHKの担当者と面談・・面接?があり、4月からの案内が決まり、10月までのコース計画を作ったのである。

ところが、前任のMさんの体調不良ということで、この案内を2月15日からどうぞ、ということとなった。
僕の2月15日前の日程は超過密状態となっていた。
1日と2日は留学生ツアー、
5日と6日は町内会役員の伊勢神宮初詣、
9日はJTBの美仏ツアー、
11日は大人の学校の「祈りと安らぎの郷 室生」の講演、
13日はあすかロータリークラブの万葉集の講演(講談・・であるけど)、

ここで15日に新しいウォーキングガイドである。

悩むが4月以降のことを考えれば、受けざるを得ない。
僕のNHK文化センターの「大和路を歩く」のガイド、まずは唐招提寺の金堂前でデビューということとなったのである。

こういうスケジュールだった。
それで、とりあえず4日に下見を入れた。心配のところだけは見学して、半分くらいは歩いた。
そして、昨日7日、文化セミナーナ関係者(梅田教室・西宮教室)のガイドで全行程を歩いて回った。

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唐招提寺は759年(天平宝字3年)、鑑真和上が新田部親王の旧宅に律宗の道場をひらいたことに始まる。鑑真和上は「日本という国は仏法興盛に有縁の国」と言って、三度の渡海を決行して日本の土を踏んだ。渡海決断をしてから12年かかりとのことである。67歳という。
この鑑真和上を御廟や御影堂の前で語りたい。

そして、平城宮跡に行けば、遣唐使船をあしらった平城宮記念館が目に入る。


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大極殿を思わず振り返ったガイドのみなさん・・

今回は海龍王寺が最後のテーマとなる。阿倍仲麻呂、吉備真備と共に入唐し、帰路、海龍王経を唱えて九死に一生を得た僧 玄昉が住したことに因み、「海龍王寺」としたという。

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海龍王寺のご本堂から庭を見た


最後に二つ。
まずは唐招提寺。2月15日は、お釈迦さまが入寂(入滅・にゅうめつ)された日で唐招提寺では涅槃会(ねはんえ)が行われる。礼堂(らいどう)に涅槃図を掛け、造花を供えて午後二時から供養の法要が行われる。
また、供養前でも100円の別途料金にて、日ごろは入堂できない礼堂に入り、涅槃図と造花を拝観することができる。お薦めである。

海龍王寺には、会津八一の歌碑が境内の西南の角に置かれていた。
しぐれのあめ いたくなふ(降)りそ こんだうの はしらのまそな(真朱) かべに ながれむ   である。
by koza5555 | 2014-02-08 14:24 | 奈良 | Comments(2)

ツアーバスで巡る奈良の名所と西大寺の大茶盛

奈良で学ぶ外国人留学生によるモニターツアーを案内してきた。
奈良県の仕掛けで10月に始まり、今回まで一泊二日で6回行ってきた。
縁があり、この全コースを僕が案内した。
学生は毎回6名前後、メンバーは毎回変わるのである。

何時ものようにウエルカムキャンディは工夫する。
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今日は「いつもおいしい。いつもやさしい」の不二家のミルキーである。

今度のモニターツアー、始めが奈良、そして最後が奈良であった。
6回目にコースはまず奈良町、近鉄奈良駅前に戻り、午前10時半からという早い昼食をとってから、「奈良うまし冬めぐり」という奈良交通のツアーバスに乗り込んだ。
まずは信貴山朝護孫子寺。聖徳太子が物部守屋とたたかい、毘沙門天王を感じて勝利したとされるが、この中立ちの毘沙門天が拝観できるというコースである。
信貴山は結局、僧侶や現地ガイドにお任せと言うことで、僕はお客になりきった。

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留学生の皆さん、大寅の前に集合

そして宝山寺を経て、奈良で食事。
今回の宿泊は奈良ホテル。これを僕は一番楽しみにしていた。

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こんな部屋である。シングルユースで伸び伸びと休む

朝食は茶がゆをチョイス。出発前に40分ほど「奈良ホテル館内美術品&調度品めぐり」をホテルの辻さんに行っていただいた。
通常の泊まりの場合、ホテルの都合もあるから、完全なレクチャアは期待できないが、「「奈良ホテル館内美術品&調度品めぐり」とのパンフレットが存在しているから、これをいただかない手はない。

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上村松園の「花嫁」の前で解説する奈良jホテルの辻利幸さん

今度のツアーは目玉だらけ。
二日目の一番は 春鹿で利き酒。朝から呑むけど(笑)これはモニターツアーやから。
一合以上呑んだ学生も数名。

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最後は軽いトキメキというお酒で「今日も元気に」と乾杯・・・

乾杯の時に杯を上げるか、前に差し出すかは一瞬にして決まるという・・・

そして奈良ホテルに続いて西大寺では「大茶盛」である。
鎌倉時代に叡尊(1290年没)が、西大寺復興の御礼の鎮守社での祈祷の後に湯茶を広く庶民に振る舞ったのが始めと言う。
佐伯さんにお話をきき、お茶を出していただいた。

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お茶をいただく姿はこんな具合である。豪快に飲み干した学生もいた
ちなみに鎮守社の祈祷は1日から14日までの修正会を経て、16日に行われたということから、大茶盛の床飾りは年中、冬景色とのことである。


平城京では、平城記念館でしっかり時間を取り、隋・唐の時代と奈良のつながりを勉強する。
12日間のモニターツアー、最後の最後は朱雀門。僕らが行ったときはもうしまっていた。「あおによし奈良の都は 咲く花の におうがごとく 今盛りなり」を留学生も一緒に歌って、今度のツアーの〆とした。

このモニターツアーの報告会は3月24日(月)の午後、行われる。
奈良県国際観光課から案内が出されることになっている。
外国人(留学生)が見た奈良、若い人(学生)が感じた奈良、ずっと案内した僕が一番、聞きたいかも…である。
by koza5555 | 2014-02-02 23:59 | 奈良 | Comments(0)