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奈良・桜井の歴史と社会

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鳥居

日本書紀に「氏族ごとに競わせて、陵の上の土の上に、大柱を建てさせた。倭漢坂上直がたてたる柱、すぐれてはなはだ高し」(岩波文庫4-132ページ)と記されている。
高い柱を立てる古代の祭祀があったんだということが、いまに見るような叙述である。

そんなことを考えていたら、「鳥居」という本に出会った。西洋近代美術史を研究する谷田博幸さんと言う方が書かれている。

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鳥居の起源、鳥居の構造、鳥居の分類と鳥居が究められた本である


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とりあえず、これが三つ鳥居。檜原神社である。大神神社の三つ鳥居は拝殿の奥深くにあり、撮ることはできない


僕流の紹介だが…

とくに起源論が面白い。
鳥居は神のよりしろという見方と、結界(門)という論があるようである。
ツアーなどでは、大体そんなことをサラッと話してきているが、厳密に考えると面白いものである。

「鳥居イコール門」論は、弥生時代の環濠集落にさかのぼるという見方があるのである。
大阪の池上曽根遺跡から発掘された鳥形木製品は大屋根の上の飾りであるが、あれは門の上だったのではとのことで、初めから「鳥が居る」である。
ビルマのアカ族などは今でも、そんな門(結界)を作っているとのことである。
「鳥居イコール門」論を補強するのは、たとえば春日曼荼羅の各時代の例が示される。春日曼荼羅、鳥居は初めからあるが、鎌倉の時代になると神仏習合の影響で、鳥居が四足門に変わっていく、そんな解明もなされている。

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これが池上曽根遺跡の大屋根の鳥。ちょっと違和感があり、門に居る方が自然かも。見張りの役割もしていたのではという感じである

鳥居の始まりは柱と言う論もある。これが、僕には目にウロコである。
この柱は神と人間世界の境にあり、神の象徴であったり、よりしろと見たりである。
その柱は大きく、高くなければならなかった。鳥居はこの柱から始まるという論である。
いまでも鳥居の高さを競ったりしているが、それを引き継いでいるのだろうか?

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大神神社、30メートルの柱である


そんなことを考えてみると、現在の大神神社では一の鳥居があり、二の鳥居があり、さらに鳥居があり、三つ鳥居があるという形である。
よりしろ もあれば、門もあるという形なんだろうか。

さらに、この本は鳥居の構造、素材の解明もあれば、神明系鳥居、明神系鳥居の分類・解説もあり、鳥居が究め尽くされている。新しい本で、今年(2014年)の2月が初版である。

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シンプルな神明系鳥居の典型は御陵鳥居か。古市古墳群の誉田御廟山古墳(伝応神陵)である


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明神系はさまざま、華やかなものも多い。これは飛鳥坐神社。これからは鳥居、もっと撮りためよう

by koza5555 | 2014-04-29 08:58 | 読書 | Comments(0)

ワカタケル大王

黒岩重吾の本で、「ワカタケル大王」というのがある。これを読もうと思った。600ページ以上あるけど、字も大きいし、やはり小説だし。
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この小説は、日本書紀の巻13と14( オオハツセノワカタケノスメラミコト)に対応している


ワカタケル大王(雄略天皇)は気になっていた。
一つは初瀬谷や万葉集のツアーなどで、「雄略天皇は飛鳥から奈良時代にかけて特別に意識されていた大王である」と説明して、そこから万葉集の巻頭は雄略天皇の国ほめの歌で始まると解説してきた。
ワカタケル大王と刻まれた鉄剣が東の武蔵、西の肥後から発掘されるなど、古くから意識されたスーパー天皇であるとの論証である。

「大和路を行く」で、馬見丘陵公園を案内した。巣山古墳を前にして「こちらの古墳は葛城氏の奥津城であるとされています」と解説をする。
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この巨大な古墳群を築いた葛城氏はいずこへ・・・

そんなことから「ワカタケル大王」をもっと考えてみようと、安易に黒岩重吾から読んでみた。

大和朝廷の基盤を作り上げたのはワカタケル大王という結論だろうか。
大王家は国の平定をすすめたが、大和においては葛城王朝と並立だったという見方がある。
それも前提にして、大和柳本古墳群と馬見古墳群は相対峙して、そびえたという論もある。

允恭天皇の第五子だったワカタケル王子が、葛城氏の盟主であった葛城円大使王(葛城円大臣 かつらぎのつぶらのおおきみ)を策略と軍事力でうち滅ぼしたという推論である。
こに至る過程で、允恭天皇の王子である木梨軽太子、穴穂太子(安康天皇)、黒彦王子などを排除してゆき、大王の座を射止めたという論が展開される。大筋として日本書紀とも軌を一にしていて、さらに黒岩流、小説として豊かにいろどりされているのである。

国の中心だった大和の国で大王家と葛城の並立状態を最終的に解消する。それが国の支配権の確立につながり、大臣・大連の制を確立し、物部目と大伴室屋(むろや)を大連としてとして取り込んだのである。
ちなみに大臣は平群真鳥である。


古代史の苦手な方、古代の天皇の名前や皇子の名前が覚えきれないと悩んでいる方、黒岩重吾の古代小説はおすすめである。

葛城山、古代からの名であろう。
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葛城山、頂上付近、今年もつつじが燃え咲く。これは一見の価値ありである。見頃は5月15日頃である

by koza5555 | 2014-04-24 18:52 | 読書 | Comments(0)

奈良まほろば館 日本橋

東京で講演します。
日本橋の奈良まほろば館にて、5月25日(日)の11時00分から90分間の講演を行います。
演題は
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 「室生 祈りと安らぎの郷」である

NPO法人奈良まほろばソムリエの会は、奈良の魅力、奈良の四季を東京で語り広げる一端を担うために、隔月で講師を派遣している。
僕にその当番が回ってきた。
「桜井百選」とか「本居宣長の歩いた多武峰」とか、「記紀万葉の宇陀路」とかの演題の用意はあったが、生涯一回の東京での講演である・・・演題は「室生」に決めた。

今年度初回となる今回は、室生寺と室生の郷を取り上げました。「女人高野」として大きな信仰を集めてきた室生寺、その成り立ちと今を紹介します。そして、室生寺とともに生きてきた室生の郷の人々の暮らしを語ります。

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室生寺金堂前で龍穴神社の秋祭の神楽が舞われる


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これが仏隆寺の千年桜。ライトアップ


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室生大野のいさめ踊りもすばらしい。あれこれこんな画像50枚くらいのパワーポイントで室生の村をまとめた


奈良まほろば館のホームページをご覧いただき、申し込み方法を確認して、ぜひともおいでください。

1、平成26年5月25日(日)  11時00分~(1時間半程度)
2、講師 雑賀 耕三郎
     NPO法人奈良まほろばソムリエの会会員
     NHK文化センター梅田教室「大和路を行く」講師
     「JTB 大和の美仏に出会う旅」講師
3、会場 奈良まほろば館2階
4、資料代などで、入場時に500円が必要です。


さて、悩みは・・・「奈良の人も結局名古屋弁なんだ」と、僕の話を聞いて東京の方が納得してしまう・・その心配だろうか(笑)。
by koza5555 | 2014-04-21 22:45 | 奈良 | Comments(0)

吉野山 奥千本と西行庵

来年の4月のNHKカルチャーセンターの「大和路を行く」は、吉野山と決めている。
「大和路を行く」は毎月、第三土曜日と実施日が決まっている。
昨日(4月第三土曜日)は「花と古(いにしえ)をもとめて」で、馬見丘陵公園を案内したばかりだが、今日は来年の第三土曜日が気になるのである。

今年は馬見丘陵公園のチューリップだったが、そこで、来年はぜひ観桜・・これで行きたいと考えた。
4月第三土曜日なら、桜・・桜・・公共交通機関で入れる現実的なコースなら、吉野山奥の千本だけだと思われた。

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早速訪れた奥の千本、山桜は満開だった


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竹林院から金峰(きんぷ)神社までは、吉野ロープウェイが運営するシャトルバスである。6台で運行されており、5分ごとの発着だった


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西行庵に入るのは、観桜期は特別の周遊コースがあることが分った


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北の正面は竜門岳


こんなコースを考えてみた。
10時半に吉野駅集合である。
ロープウェイに乗る。
竹林院まで歩く。これは40分かかる。
竹林院から奥の金峰神社までバスに乗る。
金峰神社で昼食したのちに、西行庵を訪ねる。
シャトルバスで竹林院まで下りる。
あれこれお店を覗きながら吉野駅まで歩いて降りる。


桜を見たい、西行庵まで入りたい、買い物もしたい。
適切な歩行距離を考えねばならない。
10時30分吉野駅集合、15時30分吉野駅解散で、雨が降っても対応できる適切な食事場所と適度なトイレが必要である。

以上の条件をクリアした、「吉野山、奥千本の桜を訪ねて」、こんなコースが組めそうである。
「とくとくと落つも岩間の苔清水 汲みほすまでもなきすみかかな」が堪能してみよう。

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今日はこんな奥の山桜が拝見できた
by koza5555 | 2014-04-20 21:57 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

日本城郭大系 

日本城郭大系という本がある。

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この第10巻が三重県、奈良県、和歌山県を対象としている。奈良県分だけでも200以上の城郭遺跡が掲載されていて、なかなか興味深い

桜井市では赤尾、出雲、小夫、戒重、多武峰、外鎌、鳥見山城が取り上げられている。
他にも参考資料として、南朝に属して戦った戒重西阿の六城として、戒重、赤尾、外鎌山、鳥見山、安房、河合城などの紹介もあり、きわめて興味深い。
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鳥見山城要図

さて、奈良まほろばソムリエ検定試験では城郭遺跡がたびたび出題されている。
たとえば、一昨年には「筒井が築き、織田信長の大和一城令で破却された城は」という問題があった。
四択で椿尾上(つばおかみ)城を選択しなければならないが、龍王山、万歳山、布施と紛らわしい名前が並んでいる。
龍王山は十市氏、万歳山は万歳氏、布施は葛城の布施氏で二塚古墳の上にあった、そんなことを知らないと、この問題は手こずりそうである。

今年も城郭問題が出題された。「奈良ホテルの東方の中世城郭は」との設問である。
西方院山城が正解である。
間違いは鬼薗山城、これは奈良ホテルの上(大乗院に)にあり、
桐山城は山添村で、
七郷山城は香芝だった。

こんなことが、書かれているのである。
この本は、まほろばソムリエ試験には大きな手助けになるなと思えた。とくにソムリエ級を受ける人は必読の本である。
僕も、この本は勉強になった。

アマゾンで覗くと「城郭大系」の10巻は、かなりの高額で出品されていたが、これはちょっと特殊で、他巻はさほどでもないし、図書館の利用なども考えることができる。

ところどころに挟み込まれている「研究ノート」というコラムも楽しい。
「城跡探検法」が面白かった。
①ひとりで行け、
②道がなければ上に上がれ、但し遺跡を壊すな、
③現地で地名を聞け、
④ひと回りすると目が開く(行って帰ることが大切)など、
城郭遺跡も古墳も祭などの民俗行事も取材のコツは同じと感心させられる。

中世・近世の歴史を知り、理解したい、奈良の隅々まで眺めてみたい、こうした要求にぴったりとかみ合う日本城郭大系である。

城郭遺跡は、「まほろばソムリエの試験対策」にとどまらず、ツアーやウォーキングの彩りとなり、メインテーマとしても取り組めれる大きなテーマでもある。

今日は読書の感想と読書のおすすめです。
by koza5555 | 2014-04-15 18:05 | 読書 | Comments(0)

談山神社のお渡り。学頭屋敷跡まで

談山神社、4月の第二日曜日は神幸祭(じんこうさい)である。

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お渡り奉仕員は社務所の二階に午前8時半に集合である。ちょっと遅れると、もうこんな具合


今回の行列の役割は小目代(こもくだい)である。行列の先頭は先駆け、その後は稚児で、五流の旗があり、次が小目代である。

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小目代、こんな感じである。着付け屋さんによると、「小目代、この着付けが一番、複雑」とのこと


10時から本祭である。
ご神霊を御神輿に移っていただく祭祀である。
祭祀の半ばから「はつよ」という言葉が使われたが、この時点では僕には理解できなかった。

ご神霊の移座があり、お渡りは出発する。

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本殿を出たところである


神幸祭は毎年、4月の第二日曜日、花の満開の頃に斎行されるが、お渡りは変則で隔年で行われている。

談山神社には桜井市の29の大字が氏子総代を送っている。すべての大字が氏神様を祀り、同時に談山神社に総代を送っているのである。村々は都市化であったり、過疎化であったりで、地域の内実は複雑である。「毎年のお渡りのご奉仕が厳しかった」と、思えるのである。

こんな内実は別として、とにかく4年単位で見ると、お渡りは一の鳥居までが一回、もう一度は神社境内を南に出たところの学頭屋敷跡までである。今年はその学頭屋敷跡の年だった。

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神廟拝所前に降りる行列。野口さんが撮ってくれた


学頭屋敷跡の御旅所の祭祀がある。
区長代表の玉串奉奠が僕に回ってきた。29大字の区長の代表としての玉串奉奠である。これは、緊張した。

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玉串奉奠は神社関係のツアーで説明したり、氏神様で慣れているはずだったが、ちょっと緊張してしまって・・・(汗)、二礼二拍手一礼が乱れてしまった


御旅所祭のあとは、発輿祭(はつよさい)を斎行する。
これは全く知らない、漢字もわからない言葉であった。それで、進行役の花房禰宜にお聞きすると、「お神輿(みこし)などが出発する時におこなう神事」とのことである

ご本殿まで帰り、還幸の祭典が行われる。
12時30分に神幸祭は終了した。歩く距離は短かったが、けっこう長時間の祭祀であった。
とりあえず、僕にとっては、4年の周期が一周できたという神幸祭だった。
by koza5555 | 2014-04-14 11:38 | 桜井・多武峰 | Comments(0)

談山神社、神幸祭は4月13日

談山神社、今年の神幸祭は4月13日(日)の午前10時から斎行される。

神幸祭は、談山神社の数多くの祭の中で唯一、神輿渡御のある祭です。 春の大祭とも呼ばれ、境内の桜が見頃となる4月の第2日曜日にとりおこなわれます。 ただし、神輿渡御は一年おきにあり、その他の年は本殿での神事のみとなります。
談山神社HP

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談山神社は今、満開である


今年はお渡りがあるが、学頭屋敷跡までのお渡りで、境内を出て、南に登ったところで終わりである。
今年は一の鳥居までは行かない。

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これは2年前のお渡りで、西内酒造の前を行くところである


このお渡り、氏子総代は奉仕員として全員参加が基本である。
氏子総代は氏子と合わせて、お渡りの所役というのが割り当てられ、二年前は僕は「鉾」だった。この鉾が、太くて長くて、なかなかバランスを取るのが難しくて、ひょろひょろしていたが・・

今年は小目代(こもくだい)である。
先駆があり、稚児、五色の旗(緑・黄・赤・白・紫)があって、次が小目代。

小目代、何でしょう?
当日の楽しみにしたいところだが、まあ・・ここまで書きましたから。

錫杖をもって先導するという仕事らしい。
長谷寺では、これは「金棒(かなぼう)」といっていたけど、談山神社は小目代である。

明日の式典は午前10時から、お渡りは11時までには始まる。
ぜひ、お越しください。
by koza5555 | 2014-04-12 12:02 | 桜井・多武峰 | Comments(2)

下北山村 池神社と明神池

奈良に来てから8年になるが、未踏の市町村は野迫川村と下北山村だった。
最近、あっちゃんの中学の同級生のノリちゃんが下北山村でペンションを経営していることを知り、花見がてらではあるが、訪れることになった。

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 「奈良の桜はここから始まる」下北山村のさくらまつりのキャッチである

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こんな植え込み看板も見た


奈良まほろば検定の公式テキストでは、下北山村は池峯の池神社が取り上げられている。
四年ほど前の僕のノートを確かめると、

池神社は明神池に鎮座する旧郷社で、明神池と池神社は一体である。
明神池は下北山村にあり水面9ヘクタール、湖面は澄み、静寂な湖で、白蛇が住み、ヌシのいる池と信じられた。
「注ぐ谷なし出る川なき池」として崇められ、不敬のことがあると雷鳴を伴う大雨が降り、池の水が社苑を浸すと伝えられる。
池峯村の辻堂(現社地の近在)から1615年ころ(元和年間)に遷宮されたとされる。

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明神池と池神社

行ってみてなるほどと思う。
道を間違えて、10キロメートルも走り、下北山村の中心街(ただし人口900人)を一周してしまう大回りをしてしまった。でも、下北山村、あちこち走って、少し見聞を深めた。
下北山村と池神社・明神池は暗くてさびしいばかりかと思い込んで訪ねると、少し違った。奈良県ではもっとも太平洋の黒潮の影響を受けた明るい下北山村だった。

桜井からソメイヨシノはずっと満開だったが、上北山村は五分咲、さらに南に走り下北山村に入ると桜は満開である。
同級生のノリちゃんは「下北山は冬でも布団が干せる。桜井なんかとは気候がちがう。杉なども下北山の杉は太るのが早すぎると聞く」などといい、暖かいことを強調する。

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桜の美しさに満足の下北山だった。確かに、奈良の桜はここから始まる・・・である


奈良の昔ばなし 明神池の大蛇(県民だより 2009年7月号)
・・・(中略)
昔、その役行者が大峰山に入った。大蛇が現れ、行者はこれを高下駄で3つに踏み切り、錫杖(しゃくじょう)ではね飛ばした。頭は熊野の有馬の池に、胴は北山の明神池に、尾は奈良の猿沢池に落ちた。そこで、有馬の池、猿沢池ではもちろんだが、ここ明神池でも不思議なことがあった。
・・・(中略)

とあり、奈良南端の明神池、奈良県ではメジャーな池ということである。
by koza5555 | 2014-04-05 22:56 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

笠間 小原の極楽桜

5月25日(午前11時から)、日本橋の奈良まほろば館で講演の予定がある。演題は「安らぎと祈りの郷、室生」である。
もう少し写真を増やしたいと考えて、室生に桜を眺めに行った。
まずは、笠間の小原である。

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樹齢300年余り。小原極楽桜

室生まるかじり(詳細版)笠間地区版によれば、

極楽寺(小原地区)しだれ桜
 樹齢約200年余りといわれ、むかし大正年間の火事で寺が焼失した時も燃えずに残り、毎年美しい花を咲かせている。境内には五輪塔をはじめ寺の名残がいくつか残っており、それらから室町(戦国)時代の頃からこの寺があったことが分る。


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極楽桜。満開は日曜日の朝と見たが・・

室生村だったころ、村はおもしろいパンフレットを作成した。
室生まるかじりマップ(詳細版)といい、販売されたものではなさそうである。

記事の内容から平成元年ころに編集されたと思われる。
けっこうなお宝パンフレットで、室生を考えるときに重宝にしている。

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室生、大野、三本松、笠間、田口、西谷、向淵が僕の手元に集まった。全部だろうか?
B5の縦折れ、15ページくらいのパンフレットで地図が付いているのが特徴である。

「この冊子は、室生村史及び地域の方々のお話を基に作成したものです。内容についての詳細に知りたい方は室生村役場もしくは地域住民の方々にお尋ねください」とある。


室生の地域事務所にも、もう在庫はない。
JTBの「美仏に出会う旅」のガイドの皆さんには、「室生版」(室生村室生)をお渡しすることになっている。
by koza5555 | 2014-04-04 23:00 | 宇陀 | Comments(0)

JTB 大和の美仏に出会う旅

JTB美仏に出会う旅、3月30日が冬シリーズの最後の催行だった。

初瀬では豪雨だったが、室生が少雨、聖林寺以降は雨は上がった。

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雨は激しいが、桜もきれいな長谷寺


奈良まほろばソムリエの会は、JTBとタイアップして「大和の美仏に出会う旅」を案内している。
ツアーは奈良駅(近鉄・JR)を出て長谷寺、室生寺、聖林寺、安倍文殊院を回るコースで、昨年の4月から始まり28回のツアーを行ってきた。


ソムリエの会の鉄田専務から「四か寺を回るコースを考えてほしい。時間の配分とか」と依頼があったのは、一昨年の12月だった。
JTBの担当者とお話しすると、「関東などの遠方の方、テーマは美仏、集客力のあるメジャーなところで」というコンセプトだった。

コースや時間配分は簡単に決まった。
同行する「まほろばソムリエ」のガイド内容がポイントだと考えた。
ツアーの時期は桜やモミジではなく、真夏だったり、真冬で、観光のトップシーズンからは外れているのである。4月がなく、10月・11月がないのである。

「真夏に長谷寺の何を見るの?」と初瀬のお土産屋さんに言われたほどのツアーである。
「何見るの?」、「美仏に出会う」である。だから、ガイドの内容をトコトン知恵を絞った。

まず、美仏論が大切である。拝観するという宗教の世界と美術の世界を溶け合わせねばならない。

菩薩は人を困難から救う絶大な力と慈悲を持っている。その菩薩は超人的な威厳と人間らしい優しさや美しさを持っていなくてはならぬと、和辻は記している。
お姿を拝観し、その美しさに手を合わせれば、それこそ菩薩の心に出会えるのだと説くである。

これがカギだと考え、そのためのチラシ、テキストや解説グッズも丁寧に作り上げた。
合わせて、ガイドの皆さんも解説の工夫をされた。

こうして、好調、好評のなかで28回のツアーを重ね、5月からはさらに15回の夏シリーズが始まる。
さらにテキストやグッズの補強も行い、みんなで勉強して、ツアーを喜んでいただけるような準備をしているところだ。

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30日のツアーである。近鉄奈良駅、行基さん前で


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長谷寺は強風・激しい雨。コースを変更して登廊を上がって下った。予定していなかった宝宗蔵が拝見できて、参加者にはとても喜んでいただいた


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室生寺。五重塔へ


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聖林寺からは奈良盆地が一望に

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安倍文殊院のパンジー干支は桜とマッチして映えるている



ガイドのみなさんには「難しい話もあるだろうけど、勉強のような話も楽しく聞けるように考えて」とお願いしている。

屋外の現地の解説では、話を3つ(ぐらい)にまとめてくださいとお願いしている。3つに話をまとめるために、話したいことをよく研究・整理して、…みたいな工夫です。ずるずるお話が続いていくというのは、やはりダメなんである。

そんな工夫をしながら、大和の美仏に出会う旅、参加された方の喜びの声をさらに求めて・・・である。
by koza5555 | 2014-04-02 21:29 | 奈良 | Comments(0)