ブログトップ

奈良・桜井の歴史と社会

koza5555.exblog.jp

<   2015年 04月 ( 6 )   > この月の画像一覧

聖林寺十一面観音さまは怒っていますか?

一時間ほどだが、聖林寺と十一面観音菩薩のことをお話しする。

a0237937_1841418.jpg
 写真は聖林寺からお借りしたものです

聖林寺十一面観音像は、760年頃に東大寺の造仏所で作られたとされる。この十一面観音には兄弟仏があることはよく知られている。京田辺の観音寺である。白洲正子は「十一面観音巡礼」の冒頭を「聖林寺から観音寺」で始めており、その一体性と相似に触れている。

いずれも東大寺の造仏所で作られ、共通の見本があったのではといわれている。

「十一面陀羅尼と呪」を人格化とした観音が十一面観音であり、経典に形が示されている。

井上一稔同志社大学教授がかって、帝塚山大学で聖林寺の十一面観音像について講演されている。
それによると、「十一面観音を作るには、枯れていない良質できめ細かい白檀を用い、身長は一尺三寸という小像でよいと書かれており、また正面の三面は菩薩面、左側の三面を瞋面とし、右側三面が菩薩面に似ていて牙が上に突出している。また後方の一面は大笑面で、頭上の一面は仏面であるとして、十一面観音の頭上面を規定しています」と紹介しています。

さらにこれらにはモデルがあり、大御輪寺に行く、京田辺にも出るということで、東大寺のなかにもこれらの兄弟仏が残されているという指摘があり、二月堂のご本尊などのお姿が思い起こされる。

誰が作らせたか、これも重要で、天武天皇の皇子、長皇子の皇子、文室真人知努(ふんやのまひとちぬ)が作らせたとされる。

智努は当時の仏教界の退廃を嘆いて警鐘を鳴らしたことを続日本紀が紹介している。ふざけた僧侶をやめさせよ、悔過作法を真面目につとめさせよと天皇に奏上するのである。

懺悔なしには願いを聞いてくれない十一面観音、奈良時代から悔過の本尊として知られていた。
聖林寺の十一面観音、作らせた智努の意気込み、怒りが投影されたということだろうか。

和辻は、こちらの十一面観音像を「神々しい威厳と、人間のものならぬ美しさが現れている」と評しているが、井上先生は「もともと悔過を受ける仏」であり、「怒っている」と言われるのである。

いかがでしょうか。どうでしょうか。

奈良県立美術館、「奈良礼賛~岡倉天心、フェノロサが愛した近代美術と奈良の美」のレクチャールームで5月2日(土)午後3時30分からお話しする。
ぜひ、おいでください。
by koza5555 | 2015-04-28 18:47 | 桜井・多武峰 | Comments(0)

奈良県立美術館で「聖林寺と十一面観音像」の講話

5月2日(土)午後3時30分から奈良県立美術館のレクチャールームで講話することになった。
「聖林寺と十一面観音菩薩」というテーマで、一時間のお話である。

奈良県立美術館では「奈良礼賛~岡倉天心、フェノロサが愛した近代美術と奈良の美」が、5月24日(日)まで(月曜日は休館)開催されている。
a0237937_201625.jpg
 (展覧会チラシから)

この展覧会のロビーで NPO法人奈良まほろばソムリエの会が、会とまほろばソムリエ検定の紹介を行っている。講話はそれと合わせて、奈良の奥深い魅力を会のメンバーが順番に紹介するという企画、この一環である。

先の講話の予定があり、「聖林寺と十一面観音菩薩」でパワーポイントを一本、作ろうと考えていたところだった。展覧会のテーマはフェノロサである。土・日開催ということだから、僕としてはとてもタイトな日程ではあったが、講師の募集に素早く手を挙げたのである。
a0237937_20182056.jpg
 聖林寺

日程は5月2日(土)、行事の関係で午後3時30分となった。無料・予約不要だが、美術館の観覧券(800円)が必要である。

とっておきのお話を、3題、用意している。

「十一面観音菩薩像の流転と菩薩像を守り抜いた人々」
「フェノロサとビゲローの聖林寺」
「十一面観音像の生まれ育ったいわれと場所、この像の魅力を語る」などである。

a0237937_20215354.jpg
 作成された光背の復元模型を囲んで

今回が初演のテーマであり、十一面観音像をめぐる様々な人々の思いを力をこめて語ろうと考えている。

ぜひともお聞き下さい。
by koza5555 | 2015-04-23 21:06 | 桜井・多武峰 | Comments(0)

吉野の桜はシロヤマザクラ

明日は吉野の桜である。

a0237937_15114767.jpg

金峯神社、参道右手の一本桜。今年も立派に咲いていた。

参加者はおよそ30名、電車で吉野駅前に集合する。
黒門、銅の鳥居、ひょうたろう、蔵王堂という順路である。
ひょうたろうの柿の葉寿司は予約済みだが、行程の関係で往路で受け取る。

a0237937_15121765.jpg
銅の鳥居前のひょうたろう

勝手神社前の坂本屋で昼食である。
座敷を借りた。ご主人は「桜はないよ」と言われるが、それは承知済みで雨とかトイレとかの対策の貸座敷である。今後の参考のために、こちらは一人300円で割安である。眺望は素晴らしい。柿の葉寿司などもこちらで求めることができる。

食事を済ませて、竹林院付近のマイクロバス乗り場に並ぶ。待ちを一時間半ほど覚悟している。意見も出るだろうが、出足がゆったりの今回は、この方法がベストだった。
金峯神社前の駐車場に着き、西行庵まで歩く。

a0237937_15144740.jpg

これが奥千本のシロヤマザクラ(昨日、4月16日である)である。昨年と比べても3日くらい早いかも。

ツアーの工夫はここからである。
自信のない方は再びバスを待って山を降りる。40分待ちの20分で竹林院である。
歩いて降りる方法も考えている。吉野水分神社、花矢倉と寄りながら、一時間余りで下ろうと考えている。

a0237937_15164655.jpg
16日の吉野水分神社

a0237937_15171720.jpg
花矢倉からの眺望、蔵王堂


竹林院まで下りたら、中千本バス乗り場から吉野まではバスで向かう。
このバスが不思議と空いているのである。


「まず若芽が出て、後に花が咲く、赤芽・茶芽・黄眼・緑の色と白い花の色がマッチした美しさは例えようがない美しさである。吉野の桜はそんな、白山桜である」。

奥千本は16日くらいが満開だろうが、花も芽吹きも共に楽しめるわけで、いわば「粘り強い」。楽しんでいただけること確実である。

a0237937_15185478.jpg
上千本の葉桜。16日

吉野山の桜、誰が植えたかを語りたい。南朝をたたえ懐かしむお話である。  
伝承では、吉野の「桜山」形成の起源は、「2説ありとされ、一は天武天皇の勅裁とし、一は役小角の植樹となす」とされている。
後醍醐天皇の御陵守護の南朝の武士が植え始めたという論も有力である。
それは、南北朝の統一以降、南朝の遺臣が地下人(じげにん)として吉野に留まり、如意輪寺の桜植樹を行い、さらに地下衆の経済的手段となり、寄進という宗教的名目も付加した(中岡清一氏の吉野名所誌)との論も捨てがたい。

ひょうたろうのお寿司も楽しみである。

a0237937_15195870.jpg

「二日目が一番おいしい」が柿の葉寿司のひょうたろう。
熊野の鯖を浜塩にして、「しょっかろう(塩辛ろう)」にして、薄く切り、ご飯に載せて柿の葉で包んだものが「柿の葉ずし」である。 すし桶に入れ、重石をして2~3日、サバの塩気や旨味がご飯の甘みと馴染むころ、まろやかで優しい味となる。そんな柿の葉寿司を参加者分、予約している。

準備は着々である。天気も良さそうで、明るく楽しく吉野の桜、案内できそうである。
by koza5555 | 2015-04-17 16:05 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

今阪屋旅館、宇太水分神社とカエデの郷ひらら

春が来て、菟田野に行きたいと考えていた。カエデの郷「ひらら」と宇太水分神社である。

「カエデなら秋だろう」・・ではあるが、ひららの矢野正義さんは、「秋の紅葉はさまざまだが、春から夏への一斉の芽吹きはすばらしい」と言われるのである。

宇太水分神社も久しぶりに訪れたい。
「こちらなら10月の秋祭」、これも普通であるが、水の守り神として信仰を集めてきた水分神社、田に水を入れる春にこそ訪れてみたいものである。

a0237937_16183059.jpg
宮垣越しのこの紅葉、これも素晴らしい



梅田のNHKカルチャーで、「奈良おいしい歴史散歩」という講座を受け持った。この4月から始まるのである。

奈良のおいしいものを食べて、美味しいところを案内しようという企画である。
講座の初っ端は、「阿騎野の薬草料理」である。
大宇陀には薬草・薬膳料理を扱うお店はいくつかあるけど、今回は今阪屋旅館と決めた。
阿騎野(宇陀市大宇陀)を訪れ、今阪屋旅館にて薬草松花堂弁当を堪能しようという試みである。


a0237937_16224397.jpg

騎野の地で詠まれた「ひんがしの 野にかぎろひの 立つみえて かへり見すれば 月傾きぬ」(万葉集 巻1の48)は、国民の心をとらえた万葉集の代表的な歌の一つである。

この地(菟田野)で、推古天皇が611年(推古天皇19年)に薬猟を行った(日本書紀)と記されている。
持統天皇6年(692年)には、草壁皇子(天武天皇と持統天皇の皇子)の遺児である軽皇子(後の文武天皇)が狩も行っている。この時、随行した柿本人麻呂が詠んだ歌が、この「ひんがしの・・」歌である。
古代から宇陀の赤土には丹が含まれていることが知られており、丹(水銀)は不老不死の薬だとされたが、そのまま食べることはできず、丹は草木を通して摂取できると考えられていた。
菟田(宇陀)のキノコを食べた人が長命を保ったと日本書紀には記されている。

そんな話をしながら、今阪屋旅館で薬草松花堂弁当をいただく。
大宇陀は(古代に)不老不死の力があるとされた薬草が育つ場と言われてきており、この薬草を調理して薬草料理を生み出した今阪屋旅館で、「薬草松花堂弁当」をいただく。

食事の前後は伝統的重要文化財に指定されている大宇陀の町(松山)を散策する、これがふつうのコースだと思うが、午後、菟田野の町(古市場)を訪ね、宇太水分(うだみくまり)神社とカエデの郷ひららを訪れるというコースを考えたのである。

a0237937_1626966.jpg
宇陀・松山・・薬の館。もちろん、こちら辺りは訪ねる計画である

榛原から大宇陀道の駅までは路線バス、大宇陀の松山から菟田野の宇太水分神社まではタクシー分乗、古市場水分神社から榛原へは路線バス・・・面白そうなコースが出来上がった。今度も、たくさんの皆さんにお世話になって、歩けるツアーである。

a0237937_16243517.jpg

これがいまの「ひらら」。カエデの芽吹き、ツアー実施日の24日(金)にはバッチリですか?
by koza5555 | 2015-04-13 17:16 | 宇陀 | Comments(0)

マッサンから卑弥呼まで

ずっと田原本を歩いてみたいと思っていた。

古代(唐古・鍵考遺跡)があり、近世は平野権六に始まる田原本藩があり、明治時代以降も交通と商工業の中心として盆地南部に君臨した歴史がある。

a0237937_193228.jpg
 唐古・鍵遺跡の望楼(?)

戦前のことだが、唐古池の底土が掘られたが、膨大な遺跡が合わせて掘りだされた。その後も継続された発掘調査により弥生時代の大要が明らかになっていった。

環濠をもつ大きな集落である。たくさんの人がコメ作りをしながら暮らしていたが、大洪水・土石流におそわれ集落は埋没したとみられる。

 「新たな政権(ヤマト王権)をつくるにあたり、唐古・鍵に神仙思想に精通する若き卑弥呼ををみつけ、誰も住んでいなかった三輪山の麓に巨大な神殿を造り、『談合政権』を誕生させた」(古事記と太安万侶「和田萃編」)。唐古・鍵遺跡は卑弥呼の生まれた故郷との論である。

桜井市が生んだ異彩の考古学者、森本六爾(もりもとろくじ)も、きちんとお話しする予定である。

さらに「マッサン」ロケの日本聖公会の教会も訪れる。
好評のうちに終えたばかりのNHKの朝ドラの「マッサン」のロケが行われた田原本教会を訪ねる。

a0237937_1934163.jpg
田原本の聖教主教会、礼拝堂


教会は木造平屋、鬼瓦の紋には十字架がついている。昭和8年(1933年)に建てられた教会の内部はほぼ原形を保っている。

司祭は、「大改修をしなかったため昭和初期の造りがそのまま残り、物語の雰囲気に合ったようです」とマッサンロケ地に選ばれたことを語られた。お願いして特別に公開していただくことになっている。

マッサンから卑弥呼と邪馬台国、面白そうと思っていただけますか?

概要を紹介しておくと…
■日時   平成27年6月12日(金) 午前10時集合。解散は3時00分頃
■集合場所 近鉄橿原線 田原本駅西口広場
■コース  (歩く距離約6km程度)
田原本駅(集合10:00)→(すべて徒歩) 10:20 旧吉野銀行田原本支店前→11:00 田原本聖教主教会 → 13:00 昼食 考古学ミュージアム→14:00 津島神社 → 15:00田原本駅解散
■持ち物  弁当、水筒、帽子、雨具      
■参加費(拝観料・入場料含)1200円

◆「健やか交流塾」(大人の学校)の「歴史ウォーク」の企画です。
公開されていない田原本聖教主教会の礼拝堂の見学など、得難い機会と考え紹介いたしました。

参加申し込みは 電話 090-5069-8382
           Mail kozaburo@cg8.so-net.ne.jp
by koza5555 | 2015-04-08 20:23 | 奈良 | Comments(0)

戒長寺の薬師如来さまに会いに行こう

実は足を痛めまして。親指の爪の下の血豆を放置して、化膿させました。
爪に大穴を空けて、膿を取り出しました。二週間くらい、負担をかけるなという医師の指示で、「謹慎」
しています。
いくつかのツアーに迷惑をかけてしまいました。お詫びします。

それで、桜を見たりはなしで、本を読んだり、決まっている先の日程の準備(テキストつくり)などをしています。そんなことで、今日は7月の榛原のウォーク、概要固まりましたので、お誘いいたします。

a0237937_11104781.jpg
戒場山の中腹、戒長寺の銘段

榛原の秘仏、戒長寺の薬師如来を訪ねるツアーを計画した。
日程はずいぶん先の7月8日(水)であるが、みなさんをお誘いしたい。

このウォークは交流塾の「大人の学校」(溝口博巳さん 090-8986-884)の企画であるが、一般参加も可との許可をいただいた。


チラシはこんな感じである。
a0237937_11142490.jpg


日時は平成27年7月8日(水)。近鉄榛原駅改札口前に午前10時集合で、解散は3時30分を予定している。
戒長寺まではタクシー移動で、薬師如来を拝観、昼食を済ませてから山を下る。 山部赤人墓(伝)、西方寺を経て、路線バスで福地に出て、椋下神社、青越え伊瀬街道の町筋をたどり榛原駅にて解散というツアーである。

参加費(拝観料含)は1200円である。交通費はこれに含まずタクシー料金がお一人600円見当(各タクシーごとに清算)、路線バス料金は230円である。お弁当は持参である。榛原駅前にはコンビニもあるけど。

タクシーなども利用して歩行距離を六㎞に抑えた工夫のウォークで、ウォークに自信のない方もお誘いできる、そんなコースに仕上げた。

戒長寺のご本尊は薬師如来、他にも堂内には素晴らしい薬師如来が祀られている。

a0237937_1115264.jpg

薬師如来と言えば、薬師寺や新薬師寺、国宝の如来像を思うが、それは国家が祀った堂々として凛とした如来像である。
それらとは比べようはないだろうが、こちら戒長寺の薬師如来像の穏やかさはどうだろうか。「貧乏と病気で苦しめられている民の声に耳を傾け続けた山間の薬師如来さま」と言いたい。そういう優しさを持つ、薬師如来、このお姿を、みなさんに感じ取っていただきたいのである。
戒長寺は戒場山の中腹にある秘寺であり、そして秘仏である。「宇陀の秘仏を求めて」、今回だけのチャンスである。

参加申し込みは 電話 090-5069-8382
        Mail kozaburo@cg8.so-net.ne.jp
参加費は当日払いですが、6月30日までの申し込みをお願いします。
by koza5555 | 2015-04-05 11:55 | 宇陀 | Comments(0)