ブログトップ

奈良・桜井の歴史と社会

koza5555.exblog.jp

<   2016年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

9月は稲淵でかかしウォーク

大人の学校、9月は明日香村、案山子ウォーク。
a0237937_21112758.jpg
このかかし、今年のジャンボは真田信繁(幸村)である。7月24日に立ち上げられた

奈良県では日本棚田百選に選ばれたのは明日香村稲渕の棚田だけ。
a0237937_21123639.jpg


稲穂の垂れる棚田、彼岸花が見ごろを迎える頃の案山子コンテストが楽しめる。
午後は初めに石舞台を訪れ、さらに不思議な石造物や飛鳥駅周辺の古墳を辿る。
明日香・飛鳥を隅々まで楽しむ9月の歴史散歩、お誘いします。
a0237937_21144151.jpg
こちらは昨年のかかし

行程は9月23日(金)午前10時、飛鳥駅の改札口前に集合。
歩く距離は約8km程度で、飛鳥駅(タクシー利用)→稲渕 → 石舞台古墳 昼食 → 亀石、鬼の雪隠、吉備姫王墓などを見学したのちに飛鳥駅にて解散
費用は1000円、タクシー代は各自払いで500円程度。



さらに10月は山の辺の道、11月は浄瑠璃寺・岩船寺に当尾を案内する。

10月  山の辺の道  邪馬台国の残照、相撲発祥の地を訪ねる
a0237937_2116111.jpg

■10月26日(水)
集合 午前10時   JRまほろば線 柳本駅
解散 午後 3時ころ 纏向駅
■コース(歩く距離 6km程度)
JRまほろば線柳本駅 → 黒塚古墳 → 崇神天皇陵 → 昼食(天理トレイルセンター)→ 長岳寺
→ 穴師坐兵主神社(相撲神社)→ 珠城山古墳 → JRまほろば線巻向駅解散
■参加費 1100円(長岳寺拝観料 350円、学校経費、資料代などで750円)。


そして、11月。 錦秋の当尾。浄瑠璃寺と岩船寺(食事付)である。
a0237937_21173770.jpg

■11月30日(水)
集合時間午前9時15分 
集合場所   JR奈良駅改札前(JRで来られる方は改札口の中で受け付けを行います)
■コース(歩く距離約6km、下りの道です)
JR奈良駅(集合9:15)→ 9:37 JR乗車~加茂駅着9:51 路線バス → 岩船寺 → 昼食(岩船寺門前「静」→ 石仏巡り → 浄瑠璃寺 → 浄瑠璃寺バス発 → 近鉄奈良駅 → JR奈良駅
■参加費(昼食付)2100円(食事代650円、岩船寺拝観料400円、浄瑠璃寺拝観料300円、大人の学校と資料代750円)          
※奈良~加茂(JR)240円 加茂~岩船寺(バス)300円 浄瑠璃寺~奈良駅(バス)570円、各自払いです。
by koza5555 | 2016-07-25 21:24 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

「湖北観音の里」巡拝バスツアー

9月19日、敬老の日に「湖北の観音」さま拝観のツアーを企画した。
奈良まほろばソムリエの会の企画で、昨日からHPにアップされている。
アドレスは  こちらである

ソムリエの会は五周年を迎え、これを機会に会員アンケートをおこなった。県外研修の項目で最も得票数の多かったのは、滋賀県長浜市の観音の里をめぐるツアーで、これを行うことになった。
僕が新理事として、この企画の具体化を仰せつかり準備をすすめてきたのである。

a0237937_11172935.jpg
渡岸寺観音堂(向源寺)

今回のツアーは現地のガイドの案内と合わせて、往復路ではソムリエの会が解説を行い、「ソムリエの会でこそ」のスペシャルなバスツアーに仕上がりそうである。

拝観先は、石道(しゃくどう)寺、渡岸(どうがん)寺観音堂、西野薬師観音堂、赤後(しゃくご)寺の四か寺。十一面観音像が中心だが、千手観音・伝聖観音立像なども拝見できる。

a0237937_11183873.jpg
石道寺

「この十一面観音さまは、村の娘さんの姿をお借りになって、ここに現れて、いらっしゃるのではないか。素朴で、優しくて惚れ惚れするような魅力をお持ちになっていらっしゃる。野の匂いがぷんぷんする。笑いをふくんでいるように見える口もとから、しもぶくれの頬のあたりへかけては、殊に美しい」と「星と祭」で井上靖が紹介した、石道寺(しゃくどうじ ・いしのみちの村)の十一面観音さまには、皆さんをぜひともお連れしたい。

渡岸寺の十一面観音さまの化仏、暴悪大笑面も必見である。暴悪大笑面は通常、見ることができない。理由は裏だから、あるいは光背があり拝見できないのだが、渡岸寺だけ、拝観・拝見することができるのである。

a0237937_11244560.jpg
子どもが遊ぶ西野薬師堂


以上のツアーは、平成28年9月19日(月・敬老の日)に実施、集合は近鉄奈良駅(春日ホテル前)に午前8時。帰着は18時30分頃である。
参加費は昼食つきで8,000円である。

お申し込みは  kozaburo@cg8.so-net.ne.jp   まで、お願いいたします。
申し込みにあたり、①氏名 ②当日に連絡ができる携帯電話の番号 ③乗車場所(近鉄奈良駅前・JR奈良駅前)が必要である。
定員は40名、募集は昨日からだが、お早めにお願いします。

a0237937_11301730.jpg
赤後寺。いまも清仏習合の極致





by koza5555 | 2016-07-24 11:49 | 大阪とか京都とか | Comments(0)

ふたかみ邪馬台国シンポジウム16

7月17日と18日、ふたかみ邪馬台国シンポに参加した。聴衆である。
始めから終わりまで、それぞれ一時間の講座を五個も聞いて、講師と石野博信先生による二時間半のシンポジウムという企画である。

a0237937_233249.jpg


このシンポは「邪馬台国時代のまるまる」というのが売りで、この「まるまる」が全国をまわっている。昨年はとうとう「みちのく」まで回ってしまった。
それで、今年は「邪馬台国時代の狗邪韓国と津島・壱岐」となった。

魏志倭人伝のはじめに
 郡より倭に至るには・・・狗邪韓国(くやかんこく)に到る七千余里。
始めて一海を度(わた)る千余里、対馬国に至る。其の大官を卑狗(ひこ)と曰ひ、副を卑奴母離(ひなもり)と曰ふ・・・・

又南一海を渡る千余里・・・・一支(いき)国にる・・・

この狗邪韓国と津島・壱岐がテーマである。現代の考古学を駆使して、邪馬台国の時代の狗邪韓国、対馬、壱岐を浮かび上がらせようとの狙いだろう。

秋からツアーと講演で「邪馬台国」が僕に押し寄せてくる。今頃から、勉強を徐々に深めたいという思いで参加したのである。

演題と講師を紹介しておこう
「邪馬台国時代の狗邪韓国」は橿原考古学研究所の井上主税さん、
「楽浪海中の倭人」は奈良県教育委員会の川上洋一さん、
「邪馬台国時代の壱岐」は長崎県埋蔵文化財センターの古澤義久さん、
「邪馬台国時代の対馬」は長崎国際大学の俵寛司さん、
石野博信名誉館長と森岡秀人(芦屋市役所)さんがパネルディスカッションの司会である。

8時間の講演と討論だからテーマ、話はテンコ盛り。一端を紹介する。

今回のふたがみの企画は、魏志が歩いた道、場所を同時代で見てみようというねらいだろう。
だから、今回は僕も魏使になりきり、魏使の眼で楽しむことができるか、どうか。そんな感じである。

邪馬台国の時代の集落の姿や生業、貨幣のありかた、墳墓・墓制の壱岐と対馬の差などはとてもよく理解できた。

墳墓から見ると、邪馬台国時代には対馬や壱岐には王はいなかったようである。

対馬では、官は卑狗(ひこ)と曰ひ、副を卑奴母離と曰ふ。
壱岐でも、官は卑狗(ひこ)、副は卑奴母離とされる

この官職は王ではなく、いわば代官というようなもので、北部九州や邪馬台国から派遣された官職であることが明らかにされていた。
他を押しのけるような墓域がない、王はいなかったのではないか。との説であり、現地での発掘が具体的に示されて説得力があった。
卑狗や卑奴母離は北部九州や邪馬台国から派遣された官ともみえて、独立した国々とも思えないのである。

北部九州の甕棺文化が、これらで横行しなかったことも初めて知った。狗邪韓国などがホケノ山古墳などと同じような木槨木棺墓、これも驚いた。

a0237937_23325790.jpg

細かい話だが、お米がとれないから、「南北に市糴(してき)す」というくだりがある。
余り考えずに、そのまま読んできたが、
市糴はコメが入ると書く。米を買うことだろう。
市糶(しちょう)とう漢字もある。これは米が出るである。コメを売る
漢字はすごいな。

今日のシンポジウムの最期は邪馬台国の時代に、倭に文字があったかがテーマとなった。
硯が出ている。知らなかったが纒向には筆も出ているようである。
中国や狗邪韓国には文字があるのだから、読める人がいた、書く人もいたというのが、すべての弁士の結論である。

by koza5555 | 2016-07-18 23:36 | 邪馬台国(やまとこく) | Comments(0)

兵馬俑、長安、大雁塔、小雁塔

中国の西安に行ってきた。

a0237937_20482361.jpg

西安郊外の始皇帝の陵と兵馬俑。いずれも1970年代の発見である
a0237937_2049228.jpg


西安を訪ねる格安のツアーを偶然見つけた。
西安だけで四日間・・丸々二日間くらいだけど。
兵馬俑が見学できるとのこと。
レンガ、土で作られた塔、雁塔が拝見できること。
西安の大学には、あっちゃんの友だちで「高」さんという大学の先生がいる事などから、日程を合わせて行ってきた。

6月23日に神社検定、二級と三級を受験した。7月1日は、桜井のカルチャーセンターで講演があった。そんな日程を見定めて、7月2日の出発となった。

西安、長安のことである。
秦朝の始皇帝の時代、これは2200年前。1971年に発見された兵馬俑である。

さらに長安の時代、現在の市街地は唐の時代の市街地である。これが1300年前。大雁塔、小雁塔など。
数多くの仏像が発掘されており、二つの博物館(陝西歴史博物館、西安博物院)に展示されている。

明の時代(室町から江戸時代)の史跡が残されている。この時代から長安は西安と名を変える。600年前のことで、この時代の城壁と鐘楼、鼓楼が残されている。

西安は陝西(せんせい)省の首都、ちなみに陝西省の人口は900万、西安は人口が400万以上の大都市で、この都市に古代や中世の遺跡が生まれている形である。

a0237937_2053303.jpg
はじめに鐘楼、鼓楼を訪れる。明代の建物である。朝は金で知らせて、夕方は鼓で知らせた。これが鼓楼である


唐の遺跡、大雁塔と小雁塔を見学。
大雁塔はお寺の一角にそびえたつが、建立十年、二十年、中には数年という堂もあり、寺院としての整備、復活が急速にすすめられてきているのである。この再建に奈良の薬師寺が関係しているのである。

a0237937_20582469.jpg
大雁塔
外壁修理中である。緑色のネットがかけられているが、塔は黄土色。本来は黒色の煉瓦で積まれたが、1300年も経って、黄砂でこんな色になったという

a0237937_2059153.jpg
小雁塔。十三重塔であるが、上部二層は地震で崩れている


兵馬俑である。
西安市から北に一時間。山並みを背景に始皇帝陵が築かれ、その東に、東に向かって兵馬俑が築かれている。これは軍人だ。
2000体ほどが展示されているが、もともと6000体はあったとのことである。今も発掘・復元作業が行われている。

兵馬俑一号坑。息を呑んだ。1971年に農地の空洞から降りた農夫がいたということである。井戸沿いとのことである。

兵馬俑二号坑からは将軍の俑も。
埴輪そのものである。日本の埴輪は円筒基台から祭祀用として発展したものとされているが、人の身代わりに埋めたとの伝承が根深くある。
中国の兵馬俑のありさまが日本に伝えられたということは無かっただろうか。
a0237937_2103345.jpg



あっちゃんが奈良観光案内所で案内業務をしていたころ、中国人の友だちができた。当時は立教大学の留学生、その後西安に戻っていた。
西安の大学の准教授である。
連絡がついてナイトツアーを案内していただいた。
鼓楼の北側には大きな夜のマーケットが開かれる。カイ族によりカイ族の食事が出されるのが特徴である。
a0237937_2111414.jpg

a0237937_212494.jpg


歩道上の瓦当紋。マンホールだろうか、そしてこれは朱雀か
a0237937_2125753.jpg

by koza5555 | 2016-07-06 21:16 | 旅行 | Comments(0)