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奈良・桜井の歴史と社会

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「大和の卑弥呼」 東京の奈良まほろば館

奈良まほろば館(東京・日本橋)で「大和の卑弥呼」という講演を行う。9月17日(土)午後2時から一時間半である。まほろば館は4回目で、今回は邪馬台国をテーマに選んだ。

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パワーポイント、タイトル

奈良まほろぼ館の講座案内は
「邪馬台国はここだ!」という証拠が、桜井市の纏向遺跡で次々と発見されています。纏向の大型建物群跡や石塚古墳の前で邪馬台国の時代の風景を実感していただきます。
さらに卑弥呼の墓ともいわれる箸墓古墳を前にして「卑弥呼の姿と人となり」を共に考えてみましょう。

こんな形で紹介されている。


1800年前の纏向と箸墓を案内する。東京、関東の皆さんに卑弥呼と共に纒向に立っていただくという語りをしたいのである。

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纏向遺跡を語る。2011年の大型建物説明会


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箸墓古墳を話します

卑弥呼は祭司者か、それとも権力を持つ施政者か・・こんな話しをしてみたいのである
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纏向遺跡をかかえた桜井に住んでいて、そして邪馬台国ツアーを案内しながら考えている。
僕の身の回りの人は邪馬台国への関心がイマイチだが、纏向を見る日本の歴史ファンの思いの熱さは格別ということを。
西日本一円からお客様を集めた「邪馬台国畿内論ツアー」(おとなび)を案内して、そのことを目の当たりにした。邪馬台国ファンは勉強している。その思いには熱さと深みがある。中途半端の勉強では広島や島根、北陸からやってくる邪馬台国ファンには太刀打ちできない。

邪馬台国と卑弥呼は古代史のハイライト。「邪馬台国がきちんと語れるガイドになってこそ、奈良や桜井のガイドだ」と痛感することしきりである。今回は、それを東京で語ってみよう。

9月17日(日)日本橋、まほろば館でお待ちしています。

「大和の卑弥呼」
1.日  時:平成28年9月17日(土)14時00分~(1時間半程度)
2.講  師:雜賀耕三郎 氏
        談山神社氏子総代。NPO法人奈良まほろばソムリエの会 理事

3.申し込みは   奈良まほろば館に




by koza5555 | 2016-08-16 09:38 | 邪馬台国(やまとこく) | Comments(0)

石上神宮。神主、忌火(いんび)

石上神宮の勉強をしている。
10月のことだが、石上、大神というツアーを引き受けた。
軽めに考えていたが、募集要項を見て、あわくった。レベルが高いのである。

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石上神宮。この入口は現代にできたもの

まずは、石上神宮の元禰宜、白井伊佐牟(いさむ)さんの『石上大神の祭祀と信仰』が面白しそうである。

この本、「忌火職」から始まる。
石上神宮は長官職を神主とも忌火とも呼ばれたとされる。神主としての斎戒の要は、「忌火飯食忌慎」とされ、浄化されるため浄火、それによってかしがれる飯を食することが求められた。
「火鑽(ひきり)によって得た神聖な火にて煮炊きする」、これが忌火である。
さらに清浄を保つために「社の境内から出ない」ことが求められた。

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この境内だけの生涯かあ・・・僕にはできんなあ


これは石上にとどまらず出雲大社、三輪社、近江国三上社(祝など)などにも忌火の職号があり、他人と同火せず、常に清浄を求める生活が続けられたという。

お聞きしたところだが、石上神宮には忌火という制度は残されていないとのことではあるが。

「火鑽(ひきり)によって得た神聖な火にて煮炊き」という枠には当たらないが、神に伝えるということでは、様々な連想が成り立つ。

當屋が一年間の潔斎、祭の前夜からの儀式で絶食で神がかりに至るという美保神社(出雲)の祭とか、
百日行という厳しい潔斎を行う出羽三山の冬の峰の松聖の神への仕えかたなど・・・
今も残る長期の潔斎を経ての祭を取りおこなう神主の姿は、どの神社でも共通して行われていたと理解することができるのである。


時代は遡るが、あとは持衰(じさい)のことである。
魏志倭人伝は、航海の安全を祈る神主、持衰を紹介している。

「其の行来・渡海、中国に詣(いた)るには、恒(つね)に一人をして頭を梳(くしけず)らず、蝨(きしつ)を去らず、衣服垢汚(こうお)、肉を食さず、婦人を近づけず、喪人(そうじん)の如くせしむ。之を名づけて持衰(じさい)と為す。若し行く者吉善(きちぜん)なれば、共に其の生口(せいこう)・財物を顧(こ)し、若し疾病有り、暴害に遭へば、便(すなわち)ち之を殺さんと欲す。其の持衰謹(つつし)まずと謂(い)へばなり。

忌火は持衰か、あるいは持衰の末裔が忌火とみるのか。
でも、航海に持衰が必要ならば、王権の神祭りにも忌火は置かれていたとみるべきだろうか

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最後も石上神宮・本殿も拝殿も

by koza5555 | 2016-08-04 00:27 | 桜井・山の辺 | Comments(0)

箸墓隣接地を国史跡指定へ(申請)

「箸墓隣接地を国史跡指定へ」、桜井市の動きを各紙がいっせいに報道した

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箸墓古墳

邪馬台国の女王・卑弥呼の墓説がある奈良県桜井市の箸墓古墳3 件の隣接地を国史跡に指定するよう市教育委員会が文化庁に申請したことが30日、市教委関係者への取材で分かった。
 昨年、古墳前方部の隣接地3 件に商業施設が計画されていることが判明。景観を損なうなどとして市が事業者と計画撤回を求めて交渉し、史跡指定後に市が公有地として買い取ることで合意を得た。本年度中に国の文化審議会で検討され、指定される見通し
(産経WEST)。

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空から見ると。前方部の西側、国道に沿って温泉施設が・・・

箸墓古墳の前方部、西側には花卉販売の店舗跡、廃墟のような施設が残されてきていたが、この土地の所有者が今年に入って移転したと聞いた。
この新たな所有者が、こちらに入浴施設を計画したというのである。すでにボーリングも行われたとのことである。こうした事態をうけて、桜井市が動いたという報道である。

市教委関係者によると、申請は今月(7月)21日付。市は「古墳の起源やヤマト王権の成立過程を考える上で重要」とする意見を申し入れた。史跡指定を求めるのは、古墳の前方部に接する約1万5千平方メートル。これまでの発掘調査から古墳の周濠部分に当たると考えられるという。(産経WEST)


店舗跡地だけではなく、その南の植木畑なども含まれるということである。

圧倒的に県外からの参加者という「邪馬台国は畿内」というツアーを、僕はいま案内している。纏向遺跡と箸墓古墳を語り、邪馬台国や卑弥呼への思いを共有するツアーである。

西日本の各地から駆けつけてくるお客様と話していると、「纏向遺跡は日本の宝」としみじみ感じるのである。
この重要な資産である箸墓の外周部の景観が守られる。桜井市の決断を当たり前のこととして、僕は認めたい。
纏向遺跡は日本の宝、桜井市と市民はそれを守る義務があるし、守る意味もある。

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左が箸墓古墳、右が市が買いとる店舗跡地



国道側から店舗跡地越しに箸墓古墳をみると
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by koza5555 | 2016-08-03 06:48 | 邪馬台国(やまとこく) | Comments(0)