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奈良・桜井の歴史と社会

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熱いガイドに旅満喫

15日(土)は奈良交通の「大和路万葉の旅」である。
車坂、檜原神社(井寺池)、大神神社、仏教伝来の碑、まほろばキッチン、忍阪、聖林寺を案内した。
健脚ならばハイキングとして歩き続けても楽しいコースだが、これは要所、要所でバスが待っていてくれるというツアーである。

お客様は20名、ガイド・サポートが4名で今回は産経新聞の記者とまほろばソムリエの会の鉄田専務理事が同行するという「取材ツアー」でもある。

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これが、今日16日付の産経新聞である。「夫婦で奈良に転居」は誤りで、「結婚して僕が奈良に転入」である

井寺池のヤマトタケルの歌碑、大神神社の大美和の杜の笹百合園、忍阪の鏡王女墓、聖林寺の倉本住職の講話など、みなさんにすべてを喜んでいただいた。

午後になってからは激しい雨、奈良盆地では待ちに待った雨ではあるが、僕らにはタイミングが悪い。忍阪あたりからは大変な降りでぐしょ濡れとなったが、幸い全員が全行程に参加されて元気にツアーを終えることができた。

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また、忍阪では鏡王女の歌碑のあたりでお会いした地元の方が、お聞きすると忍阪の森本藤次区長で、詳細な「忍阪」のパンフレットを全員分持ってきてくれてたり、玉津島明神ではあいさつをしてくれたりでツアーは良い方向、良い方向で盛り上がった。


朝のことである。
お客様が全員そろう。バスが出る。僕にとってはここがまずは最大のヤマである。今回なら万葉集と桜井のかかわりを話しながら、万葉集のそのもの論とツアーの行程、目的もお話しする。
今回は雄略天皇のこと、磐之媛皇后のこと、舒明天皇のこと語って、万葉の時代と現代の桜井を一気に結びつけるお話である。

「さて」と始める段になり、テキストのすべてを忘れたなどと気が付いたらどうなりますか?
今回はこれだった。
もちろん、ここは力を入れて考え、調べ、練習したお話だから問題はなかったが、これは大失態だった。油断というより・・・何を考えていたのだろうか。
地元の活動だったから、あっちゃんに届けてもらい、途中からは対応できたことは幸いだったが深く戒めたい。


奈良まほろばソムリエとバスツアー 桜井の万葉歌碑巡る
2013.6.16 02:03
 ■熱いガイドに旅満喫

 奈良通で知られるNPO法人「奈良まほろばソムリエの会」のメンバーがガイドを務めるバスツアー「奈良まほろばソムリエと歌って巡ろう!大和路・万葉の旅」が15日、桜井市内の寺社や遺跡などをコースに開かれた。万葉集の和歌などが刻まれた碑を巡る日帰りの旅で、参加者たちは熱のこもったガイドの案内に耳を傾けながら“古代のロマン”を満喫した。

 同会は昨年9月から奈良交通とタイアップしてバスツアーを企画し、今回は万葉集ゆかりの地に建立された歌碑を巡るツアーを開催。ガイド役には、奈良のご当地検定「奈良まほろばソムリエ検定」合格者が務め、同会の雑賀(さいが)耕三郎さん(65)がメーンガイドを担当した。

 バスツアーには県内外から約20人が参加し、奈良市内を出発。道中の車内では雑賀さんが万葉集の序盤に登場する“ヒロイン”として磐之媛命(いわのひめのみこと)を紹介し「当時の女性が元気で、大事にされていたことが伝わってくる」と魅力を語った。

 三輪山の麓では山中を散策しながら、檜原(ひばら)神社周辺に残された万葉歌碑を散策した。井寺池ではノーベル賞作家、川端康成が古事記から抜粋した「大和は国のまほろば-」の歌碑を見学。雑賀さんは、この歌碑がノーベル文学賞受賞演説の原稿から筆跡を拾い集め、刻まれたエピソードなどを紹介した。

 ツアーはその後、多くの歌碑が残る大(おおみわ)神社や聖林寺なども巡回。9月には同会のガイドとともに天皇御陵(ごりょう)を巡るツアーも開かれる。

 参加した斑鳩町の主婦、鶴間良子さん(62)は「ガイドの話は県内に住んでいても初めて知ることばかり。これまで断片的だった歴史の知識がつながっていくのが楽しい」と話していた。

産経新聞ウエブ版より
by koza5555 | 2013-06-16 06:44 | 万葉の旅 | Comments(2)

奈良交通とまほろばソムリエの万葉の旅

6月8日(土)と15日(土)は、奈良交通とまほろばソムリエの「大和路・万葉の旅 初瀬桜井コース」を案内する。
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出発はいずれも近鉄とJRの奈良駅である。今回は奈良からガイドする。
一番初めは巻向山に入る車谷で、奈良から40分、ここまでに皆さんと交流を深める。

僕は檜原神社、井寺池からお話を始める。井寺池、ここが大きなポイントであることは衆目の一致するところである。
万葉集ではないが、ここは倭武尊命(ヤマトタケルノミコト)が歌い(古事記)、川端康成が揮毫した「大和は国のまほろば たたなづく青かき 山ごもれる 大和し美(うるわ)し」の歌碑がある。
倭武尊の歌であり、川端康成の揮毫であり、歌碑の形といい話題は大き区、数多い。

一つだけ紹介すると・・・
歌は古事記である。犬養節で歌うには、あちこちで字が足りなく、そして大きく字余りのところもある。
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ところがこれが歌える。教えてくれた人がいた。誰?犬養孝である。
「作曲家の黛敏郎君(犬飼孝の教え子である)と一緒に前総理の佐藤栄作さんご夫妻をここに案内したことがあった。・・・・大和はくにのまほろば・・を合唱しましょうと申したところ、われわれだけで誰もいなかったからだろうか、みなみな天真爛漫、心ゆくまでうたいあげた」(犬養孝、万葉十二か月)とある。
やってみると、これが意外にうまくゆく。これは盛り上がるだろう。

そんな感じで、今日(18日の土曜日)、サブで参加してくれる大山さんと二人で練習ツアーを行ってきた。

大山さんはいろいろ勉強しているが、どうも犬養節が苦手だという。「どうしてもうまくいかない」というので、僕も音痴だが一緒に歌ってみた。

犬養節のポイントは第二句の出足の切れ味だと僕は思う。大山さんはそこが冗長だった。
大山さんは歌を解説、紹介して3首くらいを歌唱指導して皆さんとともに歌うことになる。

「紫は灰さすものぞ 海石榴市・・・」を朗唱する大山さん。練習の成果も出て、ここらあたりではもう自信タップリである。
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最後に仏教伝来の碑の前で朗詠する大山さん。今日のお客は僕一人だ。
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by koza5555 | 2013-05-18 23:20 | 万葉の旅 | Comments(2)

倭建命(ヤマトタケルノミコト)と川端康成

6月に桜井を万葉集でガイドする。奈良交通のツアーである。
檜原神社、井寺池周辺は一つの固まりで話が集中する。

万葉集ではないが、ここは倭建命(ヤマトタケルノミコト)が歌い(古事記)、川端康成が揮毫した井寺池の  大和は国のまほろば たたなづく青かき 山ごもれる 大和し美(うるわ)し  の歌碑は目玉である。
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井寺池堤の川端康成の揮毫による歌碑

今日は歌碑のことにこだわってみたい。まず、この歌碑、低くうずくまるような形が特徴的である。当時の桜井市の観光課長として歌碑の建立にすすめられた米田一郎さん(故人)が「桜井ふるさと散歩」に書かれている。

川端康成が亡くなる三カ月前の1972年1月21日のことで、歌碑の建立に関わる川端康成との現地での会話を書きとめている。
「遠くから見て池の堤の線が截れないように低く据えてください」と川端康成が言い、子どもが登ったり腰かけたりしてもいいとか、秋のススキの穂波の中に碑がうずまるような形も良いのではないか、こんな会話があったと米田さんは紹介している。

歌碑越しにみる奈良盆地、平野の南部である。二上山もみえれば、畝傍山、耳成山、そして葛城山も金剛山も眺めることができる。
そして振り返ってみれば、歌碑が見ている風景は井寺池、そして三輪山である。
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川端康成はこの歌を書かずに亡くなり、歌碑は集字によっ作られた。
集字は「美しい日本の私」(ノーベル賞受賞記念講演)の原稿から行われた。そこまで聞き知れば、この歌碑、感慨も深く、ひときわ光彩を放つといえるのではなかろうか。

ツアーでは、現地でこの歌、この歌碑を紹介するが・・・自筆で紹介パネルを作ることを思い立った。そのためにテキストとはちがうプラスの添削を書道(習字)の先生に受けた。
習字はこれからだが、ツアーは6月、練習の時間はタップリである。
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by koza5555 | 2013-04-24 00:26 | 桜井・山の辺 | Comments(0)