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奈良・桜井の歴史と社会

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宇陀市 榛原の鳥見山公園

「吐山のスズランか大宇陀のカザグルマの咲き具合でも見に行こうか」とあっちゃんと出かけた。
西峠を越えたあたりで気持がクルッと変わって、鳥見山公園へ。
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展望台からつつじ越しに見る額井岳

旧榛原町の町の花は山つつじだった。鳥見山に群生している山つつじである。
このつつじを見ることに急きょ変更である。
浄水場をこえてから、尾根筋のようなところを強引に登っていく新しい道ができている。

鳥見山、春には山桜、秋の紅葉は有名である。そしてなんといっても数千本の山つつじである。榛原からあがり鳥見山に登ってから初瀬までの縦走の道が東海自然遊歩道で、林間コースとして人気が高い。この道もずいぶん前に歩いたことがある。

冒頭の絵のように咲いている花もあったが、特徴的な樹をのぞいてはまだ咲いていない。
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勾玉池のみやまつつじは盛りを越えたという感じではある
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鳥見山公園、神武天皇の聖跡の伝承地としての顕彰碑が建てられている。
神武天皇の東征の足跡を聖蹟として顕彰するキャンペーンが戦前(昭和15年)に行われた。
神武天皇が神霊の加護により大和を平定することができたということで、霊畤(まつりのにわ)を鳥見山の中に立てて、お祀りしたことが日本書紀に記されている。
「この鳥見山はどこか」の争いとなったが、結果的には桜井の鳥見山を霊畤と決めて聖蹟碑が建てられた(等彌神社の南側)。
掃除をしたり、ガイドをしたりでいつも墨坂神社に詰めているAさんはこれが不満で、いまのことであるかのように悔しがるのである。

鳥見山公園、登る道は良くなりました。駐車場はあります。宇陀市の室さんの情報によると5月12日10時からつつじ祭りとのことですが、花の盛りはもう少し早まるような感じもします。
by koza5555 | 2013-04-25 22:35 | 宇陀 | Comments(0)

古事記と宇陀のバスツアー

奈良まほろばソムリエの会と奈良交通が提携して、古事記のテーマで奈良県下を回るツアーをおこなっている。

12月は「神武東征と宇陀」のテーマで2回のツアーがあり、生駒でボランティアガイドをしているTさんと組んで、僕がガイドを引受けた。
さっそく12月1日(土)がその初日である。

始めにみんなで見たのは墨坂神社の赤盾、赤鉾である。

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僕のガイドの狙いは明確である。
参加者が「感動できるか、その前提としての驚き、ビックリがあるか」である。
これは難しいけど、僕が感動したか、僕がビックリしたかなら、これは判断できる。

空でも、山でも、川でも、町でも、そして神社でも、お寺でも、史跡でも、歴史でも対象は問わない。ビックリがあり、そこから感動が広がる、そういうガイドが夢である。そして笑いがあればより良い。付け加えれば「人を笑う」ダジャレのような笑いは禁句である。

そこで、今度のツアーは「3回の感動、10個のビックリ」が僕のテーマだった。
そんなガイドができたの?といわれれば、やっぱり困るけど・・ま、狙い、目標ということだ。
感動はともかく、10個のビックリは達成できたと思う。

参加者に失礼だから、10個のビックリ全部を書き連らねることはできないので、今日は一個だけ。

墨坂神社の赤盾、赤鉾のことである。
古事記には、「この天皇(崇神天皇)の御世に、疫病多(えやみさわ)に起こりて、人民(たみ)死にて蓋(つ)きむとしき。・・・大物主(おおものぬし)大神、御夢(みゆめ)に顕れて曰(の)りたまひしく、こは我が御こころぞ・・・」と三輪に祀ることを求め、「また、宇陀の墨坂神に赤色の盾矛(たてほこ)を祀り、また大坂神に黒色の盾矛を祭り、・・・。これによりて役(えやみ)の気 悉に息(や)みて、国家(あめのした)安らかにたいらぎき。」(古事記)

日本書紀には、赤き盾やつ、赤き鉾はちさおと、同じことが記されている。
盾鉾を、それも赤の盾鉾を墨坂の神に祀ったということである。

墨坂神社の神輿収蔵庫には、この(もちろんコピーだが)赤の盾8枚、鉾8さおが収納されている。
これを見ていただいた。
いまは、お渡りでも盾、鉾は歩いていないが、せめて御例祭などでは展示だけでもするといいなと思う。
(収蔵庫の開扉は宮司の許可を事前に得ておいてください)
僕の写真はまだありません。阿紀神社で説明するTさんの写真が代わりです。
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by koza5555 | 2012-12-02 00:03 | 宇陀 | Comments(0)

古事記のバスツアー、「神武東征と宇陀」

12月1日(土)、今日は古事記のツアー。「神武東征と宇陀」をガイドする。
奈良交通のツアーで、バスガイドはなし、添乗員だけが乗車する。
と、いうことはツアーガイドが好きなだけしゃべれるということである。

榛原の墨坂神社が始めで、時計まわりで阿紀神社まで回る。
阿紀神社を終えて付録みたいに、阿騎野・人麻呂公園と松山の町並み歩きである。最後は久保本家酒造で試飲もあるという至れり尽くせりである。

阿騎野・人麻呂公園では万葉歌をしみじみ味わっていただく。
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「東の野にかぎろひの 立つみえて かへり見すれば 月傾きぬ」(万葉集 巻1-48)を詠む。
さらに、今回は「特別サービス」で、僕が歌唱指導を行い「犬養節」をみんなで朗詠しようという目論見である。

音痴の僕が歌唱指導して、それをみんなで歌えばどうなっちゃうのかとも思うが、ま、ここら辺りはツアーの終わりがけでもあり、勢いで押し切る算段である。


阿騎野、古くからヤマト王権の狩猟場、薬草場として有名で、611年5月5日にも斉明天皇が薬狩りをしている。

今回は持統天皇6年(692年)の軽皇子と柿本人麻呂の話である。
大海子皇子東国発ちというツアーを案内したことがある。宮滝、津風呂、阿紀、カムロ、宇陀の駅家(うまや)、大野、名張と順に回った。
672年の壬申の乱、大海子皇子(天武天皇)の東国発に草壁の皇子が同行する。この草壁の皇子を偲んだ狩り、そしてその歌である。

長い歌が一つ。短歌が4首である。

この歌は旧暦の11月17日に歌われたとのことである。
かぎろひが出て、西に傾く月があるころ、そして晩秋、初冬である。それらを勘案してこの日が決められたと聞く。

今は新暦で計算して、「かぎろひを観る会」が行われる。
かぎろひの丘(阿騎野・人麻呂公園のすぐ北)にて、今年は12月29日である。午前4時からの観る会、今年は僕も行きたい。
by koza5555 | 2012-12-01 00:55 | 宇陀 | Comments(2)

墨坂神社、例祭

11月3日は墨坂神社の例祭である。墨坂大神が旧社地に渡行し、宵宮を経てお帰りになるお渡りがある。

伊勢街道をすすむお渡り。時代絵巻である。
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神をことほぎ、町を振い起す御太鼓が出る。行って見て初めて判ったが、御太鼓4基といっても3基は墨坂神社、1基は椋下神社(福地)だった。
先ずは椋下神社(福地)である。
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宮入後の3基練りである。
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始めに宮入りする地元の宮本である。
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そして東町
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そして、上之町
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上之町にはface bookの友達の坂本豊さんが・・
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榛原の太鼓台はすごい。上之町の太鼓台は宮入から30分、一度も降ろさず、サセー、サセーを十幾度、「もうおろせよ」と見物人から声がかかるほどである。

僕は、12月1日(土)と16日(日)の2回のバスツアーで墨坂神社訪れる。
そのための勉強の一環でもあったが、見てよかった。
宵宮から行ければ良かったし、朝から行けたら良かったが、この日は談山神社の蹴鞠である。ここに顔を出すことはとりあえず必須で、お昼から榛原に向かった。

多武峰から宇陀は、大峠を抜けるトンネルができたので早い。記紀にいう女峠だが一気に抜ける。
榛原につくと太鼓台はあぶや付近でそれぞれ、休息中である。

神事の中心のお渡りは見れました。
神輿収蔵庫には、赤の盾矛8枚、8本が収納されていることも分かりました。

「この天皇(崇神天皇)の御世に、疫病多(えやみさわ)に起こりて、人民(たみ)死にて蓋(つ)きむとしき。・・・大物主(おおものぬし)大神、御夢(みゆめ)に顕れて曰(の)りたまひしく、こは我が御こころぞ・・・・」、「また、宇陀の墨坂神に赤色の盾矛(たてほこ)を祀り、また大坂神に黒色の盾矛を祭り、・・・。これによりて役(えやみ)の気悉に息(や)みて、国家(あめのした)安らかにたいらぎき。」(古事記)日本書紀にも同じことが記されている。

7月には入院されていてお会いできなかった宮司も退院されていて挨拶できた。神事は娘さんが執り行われていました。
墨坂の主(僕が言うだけだが・・)の東さんにもまたお会いできた。
by koza5555 | 2012-11-04 07:29 | 宇陀 | Comments(2)