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奈良・桜井の歴史と社会

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じゃらんの調査、奈良の魅力とは

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激しい雷雨が止んだと思うと、突然の青空・・入道雲

産経新聞は(8月21日付)、政府観光局の発表として、7月に訪日客は過去最高の127万人、7月までの累計で753万人、羽田便の増便が追い風と報道した。

奈良はどんなだろうかと合わせて考えていると、昨日(8月22日)の奈良新聞は1月~6月までの外国人旅行者は30万人、「過去最高突破も」と、県のまとめを報道している。

比較すると国内全体で6月までの旅行者は616万人、奈良県は30万人・・・
外国人旅行者の20人に一人は奈良県を訪れたということである。
旅行者は複数の県を訪れているから、他県との比較はできない。

奈良県を訪れた外国人は、奈良県の何かを見に来たわけで、そう思うと心強い?あるいは少なすぎる?


8月20日の産経新聞、奈良版の「奈良は大人の観光地」もおもしろかった。
じゃらんの調査を分析して、奈良は「歴史好きに人気」、「おもてなしは〇(まる、ぜろではないですよ)」という記事である。

奈良県のテーマ別魅力度(県別)ランキングである。
「現地で良い観光情報が入手できた」は7位。
「大人が楽しめるスポットや施設・体験が多かった」は10位。
「地元の人のホスピタリティを感じた」が23位。

「魅力のある特産品や土産物が多かった」は42位。
「子どもが楽しめるスポットや施設・体験が多かった」は46位。
「若者が楽しめるスポットや施設・体験が多かった」は47位。


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産経新聞、8月20日付から

奈良全体ではこんな感じだけど、僕の住んでいる桜井となると、もっと端的に出るだろうことは確実である。

桜井、見せたいものはいくらでもある。見てほしいものがいくらでもある。
でも、どこに泊まる?なに食べる?お土産どこで買う?である。
でも、これだけはっきり数字を突きつけられたら、覚悟が決まるというものだ。

話はドーンと変わるが、最近、ブログの「カテゴリ」を組み直した。
この二年余りで522本のブログを書いたが、お寺や神社、自然やお祭りのことが380本、うちわけは桜井が180本、宇陀が80本、その他の県内情報で120本である。

大人に「良い観光情報を提供」できても、子どもや若者には何の力にならない。
じゃらん流に言えば、そういうことだが、視点を変えれば、「趣味のブログでも(大人の)観光案内の役に立つ」・・みたいなこともと思えるのである。


外国人や県外の観光客が、奈良に何を求めてきているんだろう・・そのことを根底にして、それを裏切らない、観光施設とか、特産のお土産とか、考えらればいいなあと思うのである。

結論は物足りないかもしれないが、子どもや若者が楽しめる施設が、一朝一夕でできるわけでもないし、特徴的なホテルができたらすべてが変わるというものでもない。
今の奈良は1400年の歴史の上に立っているし、観光産業的に見れば、この50年ほどの歴史の上に立っていると思うのである。


こんな思いで、これからも熱心にブログを書き、心をこめてガイドしたりしてゆきたい。
個人的な思いの文章に付き合っていただきまして、ありがとうございました。
by koza5555 | 2014-08-23 17:18 | 奈良 | Comments(6)

出雲国造神賀詞と雲梯

12月に橿原から田原本、広陵、川西にかけて万葉集のツアーをガイドする。
犬養孝の万葉の旅(上)、平野南部の巻である。
ここで雲梯(うなて)の森が出てくる。超有名歌が二首ある。
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雲梯の川俣神社

この神社の森が「真鳥(イヌワシ)住む雲梯の杜(もり)」といわれるような神々しい社(もり)なのである。
この「特別の森」はどこから始まるか、それは出雲国造神賀詞(いずものくにのみやっこのかんのよごと)に触れられるところから始まると言われている。

出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんのよごと)は、新任の出雲国造(県知事みたいなもの)が天皇に対して奏上する寿詞である。
霊亀2年(716年)から天長10年(833年)までの間に15回の記録があり、さらにそれよりも数十年早くには始まっていたという論もあるようである。

この神賀詞(かんよごと)に国譲りのことや、オオナムチが天皇の世を支え、祝う言葉が連ねられている。

万葉集のツアーで雲梯(うなて)に行けば、この神賀詞を紹介する。
一番の簡単説明だと次のようになる。

出雲の県知事が「国を譲った。そしてオオナムチは出雲大社にいて、自身の和魂(にぎたま)は三輪に、子どもは葛城の鴨社に、子どもは雲梯に、子どもは飛鳥坐神社に坐して天皇を守っている」と奏上して天皇の世の末永きことを祝った。そこで言われている雲梯はこの場所で、神にかけてというような誓いの対象となるような神々しい森なんだ・・・という具合だ。

もう少しキチンと紹介するパタンであれば、
大穴持命は八百丹杵築宮(きつきのみや、出雲大社のこと)に御鎮座
この国は大倭国でありますと申されて
御自分の和魂(にぎたま)を八咫鏡に御霊代(みたましろ)とより憑かせて倭の大物主と御名を唱えて大御和(おおみわ)の社に鎮め坐させ、
御自分の御子、阿遅須伎高孫根命(アジスキタカネヒコ、オオナムチの三子)の御魂を葛木の鴨の社(御所市高鴨神社)に鎮座せしめ、
事代主命の御魂を宇奈提(雲梯)の河俣神社(かわまたじんじゃ)に坐させ、
賀夜奈流美命(かやなるみ)の御魂を飛鳥の社(飛鳥坐神社、事代主神・高皇産靈神・大国主と並んで)に鎮座せしめて皇御孫命の御親近の守護神なろう


こんなことを話しながら、川俣神社の由緒や雲梯の杜のお話しをするつもりである。


万葉歌は…

真鳥棲む雲梯の杜(もり)の菅の根を衣にかき付け着せむ子もがも  (巻7-1344)未詳
思はぬを 思ふと言はば 真鳥住む 雲梯の社の 神し知らさむ(巻12-3100)未詳


古い本だが松山健氏の「出雲神話」(講談社現代新書)を読み、出雲国造神賀詞奏上式を勉強した。
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この本では他にもたくさんのことを学んだ。いくつかを列挙すると・・
①出雲神話には虚像と実像がある。
虚像は記紀における出雲を舞台とする神話群
実像は「出雲国風土記」に記されている。
②出雲神話を国中に広めたのは巫覡(ふげき)である。神を祀り神に仕え、神意を世俗の人々に伝える人。女性は「巫」、男性の場合は「覡」で合わせて巫覡という。
③出雲が大和朝廷に政治と文化で対立するほどの証拠はないとしている。
④出雲神話を大和朝廷に持ち込んだのは、出雲国造らの始めた神賀詞奏上式であり、これでオオナムチを売り込んだ。

とりあえず、こんな具合で出雲国造神賀詞の話が、できるところまでは到達できた。ツアーは12月である。
by koza5555 | 2013-04-19 20:37 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

まほろばキッチン 産直レストランで昼食

まほろばキッチン、14日から三つのレストランも開店するグランドオープンである。
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今日はまほろばキッチンの産直レストラン(かぐやま)でお昼ご飯である。
14日がグランドオープン、そろそろかと昨日の17日に出かけたが、一時間待ちで断念。
これも満員のフレンチレストラン、ときわで来週の予約だけして帰った。
11時からというので10時40分くらいから並ぶ。列は次々と伸びる。
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11時のオープンで入る。料金を支払う。ソフトドリンク混みで1575円。時間は70分で、6月まではアルコールは提供しないとのことである。座席は120席程度。団体予約も入れているようだ。

「産直レストランでは、生産者の思いの込められた旬の農産物の美味しさを消費者に伝えるJAらしい産直レストラン運営をめざしています。県産野菜を存分に使い、身体にも心にもやさしい家庭料理を楽しんでいただけるバイキングレストランとシェフが腕をふるった料理内容で奈良の農産物を堪能いただける特選レストランの2つのスタイルで「奈良の美味しい食」を味わい、「地産地消を体感できる場」の実現をめざしています。」まほろばキッチンHPから
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食事はこんな感じである

天井が高くて、ビュッフェ形式のレストランとしては、とてもゆったりで、窓から三輪山を眺めれてロケーションは優れている。

あっちゃんは「普通のビュッフェレストランとは、メニューが相当違っていて、お味もなかなか」と合格点をつけている。食感、色彩など手作り感もタップリで、「地産地消を体感できる場」の看板に偽りがない。

あえて難を言えば、お客の入りに対して、厨房がちゃんと機能していない感じで、オープンの1ラウンドの客として入ったのに、すべての料理が並んでいなとか、次々と品切れとなりクレームが出たり、レジや案内のウエイトレスの人も慣れていなくて、バタバタしている。今後の改善を期待したい。

そんな期待がかなえられるだろうと見越して、12月の万葉集の奈良盆地南部(橿原、田原本、三宅など)のコースは、昼食はこのレストランと密かに決めた。
by koza5555 | 2013-04-18 22:42 | | Comments(0)

野口君と志岐さん

野口君という方が桜井の川西にいる。
志岐さんという方が奈良の帝塚山にいる。
二人はカメラマンである。「野辺の送り」という写真展を大阪で開いている。
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大阪、それも梅田である。ヒルトンプラザウエストオフィスタワーの13階、ニコンプラザ大阪にて17日まで開催である。ヒルトンホテルの西にある。理由のない立ち入りははばかられるような、現代の高層ビルである。
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13階のエレベーターホールからニコンプラザを見る
この近代的なビルの中での「二人展」のテーマは「野辺の送り」である。
昨年の4月、僕が談山神社の神幸祭、お渡りで歩いている同じ日にお二人は偶然、奈良市田原で野辺送りに直面したという。車を降りて、その場で撮りに撮った写真が全体の8割を占めている。

野辺送りの撮影だもの、二人はていねいに許可を求めたと思う。故人を悼み、慈しむ葬儀の参列者の思いが正確に描き出される画像の数々に圧倒される。

偶然のチャンスを生かしたように思えるが、
いつも走り回っていること、
日ごろの勉強でチャンスを生かすセンスが磨かれていること、
そのチャンスを生かす技術の裏付けがあること、
それが僕にもわかるようなすばらしい二人展であった。

僕は2年も前に志岐さんのブログを読んで驚いた。とにかく取材が丁寧である。とにかく取材の相手の話を良く聞いて写真を撮っている。自分が書いているブログを恥ずかしいと思うほどの衝撃だった。

野口君の特徴はモジャモジャのひげである。深い技術の裏付けがあるとお聞きする。同じ桜井の方ということもあり、とにかくどこでもお会いする。大きなカメラを持って現れる。さりげなく、さりげなく声をかけ、挨拶をして接近を重ねて今日に至る。
「時間をかけてチャンスを作る」とか「キャプションに逃げない写真を」という思いを何度も語られた。

お二人が、「チーム」だということは最近知ったばかりだが、今後の活躍を応援したい。そして、時々写真のことを僕にも教えていただきたい(笑)ものだ。

「野辺の送り」二人展は4月16日は午後6時半まで、17日は午後3時までである。
by koza5555 | 2013-04-16 00:30 | 奈良 | Comments(0)

ちゃんちゃん祭り

「祭り早いは ちゃんちゃん祭り 祭りじまいは おん祭り」と謡われる、ちゃんちゃん祭りは春の山辺路を巡行する風物詩である。

4月1日、大和(おおやまと)神社のちゃんちゃん祭り。メインの渡御祭は午後1時30分からはじまった。

大和神社を出発するお渡りの、佐保庄の今年の順番は9番である。
9番だと乗馬、甲冑という役割がある。
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隋身(ずいじん)という子どもの仕事があり、菅のさしは、紫のさしは、産御幣と合わせて大字の役員が付き従う。神輿に3名の割り当てもある。

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中山の御旅所に差し掛かる最後の坂を上るお渡り、神輿

ちゃんちゃん祭り、僕はいくつかの疑問を持ったままであったが、今日一日、一緒に歩いて三つのことが解決した。
①ひとつは長岡の岬の御旅所のことである。
お渡りは一か所だけ、神輿を降ろして休息する場所がある。それは岸田であるが、その場所こそ長岡の岬(ながおかのさき)だった。

大和神社の御祭神は日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)で宮中に祀られていたが、崇神天皇の時代に国中に病気が蔓延したため、宮中から外に出されることになった。その地が長岡の岬(ながおかのさき)ということである。その後、現在地に移ったと社殿が明らかにしている。
始めの御旅所は長岡の岬。御神輿が置かれる台があり、左回りで3周半という龍の口の舞が奉納される。
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②ちゃんちゃん鐘のこともすごい。お渡りは常に鐘を鳴らしながらすすむ。これがちゃんちゃん鐘ときいてきた。
ところが実はそれは俗説で、本来の意味は長岳寺の僧の出迎えの鐘とのことである。
「お渡りはまだか」と長岳寺の僧が出迎えに出る。7度半ののぞきがあり、お渡りが到来する。「きたぞ」と鐘を鳴らす。これがちゃんちゃん鐘という。
いまは、長岳寺の僧ではなくて、列の先駆がその役割を果たす。
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ちゃんちゃん鐘を叩く、先駆。この鐘はお渡りちゅう、ここで、一回だけ叩かれた。

③中山が若宮社で食べる素麺のことである。
いつかの講演で、春日大社の岡本権宮司が、「ちゃんちゃん祭りで一つの大字が素麺を食べる。そのそうめんの食べ方に特徴があり、汁を付けずにわさびを絡めて食べる。これが素麺の中世の食べ方」と紹介された。
これを調べた。そうめんを食べるのは、御旅所を管理する中山の特権とのことである。
あまりおいしくないので、最近は汁を多めにして食べているようである。
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そんなこんなで、5日ほど大和神社に通った。佐保庄のみなさん、ありがとうございました。
by koza5555 | 2013-04-02 00:06 | 桜井・山の辺 | Comments(2)

ちゃんちゃん祭り 佐保庄の宵宮渡り

4月1日、今日は大和(おおやまと)神社のちゃんちゃん祭り。メインの渡御祭は午後1時30分からである。

それに先立って、3月31日は宵宮渡り・宵宮祭が行われた。祭に関わる9ケ大字が時間を決めて参拝する。
ちゃんちゃん祭りの所役は3月23日の宮入の時に抽選で決めらる。各大字はくじを引き、番号が決まる。その番号で所役が決まり、祭の様々な順番が決まるのである。佐保庄は最後の9番を引いた。したがって宵宮渡りも最後である。
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大鳥居をくぐった佐保庄
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ささやかな時間でも遊ぶ子
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緊張した神事の前に一瞬のポーズ

午後、弟頭屋に集まる。玄関先で手を清め、門飾りの上で手を清める。
時間を合わせて大和神社に向かう。
洗米をくくりつけた竹の御幣、頭人児、頭屋と並んで出発する。

佐保庄が作るチマキを届けるのも宵宮渡りの大切な仕事である。今年は20本を作り届ける。ま薦を単にしばってあるだけではなく、中には餅(薦の束)がはいっているという念の入ったものである。
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さあ、今日はちゃんちゃん祭り、いよいよ本番だ。
by koza5555 | 2013-04-01 11:23 | 桜井・山の辺 | Comments(0)

ちゃんちゃん祭り、頭人児と宵宮渡り

4月1日は大和(おおやまと・おやまと)神社のちゃんちゃん祭りである。
佐保庄(さほのしょう)は24日に祭の「ちまき」、「かざぐるま」をつくり、頭人児(とうにん)のお披露目、直会(神酒のクチアケ)をおこなった。

この日から頭人児は神の児となり、大和神社に白装束で日参することになる。
これにあわせて、頭人の玄関には小さな御幣が立てられる。
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クヌギの割木を番線で束ねる。番線の上を覆うように藤蔓を巻き重ねる。
芝を載せ、そこに杉の生け垣を作り御幣を立てる。弟頭屋の玄関の飾りには神棚が飾られる。

兄頭屋の玄関には御幣であるが、御幣は見当たらない・・・
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31日は宵宮渡り。御幣を持ち、佐保庄と書かれた旗を持って、決められた路を通って、大和神社に。参拝をすませて素戔嗚神社にて解散である。
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佐保庄の旗。旗竿は毎年女竹を切り削って作る。

佐保庄の素戔嗚神社。静かなたたずまいである。
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by koza5555 | 2013-03-26 22:08 | 桜井・山の辺 | Comments(0)

JTBツアーのガイド

4月から9月にかけてJTBのツアーガイドを行う。
今日、JTBの担当者とお会いして判ったことがいくつかある。
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このツアーは「京都・びわ湖・奈良 個人型フリープラン」というパンフレットで紹介されている。

このツアーはJTBを通して京都や奈良のホテルに宿泊予約した人だけが参加できるツアーである。料金2000円、そのうち1500円は食事代ということで、バス代が500円である。
「どうしてこの値段?」と思うよね。このツアーは宿泊客へのJTBのサービス(持ち出し)とのことである。
「奈良ホテルやホテルサンルートに泊まって、桜井や宇陀の美仏を拝観しよう」ということである。
そうと聞けば話は早い。奈良の宿泊客は遷都祭が行われた一昨年と比べて昨年は大幅な減少、今年も飛躍が望めない状況という。
奈良の観光客(宿泊客)を増やすために、地元の四ケ寺の魅力を活用しようということだ。
桜井・宇陀の情報の発信をしている僕にとって、これは願ってもないチャンスだろう。
JTBにとってもこうした地元情報を発信する団体とコラボしてとりくむツアーは、全国でも珍しく、成功させるように注目されているとのことである。

「奈良には歴史とお寺しかないの」という声があり、「新しい観光の目玉を作らねば」と言い募る方がいるが、僕の意見は少し違う。「奈良の神社仏閣、奈良の歴史をもっと丁寧に、もっと楽しく語る、その道に研鑽しているのか」と問い直したいのだ。
無い物ねだりをしたり、奈良のいいところを壊していくような観光開発では奈良の魅力、奈良の観光は広がらないと考える。

こんなことも含めて、JTBの企画に、もう一つ力を入れてみたいと思う。

さて、「2000円の美仏ツアー、私も参加したい」という声をあちこちから聞いたが・・・奈良のホテルにね、泊まることが条件なんだ。
パンフレットはJTBの営業所ならどこででも手に入るとのことである。
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このツアー、コースは近鉄とJRの奈良駅発で長谷寺、室生寺、聖林寺、安倍文殊院とまわる。室生寺の橋本屋の精進料理もついて2000円の激安ツアー(拝観料は各自もち)である。

ツアーの予約状況は、4月28日(日)が17名、5月5日(日)が9名(定員は40名まで)とのことで、このパタンのツアーではとても出足が早いとのことである。

3月20日には、ガイドを担当するまほろばソムリエのみなさんの研修会である。僕にとっては、これがガイドの「通し練習」ということなる。
このツアーが決まった昨年末から何度も回ってきた長谷寺、室生寺、そして地元の聖林寺や安倍文殊院の魅力を力いっぱい語る。
by koza5555 | 2013-02-27 23:38 | 奈良 | Comments(0)

奈良県立美術館の田中一光展

先日、田中一光展のチケットを2枚いただいた。家に持ち帰るとあっちゃんも2枚持ってニコニコしている。産経新聞の読者サービスでいただいたとのことである。

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田中一光展、チケット

思い立って20日、奈良市に出かけた。
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五重塔である。電線がない。左側図書館、右側サンルート奈良ホテル

所用があって、もちいどのを通り、行基広場の工事現場を見て、県立奈良美術館に。
あっちゃんは無印良品のコアなファンである。あっちゃんは田中一光には「無印良品」つながりでも大きな関心があった。
田中一光は、奈良市出身で20世紀の日本のグラフィックデザイン界を代表するデザイナーである。そして、その作品を見れば、だれしも心当たりがあるというようなデザイナーである。
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県立美術館

展示を見ながら、いくつかを驚いたり感じたり。

田中一光にも不遇な時代があったこと。画家としての優れた力はあったが、アートデザイナーとしての道でこそ、その才が花開いたと思える事。

ポスターの表現にこそと心血を注いでいる。40枚ほどの産経観世能のポスター、奈良シルクロード博(5枚)、アムネスティ・インターナショナル(2枚)などの70枚ほどの様々な企画ポスターは迫力がある。
ポスターは苦悩、呻吟の中で生み出されるが、出来上がるポスターには作成時の苦悩は見せず、陽光に照り輝くものだったと説明されていた。

綱が20枚ほどあったが、すべてが紅白などのお祭り用で右よりである。右よりの綱は明るい。ところがアムネスティのロープの絵だけはなぜか、左より・・・ん?なんで・・なんて変な所を見ていて、自ら観察の視点のズレを感じたりもする。

自分の人生を振り返れるような田中一光展であった。

期日は3月20日まで、県立美術館で。昨日の産経新聞奈良版には招待チケットを先着順に送ると書かれていた。産経新聞、奈良支局にハガキを出すとチケットが届く。
by koza5555 | 2013-01-21 00:48 | 奈良 | Comments(2)

阿騎野、「かぎろひを観る会」

今年の「かぎろひを観る会」は29日である。旧暦の11月17日に行われることから、今年は29日。大宇陀かぎろいの丘万葉公園で開催される。

「人麻呂の歌が詠まれたとされるこの日に『厳冬のよく晴れた夜明け、日の出1時間ほど前に現れる最初の陽光』という説に基づく[かぎろひ]をたき火を囲んで待つ。阿騎野朝市などの催し物が行われる」(宇陀市観光サイト)。
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旧暦の11月17日は「壁画・阿騎野の朝」を描かれた中山正實さんが東京天文台の協力を得て、持統6年(692年)陰暦11月17日午前5時50分頃と決めたとのことである。
この日が満月という事なんですよね。

あいにく重たい雲がたちこめて、かぎろひは出なかった。しかし、万葉集が好き、柿本人麻呂が好き、阿騎野が好きという方がいっぱい集まった。

そして大きな篝火が焚かれ、参加者には葛湯がふるまわれた。

16日の古事記ツアーで阿紀神社を訪れた時、能楽堂の前で「かぎろひを観る会の日にここに生け花を活けます」という女性に会った。
「大きいなあ、どうしょうか」と考えられて見えたが、それも見てきた。なるほど、こんなふうに活けられて、能舞台に良く映える花だった。
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阿紀神社、能舞台と生け花

春、「大海子皇子、東国発ちをたどる」というツアーを案内した。
愛知県の稲沢の歴史研究会のリクエストだった。

コースは宮滝、宇陀吾城、甘羅(かむら)、菟田郡家(うだのこおりのみやけ)、大野、隠駅屋(なばりのうまや)である。その先は僕の守備範囲外ということでガイドを他の方に譲った。

その時、かぎろいの丘に登った。
下見の時から見てはいたが、ここに柿本人麻呂の阿騎野の長歌と短歌一首の歌碑が置かれている。

持統天皇6年(692年)の柿本人麻呂、阿騎野の歌(長歌一首、短歌4首)である。
さすがに「東の野にかぎろひの立つみえて かへり見すれば月傾きぬ」(巻1の48)は読めたが、そのとき長歌が読めなかった。
今日はそれを、小声だが、朗々と読み上げて帰ってきた。
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万葉集 巻1-45 柿本人麻呂 長歌
by koza5555 | 2012-12-29 21:58 | 宇陀 | Comments(0)