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4月1日はちゃんちゃん祭り

「祭り早いは ちゃんちゃん祭り 祭りじまいは おん祭り」の大和神社(天理市)のちゃんちゃん祭りは4月1日である。
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この準備が始まる。成願寺・兵庫・長柄・新泉・岸田・佐保庄・三昧田・萱生・中山の9大字が参加するが、ある大字から「3月24日の午後、風車、飾りを作ります。稚児の家の飾りもつきます。おいでになりませんか」とご招待をいただいた。
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写真を撮りたい人や、お話しを聞きたい方、ちゃんちゃん祭りを楽しむために準備も見たいという方で集まって見学しようという「ツアー」(僕だけでも行きますけど・・)を組むことにした。

3月24日(日)12時30分。大和神社参道入り口駐車場に集合(駐車場の状況が判らないので一応ここから歩く予定)。解散は適時。費用はお神酒料、資料代で200円。
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いかがでしょうか。村への連絡もあるので一応コメント(鍵コメでもいいです)に書き込んでいただけませんか。
by koza5555 | 2013-03-17 08:38 | 桜井・山の辺 | Comments(2)

山辺道

酷暑のなか、山辺道を歩いてきた。
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赤い線が歩いた路である

山際と集落を縫うような道である。

ところで山辺道は古事記と日本書紀に明示されている。
「山辺道をたどる」みたいな記載ではなく、陵墓の説明の中ではあるが。

古事記は崇神天皇の陵を「山辺之道勾岡上陵」(やまのべのみちのまがりのおかのえのみささぎ)としている。
景行天皇陵は「山辺之道上陵」(やまのべのみちのえのみささぎ)である。
 
一方、日本書記は崇神、景行両天皇とも御陵は「山辺之道上陵」(やまのべのみちのえのみささぎ)としている。

ここらあたりの記述は、現地の実情を反映しているとみて差し支えない。
こんなふうに、山辺道が通っていた。


古代の山辺道を考えてみたい。
景行・崇神天皇陵の西側(下側)を通っていることは間違いない。
現在のように、民家を縫うような道でないことは確かである。

しかし、この道はまだ発掘されていないから、それぞれの想像力、推理力の世界である。
古代の地形を考えることが前提となる。

古代想定の山辺道、でも、これは歩けない。
現在の山辺道を歩きながら考えるのみである。
天理トレイル青垣から歩き始めた。

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景行陵、北側から見た耳成、畝傍山

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おなじみの三輪山。酷暑のなか歩く人はいなかった

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珠城山古墳と二上山

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東谷の手前の三分石。持ち山の面積に応じて水利権が石で分割されている

纏向周辺は大型古墳があり、いくつかの宮があったとされている。
ヤマトトトヒモモソヒメの箸墓古墳と合わせて、これが邪馬台国そのもの、そして連続した王権という見方の方も増えている。

邪馬台国の問題はさておいても、この一帯が大和王権の始まりの地であることは間違いないだろう。
by koza5555 | 2012-08-20 00:28 | 桜井・山の辺 | Comments(0)