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奈良・桜井の歴史と社会

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当麻ウォーク。加守廃寺跡とか掃守神社

3月22日(水)に「大人の学校」で、当麻寺の周辺のウォーキング、紹介して、お誘いいたします。

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当麻の首古塚古墳から二上山

午前10時に二上神社口駅集合、加守神社、加守廃寺跡、傘堂、鳥谷口古墳、首子塚古墳、当麻寺中の坊にて「曼荼羅絵解」、金堂、講堂を拝観して、当麻寺駅に至りて中将餅を賞味、午後4時過ぎに解散である。

はじめが加守神社、実は主殿は倭文(しとり)神社といい、織物の神様である。天照皇大神の衣を織ったとされる。
左脇殿が二上神社といい武と文の神。
右脇殿が加守(掃守 かもり)神社で、産婆・産育の神であり祖とされる。神武天皇の父が生誕するとき産室に群がる蟹を掃き清めた天忍人命(あめのおしひとのみこと)を祀る。
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この神社のオンダ祭りが独特で、他には見られない内容や所作がある。
オンダ祭りの牛を地元の小学生(宮本の加守の男の子)が演ずる。
この牛がオンダの所作中に出産する。
川西の六県(むつがた)神社のオンダでは、人が子を産むという所作があるが、牛が出産するというのはここだけだ。

こちらのオンダ、斎行日は「4月15日の前の土曜日」と決まっていて、今年ならそれは4月15日ということだ。


倭文(しとり)神社(加守神社)のご本殿の背面(西側)には、加守廃寺跡が残されている。
加守という地名は古代氏族の「掃守氏」の本貫地として知られる。雄略天皇の時代からの氏族である。廃寺からは奈良時代中期の軒瓦が発掘されており、長六角形の特異な構造の建物跡も発掘されている。
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(『大和の古代寺院跡をめぐる』から)

その後、傘堂、鳥谷口古墳を見学、首子塚古墳にて二上山と当麻寺を眺望する。
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東西の国宝三重塔・・・と言いたいが。当麻寺西塔は工事に入り、覆屋に入った。3年くらいはこんな状態らしい。

当麻の里を巡った後は、当麻寺・中之坊にて當麻曼荼羅の絵解きをお聞きする。めったに聞けない曼荼羅の絵解き、これをお聞きするウォーキングである。


実施要項は以下の通り。メールでお申込み、お願いたします。
■実施日    平成28年3月22日(水)雨天決行
■集合時間午前10時 
■集合場所   近鉄 二上神社口 
■コース(歩く距離 7km程度)
近鉄二上神社口駅 集合10:00 → 加守神社→ 加守廃寺跡 → 傘堂→ 鳥谷口古墳→ 12:00 昼食(ふれあいステーション、食堂)→ 首子塚古墳 →  当麻寺中の坊 絵解予約時間13:30から → 14:30当麻寺曼荼羅堂→ 金堂→ 講堂 (15:30)→ 当麻寺駅解散 16:00
■持ち物  水筒、帽子、雨具をお持ちください。食事は当麻ステーションの大食堂を利用します。
※歩きやすい服、靴でおいでください。
■参加費 2100円【当麻寺(500円)、中之坊(解説料含む800円)資料代・学校経費800円】

ぜひ、おいでください。申し込みは メールにて kozaburo@cg8.so-net.ne.jp
by koza5555 | 2017-03-09 22:54 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)

ゆかりツアーの思い出

昨年の十月から今年の一月まで、留学生のモニターツアーを案内した。
一泊二日で6回、奈良県下を駆け回り、80カ所くらいで留学生に観光案内をしたのである。

調査が足りずに主観的なお話もたくさんしてしまい反省をしている。
しかし、奈良への思い、奈良県人への熱い思いを精一杯語ったつもりではある。

奈良を語るには、それなりの歴史観がやはり必要である。
中国や韓国、ベトナムと台湾、フランス、ポーランド、リトアニアからの留学生を案内した。
中国との古代の長い交流と日本が受けた影響、、韓国(百済や新羅)との交流や一体の文化圏について語ると、みなさんは弾んだ思いで話を聞いてくれた。一方、ベトナムの留学生とは唐の横暴との戦いを語って盛り上がるとか・・そんな具合だった。

奈良県中を回ってあれこれの下見戸勉強を行い、ツアー当日の説明など僕としてもほんとうに大きな勉強ができたと満足していた。

今日の午後、中国の友人からメールがきた。
「中国版のTwitterに(Weibo)雜賀さん発見o(^▽^)o」である。

記事の内容は12月21日・22日の当麻寺、吉野・宮滝という複雑コースのツアーだった。
「吉野での思い出、お菓子つくりの体験ができました。お醤油工場の見学もできました、満喫の二日間でした。自然と戦いながら共存する日本人に感心しています」と書かれていた。

ま、これは観光のモニターツアだったが、こんなコメントが「中国版のTwitterに(Weibo)」に書かれたら…ジーンときません?

ガイド冥利ですね。
こんな出会いを求めて、さらに勉強を重ねていこうと心に決めた夜でした。

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写真は吉野杉の大桶で一年間、 じっくりと時間をかけて熟成するという梅谷醸造元


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ツアー最後の宮滝

by koza5555 | 2014-03-12 22:52 | 奈良 | Comments(0)

當麻寺と吉野

12月のゆかり(留学生)ツアーは當麻寺と吉野である。
一泊二日で、とことん見て、歩いて、体験しようというコースであるが、何を見るか、何を話すかである・・・

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共通項は役行者である。写真は仏隆寺上の唐戸峠の役行者

「七人の役小角」(桜桃書房)という本がある。司馬遼太郎とか黒岩重吾、永井豪などが書いているのである。
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いままで、役行者のことはあまり考えてこなかった。

まず、當麻の地は役行者ゆかりの地とのことである。
当麻寺の金堂ご本尊の弥勒菩薩仏には、役行者の所持していた孔雀明王像が胎内に納められているという。

岩橋山もある。役行者が日本中の鬼神を集めて、葛城から吉野へ岩橋を架けようとした。一言主神が藤ヅルで縛り上げられとのエピソードがある岩橋のことだが、この山から吉野に向かう橋、この端っこが残っている山なのである。その端っことは・・・僕も登ったことがあるが、その端っこを見てこなかったという間抜けである。岩橋山、名前より姿をご存知で、南阪奈道路を橿原から大阪府に向かう時、正面にドーンと見える山である。

茅原の吉祥草寺と大トンドも語りたい。吉祥草寺は役行者の生誕地とされている。「御隆誕の時・・・大峯の瀑水を吸みて役ノ小角を潅浴す、その水、地に滴りて井戸となる」(吉祥草寺伝)である。
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1月14日に行われる茅原の大とんど。吉祥草寺HPから

吉野行けば・・・吉野の桜である。
役行者が孔雀明王経で、まず祈り出したのは弁財天であるが、これは「優雅すぎる」とした。弁財天は天河に飛び去り、これが天河弁財天とのことである。
地蔵菩薩を祈りだしたのち、最後に憤怒の形相の不動明王を祈り出した。行者41歳、天武3年(674年)のことという。この憤怒の形相の不動明王を役行者は桜の木に彫りつけたというのである。

後に、後醍醐天皇は吉野山において、幕府軍の攻撃をはね返した時に、「これはひとえに役行者の威徳である」として、多くの桜を植えさせて蔵王権現の手向けにしたことが知られている。

役行者の晩年にも秘密がありそうである。
伊豆にながされた役行者は、一度、大和に帰ってから「仙人になる」と言い残し母とともに、天に上ったとも、高麗の国に渡ったともいわれている。(役小角の伝説)藤巻一保


こんなような話でつなぎながら、當麻・吉野を一泊二日で案内してみるけど、どうなるだろうか。

当麻寺で中将餅を食べたり、吉野では柿の葉寿司を作って食べたり、宮滝でしょうゆを舐めたり・・・体験やお楽しみも一杯組み込むツアーである。
by koza5555 | 2013-11-15 16:27 | 橿原・明日香・吉野 | Comments(0)