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奈良・桜井の歴史と社会

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雄略天皇 泊瀬朝倉宮

犬養孝の「万葉の旅」にそって桜井市などを案内することになる。

桜井を案内するとなると、地域は明白である。立っている場所と風景を語りながら歌を説明して、みんなで歌う。

万葉集発燿の碑がある。万葉集は雄略天皇の妻問歌(つまどいうた)が巻1の1である。
「こもよ、みこもち、ふくしもよ」の歌である。
当時の詩情が伝わってくる。
脇本から黒崎にかけての歌とみられ、黒崎の白山神社に雄略天皇の歌、万葉歌碑を建てた。
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雄略天皇の宮と言われた天の森の下からの遠望
そして、次に山の辺の道なら檜原神社あたりとなる。

このように順次案内しても楽しいだろうか。僕には、それは横糸みたいなものに思える。
やはり場所ごとのテーマがほしい。それから読み人を語らねばならない。そんな経糸がなければ、驚きもなければ感動の糸口もないだろう。
そんなことをキチンと考えて、勉強して解説できれば、おもしろいツアーができると考える。

第21代雄略天皇のことである。
泊瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)である。
上岩坂に宮があったとの説がある。
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岩坂の十二柱神社
黒崎の天の森という説もある(下の画像、棒杭が立つだけである)。
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そして、脇本遺跡から五世紀の掘立て柱抜き跡などが発掘されたりして、学術的には脇本遺跡に雄略天皇の朝倉宮があったと言われるようになってきている。天の森や岩坂を発掘しようとする人は誰もいないが、脇本は橿原考古学研究所が今も発掘をすすめている。

熊本県の江田船山古墳や埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣銘が「獲加多支鹵大王」(ワカタケル)、すなわち雄略天皇をさすとし話題を集めたことを説明し、

記紀ともに触れている一言主さんとのことを解説する。
「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神、葛城の一言主大神ぞ」とまをしき。天皇もかしこまるというのが古事記で、日本書紀はともに狩りを楽しむとある。

もちろん万葉集の始まり、巻1-1が一番のポイントである。
籠もよ  み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち
この丘に 菜摘ます兒  家聞かな 名告(の)らさね
そらみつ 大和の国は  おしなべて 我こそ居れ  しきなべて  我こそませ 
我こそは告(の)らめ  家をも名をも

少し脚色したら面白くなりそうである。ただ、あの黒崎や出雲の165号線で大型バスを停めてツアーの参加者を降ろしたり乗せる方法があるだろうか。
by koza5555 | 2012-12-15 00:51 | 万葉の旅 | Comments(0)
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