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奈良・桜井の歴史と社会

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談山神社 観音講祭

談山神社は6月22日、神廟拝所において観音講まつりを開催した。

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観音講まつりの談山神社。これは本殿前のアジサイ

アジサイはまだまだ楽しめる。標高500メートルの力で長谷寺などと比べても5日は遅い。

さて、6月、今頃の日曜日は談山神社、観音講祭である。
多武峰、妙楽寺は明治初期の廃仏毀釈の嵐によって、数多くの仏像がことごとく流出、廃棄されてしまう。
そのなかで唯一残された仏像が、神廟拝所に置かれている如意輪観世音菩薩である。
残された経過も不明で、秘仏として公開もされてこなかった・・・というより、神社としては祀りようがなく公開してこなかったというべきか。

談山神社はこれを公開して、現在は祭も行っているのである。
「仏さまを前に神職が祭りごとを行う。どうだろうかというご意見もあろうが、神仏混淆の極致であった多武峰でこうした祭を行うことは、歴史に合っているのでは」と長岡千尋宮司は言われる。こんな経過で、この祭も執り行われるようになったのである。

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如意輪観世音菩薩坐像である

今年は、この祭の主役の一人だった室原慶和さんが退職されていて、どんな具合に運営されるのかと心配していたが、案ずるには及ばずで神事の後は 松村龍古 談の会(かたらいのかい)事務局長が、観音様の功徳の力を簡潔・明瞭に説明されて参加者の共感を受けられた。
心強い限りである。

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神事のあと観音菩薩を語る松村 談の会事務局長

藤原鎌足の長男の定慧和尚が唐から観音像を招来したという。この像は永久4年(1146年)の水害で失われたが、その像を模して、現在の如意輪観世音菩薩像は造像されたといわれる。髪型、衣文などからみて、南都の在地仏師の手により、1200年代に造られたと推定されている。

さて、僕の最近の関心事は狛犬である。
神廟拝所の檀上(元の須弥壇?)には、二組の狛犬が置かれていた。
まずは木造の狛犬。鎌足公御神像を守る形で阿吽像である。頭身が同一方向にあり、社殿前に置かれることを想定せず、神殿内部に置かれたものと思われる。
吽の角が折れている他は破損がなく、表情の優しさが特徴である。

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木造の狛犬、今まで注意しなかったが実に堂々たる狛犬である



石造の狛犬も置かれていた。
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神廟拝所の檀上には、もう一組の狛犬が置かれていた。
これも由緒深げな狛犬で、神社に聞き忘れてしまったが、これは境内社の比叡神社から移されたものであろうか。比叡神社は寛永4年(1627年)の棟札があり、飛鳥の大原から談山神社に移されたものである。狛犬も同じように、この道を登ってきたのだろうか。
しっかりした姿勢、口角が上がった口元、はっきりした鼻孔、複雑な尾、狛犬は楽しい。(狛犬の項は、「狛犬の研究」奈良文化財同好会による)

さて、談山神社のアジサイ、しばらくは見ごろである。久しぶりに一度どうでしょうか。そして、神廟配所の狛犬、ぜひ熟視、願いたい。
by koza5555 | 2014-06-22 23:41 | 桜井・多武峰 | Comments(0)
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