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奈良・桜井の歴史と社会

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JTB美仏に出会う旅

明日は、「奈良まほろばソムリエと巡るJTB美仏に出会う旅」である。
7月~9月にかけて12回のツアーの始めの日である。奈良まほろばソムリエが分担してガイドを務めるが、今回のシリーズ、僕は初日と最終回だけ参加させていただく予定である。

長谷寺、室生寺、聖林寺、安倍文殊院のコースで、昨年の春から何度も案内してきたコースであるが、今回は室生寺の様子が変わっている。

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先週訪れた室生寺。この日は結構な人出だったが、「7月の例年の美術系の学生の見学がなくなったのがさびしい」と言われた方がいた


仙台市博物館で8月下旬まで(7月4日から)、「奈良・国宝 室生寺の仏たち」が開催されている。

「同寺にとっては例のない大規模な出陳となる。慈愛をたたえる十一面観音菩薩(ぼさつ)立像(平安時代初期)、釈迦如来座像(同)の国宝2点、12体全てがそろう十二神将立像などの重要文化財24点を含む93点が展示される」(河北新報7月4日付)と報道されており、この夏は、ご本尊の釈迦如来を除くすべての仏像は金堂からお出かけとなったのである。

明日は、その状態のはじめのガイドとなる。
金堂をどう語るか。
そこで、もともとの金堂の姿を考えてみたのである。

田中重治という方が、「室生寺金堂と創建当初の安置仏」を書かれている。
田中さんは、創建当時の室生寺の金堂は三尊形式だったとされ、可能性としては、「独尊像もありうる」との指摘をされている。

現在の金堂は釈迦如来、一体の独尊の状態であり、この田中論は大きな援軍である。

ご本尊は、始めは薬師如来として祀られたとのことである。
これだけの仏像である、田中さんは独尊仏という案に関心をもちつつ、「これだけの堂である、さすがに独尊仏ということではなく、三尊だろう」とされ、本尊は薬師如来、左脇侍(向かって右)は三本松の地蔵菩薩で右脇侍は不明であるとされる。現在の左脇侍の十一面観音像(国宝)は作風が違うということで、これにあたらず、「無くなった」とみるべきではないかと言われる。

では、どのようにして今の姿に変わってきたのか。
現在の金堂の五仏は、室町時代に春日大社の本地仏として集められたものであるとされ、
一宮は薬師を改めて釈迦
二宮は薬師
三宮は地蔵
四宮は十一面
若宮は文殊菩薩とのことである。

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絵にみえるようにと、こんなパネルも作ってみた

また、ご本尊は、はじめは薬師如来だが、春日本地仏の一宮として釈迦如来と改称されたのは室町時代初期とのことである。

室生寺が興福寺の支配を脱する江戸時代に釈迦如来は薬師如来として祀られ、明治から再び、釈迦如来とされる(明治になぜ釈迦と祀り直したかは不明とされている)・・こんな歴史があるのである。

室生寺の金堂のご本尊は、薬師如来として祀られ、釈迦如来と称され、江戸時代には薬師如来に戻され、明治からは釈迦如来である。

室生寺のある堂守の方は、「ご本尊は残っておられる。本来の金堂、弥勒堂(弥勒堂、釈迦如来坐像もお出かけである)を見てもらえる」と言われていたが、今度のツアーではこのご本尊に会えて、仙台では会えないのである。

こんなことなんだろうか。

7月6日のお客様はほとんどが関東の方である。
見た目というより、室生寺と金堂の歴史を語るというガイドである。

これはこれで、奈良まほろばソムリエの力が試されるというものである。
「美仏に出会えて良かった」と喜んでいただけるようなツアー、心を込めて案内するつもりである。

室生寺、金堂については、「日本の古寺美術13 室生寺」(保育社 鷲塚泰光著)を参照した。田中重治さんの論もこちらからの孫びきである。

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真夏の室生寺 五重塔
by koza5555 | 2014-07-05 10:38 | 宇陀 | Comments(0)
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