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奈良・桜井の歴史と社会

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見仏記海外編

みうらじゅん、いとうせいこうの「見仏記」、とうとう6冊とも読んでしまった。
見仏記5には長谷寺があり、安倍文殊院がある。6には談山神社があり、聖林寺もある。ここらあたりは、また機会があれば書くとして、今度のサプライズは見仏3、海外篇だった。

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「海外のことはいらないわ」と、これを外していたのだが、韓国、タイ、中国、インドで何が見れたのか・・気になるのである


韓国、タイ、インド、どこへ行っても、光背が一つの課題だ。
韓国では仏像には光背がない。仏像があり、それと同じ形の仏画が描かれている。
信者は仏像を拝むというよりも、仏画を拝むように見える。仏画があって、そこから出てきた、それを形にしたものが仏像という感じだ。
この仏画をさらに省略したものが・・日本の光背ではないかという仮説である。
光背問題はタイに行っても続く。ブッダや僧侶がまとう僧衣の盛り上がり方が、光背の方を示しているという論が出たり、インドではシバの神像が吐き出す円形の火炎から光背を感じ取れたりである。


なんといっても、インドの仏像が圧巻である。
西暦120年ころのブッダの像がある。これが、一番古そうであるが、ギリシャ文明の影響を激しく受けている。
アレキサンダー大王(紀元前327年)の遠征、それは一年間だけのことだったが、多くのギリシャ人がガンダーラに残り、この影響で仏像生まれたということである。


そして、仏像にはギリシャの文明の影響が強く含まれたが、ヒンズーの神が仏像に大きな影響を阿与えた。
ヒンズーの神像、ナーラーヤンとラクシュミーを祀る寺を訪れる。
いずれも蓮の花の上に立、きらびやかの宝冠をつけている。
ナーラーヤンは四本の手にほら貝に似たシンボルや法輪を持つ。吉祥天の原型とされているラクシュミーは肌の白さが目立つという。


最後に訪れるのはインドの国立博物館である。
仏像はわずかで、ほとんどがヒンズーの神像の乱立である。大黒天の原型も、四天王のファッションのルーツなど、そこには仏像の原点が残されていた。
始めは仏教に引きつけて、ヒンズーの神を見像しているが、二人はいつしか、ヒンズーの神像そのものに魅了されてしまうのである。


仏教にはあらゆるインドの宗教が取り込まれている。
踏まれる邪鬼はヒンズーの思想であり、十一面観音のルーツもそこには示されているのである。


素材の問題も考えさせられる。
インドは大理石の文明である。この仏像を、日本は木で作った。大理石文明とはちがう優しさが生まれた。
五重塔も同じである。中国の塔とも違うし、インドのパゴタと全く違う。
日本には雨が降った。そして木材は大量にどこにもあった。

インドをルーツの仏教はアジアの各地で生きている。
根っこは仏教だが、各地で独自のものもあり、各地の民と結びついている。

みうらじゅん、いとうせいこうの見仏、楽しく読みました。
by koza5555 | 2014-08-26 09:41 | 読書 | Comments(0)
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