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奈良・桜井の歴史と社会

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大茶盛と文殊菩薩の西大寺ツアー

10月、西大寺の大茶盛を軸にしたツアーを二回行った。

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西大寺は、まずは四王堂、それからご本堂と大茶盛である


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食事をしたのち奥の院(前回の快晴時の写真です)


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秋篠寺南門、八所御霊神社を経て、秋篠寺、東塔礎石。マニアックなところもご案内です

神功皇后陵、日葉酢媛命陵、成務天皇陵を経て称徳天皇陵で終わりである。称徳天皇陵では、陵よりも主として、称徳天皇と道鏡の盛衰を語る。


大茶盛りには西大寺の条件があり、「30名以上で」ということである。
NHKは受講生とソムリエのガイド仲間のみなさんのご協力で
大人の学校は、主催者の溝口さんの努力で、それぞれクリアすることができた。
一人一人の参加者があって、はじめて成り立った二つのコースで、ご参加なさった70名の皆様、今回はとりわけありがとうございます。


西大寺の創建は簡単に四王堂前で語るが、詳しくは光明殿前の万葉歌碑の前で語った。
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この里は 継ぎて霜や置く 夏の野に わが見し草は もみちたりけり(巻19-4268)


この歌碑は孝謙天皇(称徳天皇)、藤原仲麻呂、道鏡(道鏡を守る会)の西大寺創建に関わる3名が関係している。
万葉集の題詞によれば、孝謙天皇が光明皇后とともに藤原仲麻呂(恵美押勝)邸を訪れた時に、付き人の命婦(みょうぶ)の歌い、この碑を建てたのは「道鏡を守る会」ということである。

称徳天皇(当時は孝謙上皇)が仲麻呂を攻めるために発願された寺に、称徳天皇(当時は孝謙天皇)がらみの仲麻呂邸での歌があり、その碑を建てたのが道鏡を守る会だから、役者は総出演で、おもしろい。

僕は誰がエエモン、誰がワルモンという切口で入ったが、「判定はできない」という着地である。
道鏡がらみなら、日本霊異記とか江戸の川柳などで面白おかしい話が満載であるが、そういう形の話を持って行かずに、称徳天皇の栄光と悲しみを語った。

それから、西大寺の戒律と寺地を復活させた叡尊(興正菩薩)は、渡海文殊菩薩像を軸にしてで語ることにしている。大茶盛と本堂の拝観であれば、叡村は文殊菩薩が共通項となるのである。

午後は奥の院にお詣りして、叡尊が荼毘(だび)にふされたという五輪塔を前にして、ここで西大寺を総まとめする。


このツアーは各所でツアー仲間の友松さんに解説をしていただいた。
友松さんのガイドは、安定感がありとても信頼できる。今回も参加者に喜んでいただいた。
「大人の学校では始めてお話したが、熱心に聞いてくれて楽しかった」が友松さんの感想だが、それは謙遜で、友松さんの話で皆さんを引きつけたのである。

最後にこのツアー、妻のあっちゃんも通訳デビューである。
「通訳が用意されれば参加したい」というリクエストがあった。あっちゃんが通訳で参加して、アメリカの方も参加された。
あっちゃんは「カンペを持って話していたら、『それを見せて・・』って言われて、それを読まれてしまった」と、こぼしている。仏教の用語は難しくて、予習なしではなかなか難しい様子だったが、それでも無事デビューを果たした。
あっちゃんは、12月には通訳案内士二次試験の受験予定(一次試験の結果待ち)である。
今回の通訳デビューの様子は、 58才で英検一級、そしてその後・・・ で紹介しているので、見ていただきたい。

とにかくお天気もギリギリ持って、良いツアーができた。
愛知ぐるーうに続き、3日間、連続のツアーだったが、健康に歩くこともできた。
今回もありがとうございました。

最後にコース地図である
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by koza5555 | 2014-11-01 06:21 | 奈良 | Comments(0)
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