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奈良・桜井の歴史と社会

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談山神社から飛鳥へ

例年に増して多武峰・談山神社に足しげく通った年だった。
氏子総代としての参拝に合わせて、ツアーやその下見で何度も訪れたのである。

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講演準備の写真撮りで、新春に万葉展望台を訪れたことが一つの始まりだった。
「この眺望をみんなに見てもらいたい」、そう激しく感じたのが始まりだ。

この眺望、今年のうちに「大和路を行く」と「大人の学校」で二回案内することができた。
見たいものは「紅葉の談山神社と万葉展望台」、食事は神社の社務所二階(有料です)を借りると決めてコースを作った。

近鉄の「てくてくマップ奈良⑩、多武峰・飛鳥の里コース」にそったコースをそのまま活用することにした。

多武峰から明日香村、これは万葉展望台を経て大原か石舞台に下る道と県道に沿って気都和既(きつわき)神社(もうこの森)を経る道がある。
多武峰からは桜井の高家(たいへ)に出る道もあるが、今回はこの道は考えなかった。

5回ほど歩いてみて、眺望、歩きやすさなどから石舞台コースを選択した。
ちょっとハードだった。ちょっとした登山靴、ストックが必要なコースである。

多武峰には路線バスで登った。
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始めの解説は、学頭屋敷跡にて行う。
談山神社の前身が、妙楽寺と聖霊院(しょうりょういん)だったと説明する上で、神社の全景が見渡せる学頭屋敷跡が絶好の解説ポイントである。

談山(かたらいやま)は中大兄皇子と藤原鎌足が大化改新の相談をした所とされ、この地がその場所とされる。明治2年(1869)に談山神社として独立し、妙楽寺の名は消滅した。

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見て楽しいのはけまり祭、由緒からいうと嘉吉祭。これは本殿前での解説である。
とくに嘉吉祭については、和稲(にぎしね)、荒稲(あらしね)が展示されていることだからお話がしやすい。
多武峰が足利幕府の攻撃を受け、難を避けて、御神像が明日香の橘寺に遷座した。嘉吉元年に帰座したが、それを祝い、二度と出坐のないことを祈念して祭典を行った。

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十三重塔を見学して、社務所に入り持参の弁当の食事である。
神社を出て、西口で食事をするという方法もあるが、雨の予測やトイレのことなどを考えると、社務所をお借りするのが最適である。熱いお茶も用意していただける。

食事時間で余裕をみて、神廟拝所は各自の拝観とし、門前の売店に出かけた方もいるという形である。

食事後は、神社の西口を出て、北山に向かうアスファルト道を歩く。
200メートル位で左に下りる道があるが、これは万葉展望台を経ずに飛鳥に下りる道で、そのまま直進すると、道は念誦窟(ねずき)に至る。
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多武峰(妙楽寺)の再興の祖である増賀(そうが)上人入寂の地である。

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三叉路、ここまで来ると、この標識は見落とさない。

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さらに三叉路。これは高家に下る道で、お地蔵さまが。

万葉展望台に至る。

どの道も猪除けの扉があるが、開けて通る。あとは扉をしっかり締めて下る。柿の木の紅葉も素晴らしかった。
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石舞台からは、飛鳥駅に出るバスがお薦めで、くれぐれも橿原神宮前駅東出口行きには乗らないように・・・である。
春・秋・冬、まあ・・夏も・・素晴らしいウォーキングコースである。
(ツアー当日は写真が撮れないため、下見の写真を使った。ツアーは秋だったが、冬や夏の写真も交じっている)
by koza5555 | 2014-12-31 13:30 | 桜井・多武峰 | Comments(0)
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