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奈良・桜井の歴史と社会

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特殊神饌、百味の御食

談山神社の嘉吉祭。神饌は百味の御食(ひゃくみのおんじき)。

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和稲(にぎしね)。今年は陶原さんが仕上げられた。

百味の御食は多武峰の13軒ほどの氏子が一週間ほどかけて作り上げる。
なかでも和稲・荒稲が難関である。和稲は丸い和紙の周りに42粒のお米をは取り付け、その和紙を70段も積み上げるというものである。模様は彩色したお米を取り付ける順番が書かれた台紙があり、それに従う根気のいる仕事である。糊が乾く前に積み上げていくので、一度に積み上げると傾いたり、膨れたりしますので、5弾とか10段づつの作業になります。三日かけますとのことです。
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『談山神社の祭』(吉川雅章)から


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これは上杉代表役員の作

荒稲は脱穀前の穂で作られる。これは染めずに黒米・赤米を使用する。
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阿部新町の区長を仰せつかっている。
氏神のことである。本村の阿部区と共に阿部八幡神社を氏神として祀らせていただいているが、同時に談山神社の氏子でもあるのである。

そんなことから来週はそれぞれの神社のお祭りである。
談山神社は10月11日(月)に嘉吉祭。
阿部区・阿部新町区は10月15日が秋祭である。

談山神社の嘉吉祭である。奈良検定の公式テキストによると談山神社の行事の始めに「十月には嘉吉祭という特殊神事が斎行される」と紹介されている。

永享10年(1438年)10月「大和永享の乱」で全山焼失した時、ご祭神・鎌足公御神像は難をう逃れ、橘寺に移された。3年後の嘉吉元年、修復なった多武峰に御神像が帰座され、この時に郷中の人たちがお祝いしたことがお祭りの起源。
寛政6年(1465年)「永世不易の祭事」とされ、今日まで600年間、絶えることなく行われてきた。氏子が手間ひまかけて、精巧に作り上げた「百味の御食」を神前に手渡しで供える御供行列がこの祭りの見ものである。(談山神社発行の「談」から)

穀類、果実、野菜などを独特な盛り付けで美しく飾られる「百味の御食」は、奈良県指定の無形文化財に指定されている。

御供の調整、この最終日が昨晩(祭の前々日に完成させる。祭の前日は宵宮となる)の9日の夜、社務所二階で行われた。

ちょっと最近元気が出ない、僕は気持的にスランプだった。日程が混み合いすぎて疲れが出てしまった。それで「元気を頂こう」と、百味の御食、調整を拝見しようと昨晩は神社に登ってみた。

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数々の御食

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大豆、宮司作である

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これはすごい。どんぐりである

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彩色作業中のお供えの餅

こんな行事を守り続ける神社と村、奈良の魅力発信の意義・やりがいをあらためて感じるのである。

談山神社、嘉吉祭、本祭は10月11日(日)午前10時からである。多武峰の紅葉まつり、始まりの日でもある。
by koza5555 | 2015-10-10 06:24 | 桜井・多武峰 | Comments(0)
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