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奈良・桜井の歴史と社会

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奈良で一番早い  植槻神社(大和郡山市植槻町)のオンダ

植槻八幡神社

平城京地鎮の古社。創建年不詳。伝承では藤原不比等ゆかりの幻の古刹・殖槻(建法)寺の鎮守社で、平城京の裏鬼門(西南)にあたる宇惠都支(植槻)の地に勧請された。清少納言『枕草子』の「森は(106・195)」に「うゑ(へ)つきの森」の記述がある。毎17日斎行の『植槻おん田祭』は古くから大和三大奇祭の1つ。 植槻神社ツィター


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大和郡山城のすぐ北である

例年は「午前10時に斎行」とのことで訪れたが、シーンとしている。オンダは午後4時から、10時からおぜんざいの接待はいたしますとのことである。大和郡山はちょっと遠いのであるが、出直しである。

ポイントは植槻神社の公式ツイッターにあるように、この神社の前身は平城京の裏鬼門備えのお寺と神社とのことである。九条三坊という条坊からみて、それは認められるとの見解が大和郡山市史に記されている。

さらにポイント。こちらのオンダは、奈良では年明け一番のオンダ祭であるということがある。

オンダは僕の今年のテーマであり、これは見逃せなかった。

神主を先頭に、牛の鼻持ち、牛役、牛追いと拝殿に上る。拝殿の中での行事に今年から変わったとのことである。

鼻持ちは翁の面をかぶり、朗々と口上を述べる。お面をかぶっての口上だが、セリフの内容、声量が氏子のレベルを超えている。そのあとは鼻持ちが鍬をもって、セリフをしゃべりながら、田を耕す(畔を作る?)。

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牛の出番である。牛はカラスキ(唐鋤)を付けて3周、その次にはマンガ(馬鍬)に代えて3周である。

種まきは鼻持ちがして、早苗(松葉)が育ち、田植えとなる。

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こちらの神社には、オンダ祭りに使う鍬(くわ)には、天保10年〈1839〉の墨書銘が残されているのとのことであるが、写真の鍬がそれかどうかは確かめ損ねた。

奈良一番のオンダは17日の植槻神社、奈良で一番終わりのオンダが石上神宮、630日の神剣渡御祭(でんでん祭り)の神田神社で行われるオンダである。

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こちらは石上神宮である。この日は雨で神剣渡御祭が中止。オンダだけ石上神宮の拝殿で実施された




by koza5555 | 2018-01-07 22:38 | 奈良 | Comments(0)
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