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奈良・桜井の歴史と社会

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古事記の女性たち。その愛とたたかいから学ぶこと クラブツーリズム

「奈良まほろばソムリエの会」ガイド同行の『古事記』でたどる大和の旅を案内してきた。

7月の2回も含めて、昨年から数えて16回目である。一回だけ不成立だったが、16回で15回の出発確定であるので、『古事記』ツアー、なかなかの人気ものである。

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7月は18日(水)と21日(土)はいずれも催行が確定した。

18日はほぼ満席、21日は空席が十分残されている。一応、ここで『古事記』ツアーは一区切りであるので、ぜひのお誘いである。

7月は「古事記の女性たち。その愛とたたかいから学ぶこと」がテーマである。

新大阪、天王寺発で、佐紀古墳群の磐之媛命陵、箸墓古墳、忍阪は鏡女王墓、玉津島明神、石井寺の薬師三尊の拝観も予定している。それから、角刺神社、飯豊植口丘陵。

磐之媛、「やまととももそびめ」(古事記の表記)と卑弥呼。忍阪では衣通王。忍海で飯豊天皇である。

古事記とは直接の関係はないが、卑弥呼もしっかり語ることにしている。

古代の英雄や戦いを語るとき、卑弥呼なし、神功皇后なしではもの足りない。

古代は男が王、彦は王権、女性は巫女の役割という論がふつうである。

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「卑弥呼は巫女、権力を持たない」という論である。

ところが、卑弥呼はたたかい、統治する女王だという学者もいる。僕が決めた代表は義江明子帝京大学教授である。


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魏志倭人伝に描かれた卑弥呼は

「共に一女子を立てて王と為す。名づけて卑弥呼と曰ふ。鬼道に事(つか)へ、能く衆を惑はす。年已(すで)に長大なるも、夫壻(ふせい)無く、男弟有り、佐(たす)けて国を治む。王と為りしより以来、見る有る者の少く、婢千人を以て自ら侍()せしむ。唯、男子一人有り、飲食を給し、辞を伝へ居処に出入す。」

ここから、卑弥呼は国の巫女的な役割で、佐(たす)けて国を治むとされ、男弟が政治をしているとの見方がある。

しかし、義江さんはここが違うと言われる。「卑弥呼は国の乱れを治める王、佐(たす)けてというのも、あくまでも助けてであり卑弥呼に王権あり」とされるのである。

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ワカタケル(雄略天皇)を佐(たす)けてと、稲荷山鉄剣には刻まれているが、誰もワカタケルに実権がなかったなどとは言わない。

なんで女性の王の時は佐(たす)けてと書かれただけで、実権がなかったなどと決めつけるのかと言わる。

日本書紀は卑弥呼を神功皇后に当てはめている。

神功皇后の力は

神の言葉を聞く力

武装して軍隊を率いてたたかう能力

征服により支配地域を広げ、国を富ます力

妻であり、母であること

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同じように、卑弥呼は神の言葉が聞けて、たたかい、統治するというスーパーウーマンである。記紀が書かれた600年代、卑弥呼のイメージは巫女であり、大王であるという見方もあった。

こんな話を皮切りに、古事記に描かれた古代の女性を前例にとらわれずに紹介した紹介したいというツアーである。

こんな卑弥呼のイメージが近世に変えられたと義江さんは主張される。

弥生時代から古墳時代、古墳時代から飛鳥の時代にかけての女性の王の役割が劇的に変わっていくことが証明される。

巫女とか巫女埴輪、衣通王の愛、飯豊天皇の苦悩を解明する。

古事記ツアー、最後に女性天皇、女性王の権力の歴史、役割を語り、その結末を解明する。

僕もワクワクしている。



by koza5555 | 2018-07-04 22:08 | 万葉の旅 | Comments(2)
Commented at 2018-07-05 10:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by koza5555 at 2018-07-09 08:38
ありがとうございます。直しておきます。

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