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奈良・桜井の歴史と社会

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室生の桃。または桃源郷

近く、室生の話をいたします。今回は「室生の桃」もお話しします。「室生の桃」、萬葉集にあります。

しかし、いま、室生には桃畑は見当たらない。


歌は

「大和の室生の毛桃 本しげく 言ひてしものを 成らずは止まじ」(巻112834

「大和の室生の桃のように、桃の花が一面にというような風景、それと同じようなあふれる思いで言ったのだから、この恋は実るだろう」という歌である。

桃の実に寄せて、あの娘との恋の成就をうたった。

しかし、いま、室生には桃畑は見当たらない。

萬葉集の時代に室生の桃はとりわけ名高かったのか。それとも単に比喩的に、室生の地名が出ただけなのか。

いずれにしても、室生が万葉の時代に、桃源郷、またはある種の桃源郷だったことは間違いない。室生は雨・水をつかさどる神として龍穴神社があり、その信仰に関わって室生寺も創建されたとされる。いわば理想的な‥言い換えれば桃源郷として位置づけられていたのである。


室生寺に詣でるためには、どこから入っても峠を越えなければならない。そういう地形である。

その峠、東西南北の路には四大門というお寺が置かれていた。

北は名張の丈六寺、東は田口の長楽寺、南は赤植の仏隆寺、西は大野の大野寺だが、今日は南の仏隆寺からの室生古道を紹介したい。

仏隆寺・・千年桜、空海が持ち帰ったとされる茶臼など、話題は多い。

彼岸花も有名だったが、5年ほど前、獣害で壊滅的な被害を受けた。これが復活しつつで、今年は楽しみである。

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この仏隆寺から室生寺への道がある。室生古道と称してもいいだろう。

まずは仏隆寺から道路標識に沿って坂を登る。そこがカラト峠。大師伝説で「室生の里は唐の国のようだ」とあり、その入り口、だからこの名が付いた。宴行者像が置かれている。

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カラト峠から下っていくとカラミタという字がある(標識はないが「唐見た」)。

そこを下がると腰折れ地蔵が祀られる。腰から下が二つに折れている。「地蔵仲間のなかでも意地悪だったので倒された」とか、「子育て地蔵と子どもの取り合いをして腰を折られた」などのいわれがある(室生公民館 平成2412月)と掲示がある。

室生古道(南の大門の仏隆寺から室生寺)の道中にあることから注目度の高い石仏であったと思われる。

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この道(車で走れる林道も歩く旧道もある)には、頑丈な獣除けの柵があるが、カギの無い扉があるから、それを開けて(通過後は必ず閉めて)通過することができる。

室生の村に入る。最初は西光寺。樹齢400年という「城之山桜」の枝垂れ桜が有名である。

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ここまで来ると・・そこは室生の郷、室生寺でもある。

「室生は桃源郷」がテーマであるが、現在は桃畑は見当たらない。・・

●(古代中国)桃は仙果として、邪悪を避ける力があるとされた。桃の木で作った人形(桃人)を門に立てる、桃の枝を門に挿す、モモ板に呪文を書く。

●(日本の神話)イザナギは黄泉の国から逃げて、黄泉比良坂で桃の実を投げて窮地を脱する(神話)。

●お伽話の「桃太郎」も、実は桃が鬼を退治する話。



この道を一度は歩いていただきたい(笑)。それが無理なら、せめて車でよいから楽しんでいただきたい。

室生から仏隆寺に至る道は、ちょっと説明が難しい・・荷の出の大門集会所の前を抜けて、西光寺を経て、左へ回ると…と言われても・・・

仏隆寺からは、道路標識があるから簡単である。

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by koza5555 | 2018-09-05 13:44 | 宇陀 | Comments(0)
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