トリップアドバイザーが、「日本の人気の古墳トップ10」を発表している。2010年~2015年にかけて、旅行者の口コミ投稿を集計して算出したという。ベストファイブは
石舞台古墳(奈良県)
西都原古墳群(宮崎県)
五色塚古墳(兵庫県)
さきたま古墳(埼玉県)
仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)(大阪府)
である。いろいろな異論もあると思うが投稿数などで決められるだろうから、おもしろさ、展示の整備方法、公共交通機関や駐車場などの行きやすさなどが総合的に関係して、こんな順位なんだろうか。
このうち、「西都原」と「さきたま古墳群」に僕は訪れていなかった。
いま、ワカタケル(雄略天皇)を考えている僕は、とりあえず、さきたま(埼玉)古墳というか、なかでも稲荷山古墳を訪れなくてはならない。しかも展示施設には稲荷山鉄剣が常時展示されているとのことである。一月に東京の奈良まほろば館の講演当番となったので、そのあとに訪れてみた。
さきたま古墳群稲荷山古墳
上野から高崎線。一時間ほどで行田である。一日、4本のコミュニティバスが出ているが、時間が合わなかった。それで往きがタクシー、帰りはバスということとなった。参考までにタクシーは2200円程度、バスは150円である。ちなみに古墳群には大きな駐車場があり、特別なイベントでなければ駐車は問題がない。
「さきたま古墳公園」には、9つの大きな古墳が残されている。
墳丘に登れる古墳は稲荷山古墳と丸墓古墳、墳丘には登れないが石室が復元されて当時の埋葬状態が見学できるのは将軍山古墳である。
まずは、稲荷山古墳から発見された鉄剣が展示されている博物館に入る。古墳群から出土した遺物が展示されている。稲荷山古墳から出土の遺物の金錯銘鉄剣は、この博物館で常に展示されている。ボランティアガイドは「どこにも貸し出さない、出陳はない」と断定される。大事にされているのだ。
1968年に出土、金錯銘鉄剣のほか、画文帯神獣鏡や勾玉(まがたま)など一括して国宝に指定されている。

「辛亥の年七月中、記す。ヲワケの臣・・・・」(表)
「杖刀人の首と為り、奉事し来り今に至る。ワカタケル・・・大王の寺、シキの宮に在る時、吾、天下を左治し、此の百練の利刀を作らしめ、吾が奉事の根原を記す也」(裏)
この稲荷山鉄剣の解読からを経て、江田船山古墳の鉄剣も併せて解明された。1863年(明治6年)に発掘された鉄剣の「獲□□□鹵大王」は、従来は、獲を「蝮(たじひ)」、鹵を「歯」と読んで、反正天皇(たじひのみずはわけのみこと)(日本書紀)、または水歯別命(古事記)と推定されてきたが、稲荷山古墳の鉄剣銘により、読みが、ワカタケル大王と確定した。
ワカタケルの時代に大和王権の支配(影響力)が関東平野まで、西は熊本に至るまで広がっていたことが確実となった。
ワカタケルは宋書で記される「武」(大泊瀬幼武尊)とみられる。この雄略天皇が宋に送った上表文には、「祖先の時代に、東は55国の毛人(えみし)(蝦夷)を、西は66国の衆夷(しゅうい)(熊襲(くまそ)・隼人(はやと))を征服し、さらに海を渡って、北に95国を平らげた」と、宋の昇明2年(478年)の条に記されていて、西暦年代で確定された古代の英雄である。

ワカタケルの宮は桜井市の初瀬朝倉宮。奈良盆地から東への出口であり、いまはコンビニとなっている駐車場の下に、ワカタケル大王の時代(5世紀)の柱穴、石垣が残されている(第18次調査。2012年)。山側、東北に春日神社の社叢が見えるが、そこらあたりにたたずむと、ワカタケルの歩いた道、ワカタケルの見た景色である。 
ワカタケルの時代には梅はなかったか。
脇本・黒崎辺りの長谷川沿いには美しい梅の花があちこちに。