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奈良・桜井の歴史と社会

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戒長寺

929日(日)に戒長寺(宇陀市榛原)や西方寺、濡れ地蔵と椋下神社やあぶらやを訪ねるウォーキングを計画して、今日がその下見の日である。

その詳細は、また旅行社(やまとびとツアーズ)からご案内するが、「戒場山の山腹にたたずむ戒長寺の秘仏に会おう」である。

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 戒場山の中腹に静かにたたずむ、4月23日の戒長寺。


それはそれとして、奈良まほろばソムリエの会が執筆した
『お参りが楽しくなる百寺巡礼』(京阪奈情報教育出版)で、戒長寺を書かせていただいた。

この本では僕は、桜井とか宇陀市方面を紹介したが、今回は大寺とか有名寺院は皆さんに譲って、廃寺とか寺跡、山深くにたたずむ寺院などを分担した。

なかでも榛原(宇陀市)の戒長寺は、米野住職とよく話し合い、ひときわ力を入れて書いた。

紹介はこんな感じである。本とは少し違うかもしれないけど・・

戒長寺 (宇陀市榛原戒場386) 梵鐘の十二神将に戒長寺の歴史をみる

宇陀市の北部にそびえる額井岳、それに連なる戒場山の深い森の中に戒長寺は佇んでいます。「真言宗御室派に属し、薬師如来を御本尊として祀り、戒場薬師ともいわれています。用明天皇の勅願により聖徳太子が建立し、その後は空海が伽藍を整えたとの長い歴史がございます」と、住職の隆光和尚は語ります。

戒場の集落から長い石段を登り詰めると山門に迎えられます。門には梵鐘が吊られていて、門と鐘楼を兼ねる楼鐘門となっています。

ここに吊られている銅製の梵鐘が戒長寺の歴史を語る鍵となります。鐘の表面には十二神将が鋳出されていて、注意深く見上げれば、誰もが拝見することができます。この梵鐘には刻印があり、「正応四年」(一二九一年)に作られたと刻まれています。さらに「大和国宇陀郡山辺内 戒長寺之薬師仏鐘也」とも刻まれ、所在地や薬師仏の鐘であると明記されています。

薬師如来を守護するのが12神将の役割で、それを眷属(けんぞく)と言います。生活に追われ病気に苦しめられている山里の民の声に耳を傾け、手を差し伸べた薬師如来。12神将はその眷属として梵鐘に入って、鐘の音とともに山間の民に薬師の思いを共に送り続けたように思われます。この十二神将の健気さに心が打たれます。

境内のイチョウの大樹は、葉の縁に銀杏が実るお葉つきいちょうです。晩秋にはいちょうの落ち葉で黄金色に境内は染まります。

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電車で行かれるなら、近鉄榛原駅からタクシーがベストです。3000円以内で行けます。

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本は奈良県では啓林堂にて。アマゾンで求めることもできる。



by koza5555 | 2019-04-23 18:33 | 宇陀 | Comments(0)
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