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奈良・桜井の歴史と社会

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狛犬のきた道 アジアハイウェイ

談山神社の神廟拝所に祀られるのは鎌足公のご神像であるが、その前を木製の狛犬が守っている。文化財としての指定は受けていないが、「伝運慶作」とされ、細身であるが、けなげの姿である。阿形の口は大きく開かれ、口の中までしっかり彫られていて見事である。


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狛犬といえば、長谷寺の「銅版法華説相図」の狛犬がすごい。

国宝指定で、国宝は奈良国立博物館の仏像館、レプリカが境内の本長谷寺に置かれている。

「千仏多宝仏塔」といい、釈迦が説法していたところ、地中から巨大な宝塔が出現した場面を表現したものである。この宝塔の左右に狛犬が彫られている。銅板の作成は686年、698年説があるが、いずれにしても「国内の最古の狛犬」と言われている。

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ウィキペディアから拝借した銅板の図

狛犬には阿形、吽形があり、阿形は口を開け、吽方には角が生えている・・などと話してきたが・・あれこれの問題もある。それは

狛犬は神社で見かける。しかし、お寺で見ることもある。

狛犬というが、本当に犬だろうか?タテガミがあったりして、これはライオン?

角(つの)が生えている犬はいないし、ライオンにも角はない。

そこで、『狛犬のきた道』幻のアジア・ハイウェイ 本阿弥書店(鈴木英夫著)という本を読んでみた。30年ほど前の本である。

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「ギリシャのミケーネの遺跡にある獅子門、トルコ中央部の王城ハットウシャシュの城門のそれ、さらにメソポタミアにおけるバビロンのイシュタル門の獅子像」。

「一対の守門像がメソポタミアにあることは確かだろう。それが時代と場所によって多少のデフォルメを加えながら、一方は西へ伝わり、一方は東に進んで、日本まで達した」(p22)と鈴木英夫さんは考える。

それを現地で確かめるために、鈴木さんはギリシャからインドまでバスで訪れるツアーに参加、その旅行記である。

鈴木さんのツアーはギリシャ、トルコ、イラン、アフガニスタン、パキスタン、インドに至る。


初めに紹介するのはギリシャのミケーネの守門獅子。ここは、僕も訪れて写真を撮っている。

シューリマンの黄金の仮面が有名だが、それに劣らず、この獅子は名高い。

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狛犬は西、ローマに流れる。ローマ人により抹殺された当方からイタリア半島に入ったエトルスキ人には、「門前を一対の獅子で飾る」という風習があった。ルネサンスの時代にはこれが掘りだされてあちこちに飾られたとのこと。

ギリシャ、オリエントの守門獅子は東にも伝わっていく。

鈴木さんは歴史を時系列だけでは見ないこと、地域的に横への伝播を見なければ文化の歴史は見られないと強調する。

アフガニスタンに入る。

このころは、バーミヤンの石造仏は健在である。インドの大学生が補修工事をしていることも紹介されている。

パキスタンのタキシラでは、ストーパを両側から守る一対のライオンが置かれている。B.C5世紀ころの都市である。守門獅子が、古代仏教と会い、ストーパの守護獅子になったという事だろう。

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最後に狛犬の角(つの)の事である。

日本に中国(朝鮮半島)から、仏教が伝わり、狛犬も併せて伝わったとみることが自然である。

日本の狛犬には角がある。キリンという想像上の動物が中国にいる。ライオンが一般的でない中国で獅子一対に、「麒麟(きりん)を付け加えたと見る」考えだが、いかがだろうか。



by koza5555 | 2019-06-28 16:43 | 桜井・多武峰 | Comments(0)
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