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奈良・桜井の歴史と社会

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海石榴市

大地と空をつなぐ大樹は、今も古代も心の依り代である。


雄略天皇の泊瀬朝倉宮には槻の樹、飛鳥の宮には槻の木の広場。

古代の市も例外でなく餌香(えが)の市には橘、海石榴市には椿、おそらく石上の巷には楢の木(ならの石上から・・・)が植えられていた。


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18日に東京の奈良まほろば館で聞いていただいた。さらにパワーアップして、25日には三輪恵比寿神社にて「萬葉集と山の辺の道」のお話しをする。とりあえず椿市から始めるが、書紀、万葉だと海石榴市(つばきち)と記される。江戸時代の国文学者、契沖は「つばきとざくろは花が似ている」と書いたが、どうも、これは「実が似ていた」であろう。

では、どこで、いつ、誰が取り交ぜてしまったのか。その「首謀者は隋の皇帝 煬帝じゃないか」(笑)なんて言う話なのである。

椿市と海石榴市。
山辺の道は桜井市金屋、三輪山の南の山すそから始まる。横大路があり、初瀬路があり、宇陀路があり、飛鳥に至る山田道がある。瀬戸内、難波につながる大和川もここら辺りが船運の限界になる。この巷、古代の大きな交易中心地から山の辺の道は始まる。

ここを椿市。古代には海石榴市(つばきち)と言われる。
椿市、この市には椿が植えられた。ところが書かれてみると海石榴市で、これはザクロの事である。これがわからない。
江戸時代の国文学者の契沖は、「椿と柘榴は花が似ているから」とかいうが、これも分からない。

推古天皇16年(西暦)夏4月、小野妹子は大唐から帰朝した。・・・大唐の使人裴世清と下客(しもべ)12人が、妹子に従って筑紫に至った。

6月15日、客たちは難波津に泊まる。飾り船30隻で客人を江口に迎えて新館に入らさせた。(この時、妹子は中国皇帝、煬帝の親書を百済で失ったと報告した。天皇は妹子を罰していけないと妹子の罪をゆるした)
秋8月3日、唐の客は都に入った。この日飾り馬75匹を遣わして、海石榴市(つばきち)の路上に迎えた。

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仏教伝来、僧や仏像が到来したのもこの地と思われる。

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万葉集もご存じのとおりである。代表的な三歌を示してみよう。

海石榴市の 八十(やそ)の巷(ちまた)に 立ち平(なら)し 結びし紐(ひも)を 解()かまく惜しも (巻十一 2951)柿本人麻呂歌集

紫は 灰指すものぞ 海石榴市の 八十の街に 逢へる兒や誰  

作者未詳(巻十二 3101

たらちねの 母が呼ぶ名を 申さめど  路行く人を 誰と知りてか 

作者未詳 (巻十二 3102)                                        

枕草紙(第14段)ならば。清少納言である   市はたつの市。つば市。大和にあまたある中に、長谷に詣づる人の、かならずそこにとまるは、観音の縁のあるにや、と心ことなり。おふさの市。しかまの市。あすかの市。

『大美和』の創刊100号記念特集号で、「いつから椿市を海石榴市と書くのか。なんで椿と柘榴は関係があるのか」、そんなことを調べた人が書いている。成城大学の名誉教授の上原和先生(故人)である。

石榴とはもともと ざくろのこと。隋の煬帝のころの『初学記』にあるという。


「海榴ひらきつきんと欲し、山桜開きて未だ飛はす」。

中国(隋)で詠まれた詩である。山桜は日本の花、この花が開花する前に落花する海榴とは椿の事で、これは日本の情景と判断された。
花の順は、あくまでも椿、山桜、柘榴である。
煬帝は世界から草木を集めたという事も有名で、現実に隋の時代に長安の皇帝の庭の風景とも思われる。


なんで椿が中国では柘榴とされたか・・・江戸時代の国文学者の契沖は「つばきは石榴(ざくら)の花に似て」と注釈したが、それは誤りで、花にではなく、実に似ているのである。椿は春に花が咲き、夏になって溜状の実をつける。ざくろも初夏には花が咲くが、中秋のころには大きな赤橙色の実をつける。

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8世紀ころからは、日本でも、中国風に椿を海石榴と書かれる。

裴世清が三輪の椿市に到着するのは旧暦の83日(秋)、椿に実が数限りなく実り、これは椿、これは海石榴と喜んだのかもしれない。

8世紀からは椿が中国風に海石榴と表され、平安時代、清少納言のころには椿はつばきとなっている。

海石榴市と書かれた時代は、海石榴市は国の首都の入り口。

椿市と書かれた時代は、長谷への道、伊勢参宮への山に入る区切りの宿・市である。

つばきち(つばいち)の格が、平城遷都・長岡・平安遷都により、国から地方的なものに変わったいったとみるのが妥当だろう。






by koza5555 | 2019-08-21 20:58 | 桜井・山の辺 | Comments(0)
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