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奈良・桜井の歴史と社会

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橿原考古学研究所で「桜井茶臼山古墳出土木棺」展

博物館が改修のために閉館中(昨年12月から。少なくとも来年の春までは開かない)の橿原考古学研究所が1階アトリウムにおいて、茶臼山古墳の木棺を展示している。初公開である。

8月21日(水)から1031日(木)までで、月曜日~金曜日(土・日・祝祭日を除く) 8:3017:15である。

橿原考古学研究所、初めてだとチョット入りにくいが一回のロビー(アトリウム)は出入りが自由である。

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橿考研は、2009年に桜井茶臼山古墳を発掘調査している。60年ほど前に発掘されているが、残っていた木棺を取り出して保存処理を行うことを目的としての再発掘調査である。現地見学会も行われた。竪穴式石室内部は水銀朱で真っ赤、天井石の鮮やかな朱色は今でも記憶に残っている。

この時に取り出された木棺が展示されるとのことで、早速拝見してきた。

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材質はコウヤマキである。

「杉と楠は舟を作るのに良い。檜は宮を作るのに良い。マキは奥津城の棺に使うのが良い。そのために山に木々の種をまこう」と、スサノオが言うくだりが日本書紀には書かれているが、見事、その通りである。

杉及び樟、此の兩の樹は以ちて浮寶と爲すべし。檜は以ちて瑞宮(みづのみや)の材と爲すべし。柀は以ちて顯見蒼生(うつしきあおひとくさ)の奧津棄戸(おきつすたへ)に將(も)ち臥(ふ)さん具(そなえ)と爲すべし。

橿考研による2度目の調査で木棺を取り上げ、約2年半かけて内部の水分をPEG(ポリエチレングリコール)に置き換える保存処理を施した。

木棺はコウヤマキ製。腐朽と盗掘で原形は失われているものの、底の部分が残り、その長大さが分かる。蛍光X線分析では表面から水銀が確認され、水銀朱が塗られていたとみられる。た。(橿原考古学研究所HPから)

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20091029日に現地説明会だった。桜井駅から桜井茶臼山古墳まで、人並みは途切れなかった・・と言っても言い過ぎはなかろう。

付け加えると、同年、月が替わった1114日に「纏向遺跡の居館域の調査(纏向遺跡166次調査)」で大型建物の柱穴、建物の現地説明会が行われている。この説明会も別の場所で集合、200人くらいのまとまりで現地に案内されるという説明会だった。

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この二つの現地説明会は、僕の人生のその後に、ちょっとインパクトを与えた。

さて・・橿原考古学研究所のアトリウム展、ぜひ、おいでください。

2009年の現地説明会の資料と同じものがいただける。『橿考研通信』のバックナンバーなんかも置いてある。

古墳が好きになるチャンス、奈良を見直すチャンスである。


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by koza5555 | 2019-08-23 09:35 | 古墳 | Comments(0)
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