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奈良・桜井の歴史と社会

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龍田大社(生駒郡三郷町立野南1-29-1)と龍田神社

「龍田大社と龍田神社の違いは」とかはよく聞かれる。

史実としては明らかになってきているが、龍田大社の端的な言い分を始めに紹介しておこう。

「龍田神社(斑鳩町)との関係。

聖徳太子が法隆寺を建立するにあたり、竣工の安全を祈り、日参されたそうです。建立後に、法隆寺の守り神として御分霊をお祠りしたのが龍田神社のはじまりです。」と龍田大社の由緒に書かれています。

風の神として祀られた龍田の神とは、龍田神社は異なることを強調されています。



龍田大社の事です。

「龍田坐天御柱 国御柱(くにのみはしら)の神社二坐(名神・月次・新嘗)」

「龍田比古 龍田比女の神社二坐」

と延喜式神祇九に龍田の神は記される。

名神大社に列し、月次祭・新嘗祭で朝廷から幣帛に賜った。

天御柱、国御柱は「志那津比古」「志那津比売」ともいい、『古事記』に「風の神、名は志那津比古神を生む」とあり、『日本書紀』神代記に、「吹き撥ふ気、神と化為る。号を級長津辺命と曰す。亦は級長戸彦命(女神)と曰す。是、風神なり」と記している。『三郷町史』

宮垣内で南面する龍田比古命・龍田比売命の二社は、『延喜式神名帳』に出てくる神であるが、明治7年に摂社に列せられた。祭神を本社と異名同神という説と異神との論もある。

延喜式の龍田風神祭りでは、別々の祝詞があげられることから、別の神とみて、この二神が本来の地主神との説もある。もともとの龍田の風を司る神であったが、国家的な天御柱、国御柱神社の合祀に当たり、社殿は東向きから南向きに変えられた。

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 南面する龍田比古(向かって左側)、龍田比売命(向かって右側)


風鎮祭

 「龍田風鎮祭」の祝詞によれば、この神が祀られた時期を崇神天皇のときというが、「書記」の初見は、はるか後の天武天皇の時である。天武4年(675)に勅使を遣わして風神を竜田の立野にまつらしめ、同時に別の勅使を広瀬に遣わしてその河曲に水神を祀らしめた時である。

これが、竜田の神(風神)を「農業を守護する神」として国家的に祀った初見である。

その後はほぼ毎年、勅使が送られて祭は斎行された。


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風鎮大祭の締めくくりの風鎮花火の奉納


文武天皇大宝元年(701)からは、四月に大忌(おおみ)、七月に風神祭の二季の祭と規定され、常例の祭となっている。

大忌の祭は山谷・川の水は甘水となり、水田を潤し五穀の実りを祈る祭りで、

風神の祭は風水害の害なきことを祈る祭りであることが分かる。

現在でも大忌は44

風鎮祭は7月第一日曜日に行われている。

祭の時に限らず、農業関係者、航空機、船舶、航海、漁業など風力緩傾斜の信仰があつい。


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鳥居の横に、一対の石灯籠があり、北側に「竜田本宮、永代常夜灯、会場安全、大坂、江戸廻り、酒諸荷物、積問屋仲間、天保三(1832)壬辰(みずのえたつ)九月」

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飛び地境内には

神奈備神社:神奈備神

岩瀬の杜:4月の例大祭では水神(若宇加能売命(わかうかのめのみこと)に鯉を奉納

三室山:当社奥の宮跡地

他には

御座峰:風神の降臨地とされる聖地

令和2年(2020)6月に、龍田大社は龍田古道と亀の瀬と併せて日本遺産に認定された

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龍田と言えば、亀瀬

地すべり地帯を避けて走るJR関西線


亀瀬

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by koza5555 | 2021-06-02 20:52 | 生駒谷
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