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奈良・桜井の歴史と社会

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吉備池廃寺跡

吉備区(桜井市)に、吉備池廃寺跡が残る。

 このほど池堤に説明板が新設された。説明文は現代文で読みやすい。文末に「吉備区」とあるので、この顛末を吉備区長の吉田さんに聞いてみた。「文書の作成は桜井市の文化財。史跡としての説明板が必要とお願いした。製作、瀬土の経費は吉備区の負担で行った」とのことである。この池は典型的な皿池で北・東・南に堤防があるが、堤防の草刈もきちんとなされている。吉備区の努力の賜ものである。

 説明看板は以下のとおりである。

「史跡 吉備廃寺跡案内図

吉備池廃寺

 吉備池廃寺は約1400年前に創建された古代寺院です。現在地を含め、吉備池廃寺廃絶後に作られた溜池(吉備池)周辺に広大な寺域を持っていたと考えられています。

 発掘調査により、吉備池の堤防南側の突出部分が寺院の塔と金堂の基壇に由来することがわかりました。また、周辺の調査で回廊や門、僧房跡などの遺構も見つかっています。こうした調査で東の金堂、西の塔を回廊が囲む法隆寺と似た建物配置であったことが明らかとなりました。

 研究成果により吉備池廃寺の創建時期が7世紀前半と考えられること、極めて大規模な建物をもつことから、吉備池廃寺杷639年に建立のはじまった日本最初の勅願寺(天皇が建立した寺)で、日本書紀に記載される「百済大寺」であると考えられています。

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万葉歌碑

 吉備池の周辺には、天武天皇の子の大津皇子・大伯皇女の万葉歌碑が3基あります。大津皇子は桜井市内に邸宅があったと考えられ、天武天皇が崩御したのち謀反疑いで捕らえられ、死を賜りました。 

 歌はいずれも大津皇子死去前後を詠ったもので、批評家・劇作家の福田恆存(ふくだつねあり)氏、国文学者・歌人の中河幹子氏、日本画家の小倉遊亀氏の筆によるものです。

                                吉備区」

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堤防上の二つの歌碑に人気がある。

大津皇子のみうた

もゝつたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見て雲かくりなむ 幹子書

書は中河幹子。戦前の歌人。歌碑は北の堤防上にある。

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二上山をのぞむ堤防の西には大伯皇女の歌碑。歌はあまりにも有名である。

うつそみの人なるわれや明日よりは二上山をいろせとわが見む 遊亀書

書は小倉遊亀 戦前の日本画家

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by koza5555 | 2025-01-09 20:34 | 桜井市と安倍
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