過ぎし年(令和6年、2024年)の十一月に、京阪奈情報教育出版から『令和に歩く菅笠日記』を上梓した。
ソムリエの会の書籍、各種新聞などで執筆・校閲などを行ってきたが、自らの名を冠した本は初めての出版であった。地元の桜井市をはじめ各地、各方面から暖かいお言葉を戴いており、感謝の言葉は言い尽くせない。
我が家の近くのセブンイレブンとか、泊瀬長者亭とか、談山神社とか、奈良や大和郡山の啓林堂などでお買い求めいただけるが、全国的にはAmazonがお手ごろである。
この本のAmazonでつながるQRコードを用意したので、ご活用願います。

公開の書評を戴いている。
FBなどの書き込みですので、一度、ブログで紹介させていただきます。
大淀の松田度様から、書評を戴いた。以下が全文である。

【書評】雑賀耕三郎著『令和に歩く菅笠日記』を読む
桜井市在住の郷土史家・雑賀さんがとうとう単著を出された。
しかも国学者・本居宣長(1730-1801)の旅日記『菅笠日記(すがかさのにき)』の道を歩き直す、という試みでできた本である。
明和9年(1772)の春、吉野山の子守社に詣でた本居宣長もその旅日記で次のように記している。
「…吉野水分神社と申せしぞ、此(子守社の)御事ならむとはやくおもひよりたりしを、続日本紀に、水分峰神ともあるは、まことにさいふべき所にやと、地のさまも見さだめまほしく、としごろ心もとなく思ひしを、いま来て見れば、げにこのわたりの山の峰にて、いづこよりも高く見ゆる所なれば、うたかひもなく、さなりけりとおもひなりぬ…又みくまりをよこなまりて、中ごろには御みこもり子守の神と申し、今はただ子守と申して、うみのこのさかえをいのる神と成給へり。さて我父もここにはいのり給ひしなりけり…」(『菅笠日記』)。
これは「おまえは子守社の申し子だよ」と親から言い聞かされていた、宣長自身の子守社に対する愛着と、歴史家としての見解が述べられたものである。
雑賀さんは、終生商人のまち・松坂で過ごした宣長の、ほぼ唯一に近い自身のルーツを探る旅をたどって、かつての古道(廃道)を歩いた。
『令和に歩く菅笠日記』の「もくじ」は、
次のようになっている。
第1章 阿保越道(初瀬街道)にて大和の国へ
第2章 初瀬から多武峰へ
第3章 花の吉野山
第4章 飛鳥へ。飛鳥にて
第5章 大和三山と藤原宮跡
第6章 伊勢本街道を松坂へ
これは宣長が歩いたコースそのものである。
宣長は、松坂(現松阪市)を出て、青山高原を抜け、伊賀を通過して初瀬。そこから多武峯(現談山神社)を経て、吉野山へ。念願の子守社(現吉野水分神社)に拝謁して後、柳の渡しから壺阪寺、飛鳥の里巡りと大和三山を周遊。三輪明神に立ち寄り、帰路についている。雑賀さんはその道を辿りながら、宣長の時代にはなかった令和の「今」を盛り込んで私たちをガイドする。
とりわけ、第3・4章の吉野・飛鳥の記述が興味深い。誰しも興味をそそる地域であり、世界遺産あるいはそれに比する遺産の宝庫であり、宣長が解明しようとしていた「記紀万葉の世界」である。
『菅笠日記』のテキスト本としても、また宣長という学者の世界観を知るうえでもかっこうの入門書である。詳しいことは、ぜひ手に取ってみていただきたい。
心から感謝申し上げたい。

Amazonの本の紹介文が次のとおりである。
江戸時代の国学者本居宣長は、日本の国の形を決め基礎を築いた大和の史跡を実見し、探ろうと考えて松坂を立つ。250年前、明和9年(1772年)のこと。その詳細な旅の記録が『菅笠日記』。しかし、江戸時代に書かれた「くずしじ」の文章はなかなか難解。菅笠日記の全文を現代人にも読めるよう翻字し、平易な文章にして本居宣長の足跡をたどり、万葉集などを参照しながらディ-プな歴史考証ツア-を現代に復活させた1冊。
Amazonには「環環」様のコメントが付いている。
「今なお生き続ける『菅笠日記』
この『令和に歩く 菅笠日記』を読み、国学者本居宣長の新しい一面を知ることが出来ました。
改めて『菅笠日記』を読み直す機会を得て、著者の時間をかけた各場面の考証・解説に驚きと感動を受けながら読ませて頂きました。
そして著者の膨大な資料と知識の一部しか綴られていないのではないか?と感じています。
是非続編を読んでみたい一冊です。」
ありがたいお言葉である。

以下、紀伊国屋書店の紹介、各地(奈良県下、三重県松阪市など)の図書館(僕が献本しました)での紹介は略します。
ぜひ、お手に取って拝見していだきたい。
お願いいたします。

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