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奈良・桜井の歴史と社会

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吉野山の高野槇

高野槇(コウヤマキ)

 本居宣長は吉野山を訪ねた折、青根峯の記述の後に「高野槇」に触れている。「こゝに必いふべきことにもあらねど、此のわたりの山に、此の木のおほかるにつきて、人のたづねけるに、いらへつることばを聞て、ふと思ひよれるゆゑ、筆のついでに、かきつけつるぞ」(『巣菅笠日記』)と紹介している。

 


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このコウヤマキが今も吉野山に群生している。

しかも吉野山の「コウヤマキ」群落は、天然記念物(奈良県指定)に指定されている。



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宣長は青根峯の辺りの群落のように書き付けたが、現在の群落は如意輪寺から西に登った辺りで、場所は離れている。コウヤマキが当時は吉野山にもっと拡がっていたのか、それとも「筆のついでに書き付け」ただけで、宣長が見た場所はもっと下の方だったのかもしない。

吉野山には約二〇〇本のコウヤマキが群落で生育し、幹周囲が三㍍を超える巨木を交えている。一方樹高の平均は六㍍で、幹は分岐し曲がりくねっている。幼木のころから仏事用の槙花として切り刻まれてきた所以である。

直立して狭円錐形の端正な樹形をとるのが、コウヤマキの本来の姿。コウヤマキは水耐性に優れており、その材質を利用して、古墳時代前期の竪穴式石室には割竹型木棺として使われていた。

槇(まき)を木棺に使う事は『日本書紀』にも記されている。素戔嗚尊は「わが国には樹木がある。杉と樟は舟を作る。桧は宮を作るのに良い。槇は寝棺を作るのが良い。皆よく播種して育てよう」と宣る。槇の木が防水性に優れていることは古代から認識されていた。


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「檜に姿が似ていて紛らわしい」と植えるのを禁止したのは木曽で、有用材として大量に植林育成したのは高野山だった。

吉野山で天然記念物の指定を受けたコウヤマキ群落は私有林である。見学されるときは、それを心得て見学していただきたい。

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これは松阪市六軒の旧家のコウヤマキ。コウヤマキってこんなものかという大木である。防風林という感じでとても大事にされている。

参考文献

『吉野町史 下』吉野町の植生 天然記念物  昭和47年(一九七二)

『日本の美林』岩波書店  井原俊一  一九九七年

『樹木ガイドブック』朝倉書店  土原啓二 二〇一二年


by koza5555 | 2025-12-02 12:11 | 菅笠日記
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